記憶の書奪還戦
かれんが放った火の矢をかわしたジャニファは、雷撃を放って渡り廊下への道を開こうとするが、その度に志田が黄水晶のドームを作ってそれを阻んでいる。
「フレイズ、あの鞄狙える?」
「やってみる」
卑怯な方法だが、後ろからジャニファが腰に下げたカバンを風精霊の力で切ってしまおうという作戦だ。
「待てよ、俺がやる」
フレイズを止めた市原が、ジャニファの腰に下がっているカバンに狙いを定めた。
「風射撃!」
「おっと、油断も隙もないな」
しかし風の矢が届く前に気づいたジャニファが易々とそれを斬り、消してしまった。
「クッソ、ばれたか」
「風精霊!」
「何だと?!」
間髪入れずにフレイズが風の精霊に命じた途端、目には見えないが風精霊がカバンの下部を切り裂いたのか、重い音を立てて紐で括られた本が落ちてきた。
床に落ちた衝撃で紐は解け、二冊の本が無造作に投げ出されている。
おそらくあれらが記憶の書だろう。ジャニファは急降下し、本を拾おうとする。だがその手が届くよりも早く、市原が風の力で跳躍して本を拾った。
「よっしゃ、ゲット!」
「返せ!」
「志田、パス!」
「ヘイ!」
ジャニファに追いつかれる前に、市原が彼女の頭上より高く放り投げた記憶の書の二冊のうち一冊は、いつもの反射神経を発揮した志田に難なくキャッチされた。
「ほら、永倉!」
そしてもう一冊は美玲の方へ飛んできた。
「えっ?!ちょ、待っ……ったぁ……!」
心の準備もないまま飛んできた本を顔面で受けた美玲は、本の背にぶつけた鼻の頭をさすりながらも何とかキャッチした記憶の書を抱えた。
鼻血が出るんじゃないかと思うくらい痛くて、美玲は涙目で市原を睨んだ。
「いぃーちぃーはァーらァア……!」
「悪い悪い!」
怒りを込めて低い声で唸ると、軽い調子で謝られてはらわたが煮えくりかえる。
謝ったから許しなよ、とは学校でトラブルが起きた時は外野からよく言われることだが、こんな謝り方では許す気など持てない。
「絶対許さない……」
市原は志田の元にいき、ハイタッチをしている。反省しているようには全く見えない様子も火に油を注いでいく。
「おのれ……!」
市原にはらわたを煮えくりかえさせているのは美玲だけではない。記憶の書を奪われたジャニファはパチパチと周囲に電気をまといはじめている。
「豪雷撃!」
「きゃっ!」
ジャニファが両手を振り上げると、紫に光る雷が降り注いだ。
そのうちの一閃が美玲の持つ記憶の書にあたり、手に走った衝撃に驚き思わず投げ出してしまった。それは弧を描き、ジャニファの足元に落ちた。
「あっ!」
表紙に黒い煤けた跡をつけた記憶の書を、ジャニファがゆっくりと床に降り立ち、拾った。
「そんな……っ!」
「もう夜がくる。お前たちの相手はこいつにしてもらうことにしよう……」
ジャニファは胸元から小瓶を取り出して床に叩きつけた。もうもうと黒い煙が立ち上り、目を紫に光らせたアイーグが現れた。
「これはどうするんだ?いらないのか?」
市原が挑発をするが、ジャニファは不敵な笑みを浮かべた。
「こちらの方が重要なものなのでな。それはまた後日取りに来よう」
「そんなことは許さない!それも返してもらう!」
フレイズの言葉にやれやれというように肩をすくめたジャニファは、どこからか黒いマントをだすと布のはためく音を立てながらそれを羽織った。
「もう日は沈んだ。……さらばだ」
窓から差し込んでいたオレンジ色の日の光はすでになくなり、空は紺色に染められている。
「待って!待っ……っ」
かれんの制止もむなしく、ジャニファは薄暗く闇が落ちた黒い床に溶けるように消えてしまった。