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最終章

 最終章 



 試合が終わった翌日。

光輝たちは雄平と鳥町兄妹を含めて食堂のテーブルを囲んでいた。光輝となるはまだ昨日の疲労が取れず全身筋肉痛になり、ぐったりとテーブルの上に突っ伏している。

 まなと雄平は隣に座りながらも微妙な距離を保ち、さっきからお互いに何度もチラチラと盗み見ては目が合うと慌ててそらしたりしていた。

「よかったな雄平」

「なにがだよ」

「念願の彼女ができて」

「っ! あ、えあ・・・・・・。さ、サンキュ」

 雄平は顔を赤く染め、誤魔化すようにコップに注がれた水を飲み干す。

「まなちゃんも良かったね。告白してもらって」

「ゆ、夢島先輩ッ! か、からかわないでくださいよ。もぅ」

 文句ありげに頬をまなは膨らませるが、雄平と目を合わせると恥ずかしいやら嬉しやらで顔を赤くした。


 昨日試合が終わり、まなは試合が始まる前に約束していた通り雄平と二人きりで会話をした。

 そこでまなはどうしてあの時すぐ撃たなかったのか、と聞くと雄平は、

「す、好きな女の子は撃てないって」

 と恥ずかしそうに言葉にした。

そんな一言で心を揺さぶられるなんてどうかしてると思いながらも、結局まなはそのあと雄平が言った「付き合ってください」という言葉に頷いた。試合が終わったばかりだからまだ興奮が冷めていなかったのかもしれないが、ご飯を食べる時もお風呂に入っている時も雄平のことばかり考えていた。

 今冷静になってから考えてみても、まなは雄平と付き合うと答えたことに後悔はしていない。あの時雄平との試合は楽しかったし、何よりも雄平が自分を大事に思てくれていることが嬉しかった。

「あっ! ゆ、雄平先輩お肉ばっか食べないで野菜も食べないと栄養偏りますよ?」

「俺野菜苦手なんだよな。でもうん。まなさんが心配してくれるなら頑張るか」

 嫌そうに野菜を食べる雄平を見てまなは面白そうに笑い、雄平の皿に残っている野菜を自分も頬張る。

「ま、まなさん?」

「い、一緒に食べたほうが、お互いの体にもいいはずですよね。・・・・・・こ、好感度も上がりそうですし」

 恥ずかしそうにまなと雄平は赤面する。まなは好感度と言ったが、おそらく雄平のまなに対する好感度はマックスに達し、限界を超えているはずだ。

「つうか、お前ら周りもうちょっと見やがれ。特に1年。お前は注目の的なんだからな」

「ほへ? ・・・・・・あっ」

 竜兎に指摘され、まなはいつの間にか周りから見られていることに気がついた。

それはイチャイチャしていたから、というのもあるだろうがまた別の意味合いもある。

 四月に1年が2年に勝つなどという誰しもが無理だと考えたことを、結果的には成し遂げたまなの名前は既に学校中に知れ渡っている。朝教室に入るとクラスメイトに囲まれ、ヒーローインタビューのようなこともさせられた。しかもどこからかぎつけてきたのかはわからないが、雄平と付き合っているということも学校中に知れ渡っている。

「男の人と付き合うのって、なんだか大変なんですね。ね、彩さん」

「うん。早く来ないかしらね」

 そわそわと彩は食堂の入り口に顔を向け、その人物を見つけるとパアァッと顔を輝かせた。「ごめんごめん。ちょっと遅れちゃった」

 メニューを頼んだ修也は迷うことなく彩の隣。肩がくっつきそうなほど近い距離に座った。ビクッと彩はそのことに背筋を伸ばして頬を赤く染めるが、当の本人は「いただきます」と平然な顔で手を合わせていた。

「修也さん。あんまり俺の妹に触るんじゃねぇよ。泣かしでもしたら承知しねぇぞ」

「おお。それは怖い怖い。でも大丈夫だよ。僕は彼女を泣かすようなことはベッドの上でしかするつもりはないからね」

「べ、べべべべベベッド!? しゅ、修也さん何言ってるんですか!? わ、私たちまだ付き合って一日ですよ!? は、早すぎますっ!」

 誰しもが固まる中、首まで真っ赤にした彩が手をあわあわと宙をさまよわせる。

「冗談だよ。それにそう言ったことは僕が本当に君のことを好きになって、君から求めてくれた時にしかしないよ」

「・・・・・・それ、私の方からその・・・・・・し、したいって言わないとダメなんですか?」

「うん」

「うんって。私は彼氏に押し倒されるの方がいいって思ってますのに・・・・・・」

 もじもじと身をよじる彩は修也以外の人間が既に見えていなかった。正直周りで二人の会話を聞かされている身としてはたまったものではない。恥ずかしいような、妙な気分になるやらで。まなと雄平は明らかに気まずそうにお互いのことをチラチラと見てすぐに視線をそらせる。

「あ、あのね彩ちゃん。気持ちはわかるんだけど、もうちょっとだけ周りのことを見てほしいなー、って私からお願いしてもいいかな」

「周り? ・・・・・・あっ! ご、ごめんなさい! 私一人で盛り上がってしまって」

「ううんいいよ。彩ちゃんの気持ち、私もわかるから」

 私もどっちかというと押し倒されたいから、となるは心の中でつぶやきながらチラッと光輝を見て、目が合ってしまい慌てて顔をそらした。

 昨日のタイムアップでのじゃんけんは、見事なるが勝利をおさめた。

 そして約束通り修也は彩に利用したことを謝った。二回目の彩がした告白を修也は頷き、「君の彼氏になる以上、僕も君を好きになるよう努力するよ」と宣言した。



 放課後になり、いつものように光輝となるはまなを迎えに行こうとするが、なるがその前に屋上に行こうと言いだした。

 まなにはメールでそのことを伝え、「いいですよ。待ってますね」と返事をもらい二人は誰もいない屋上に上がる。

「んー。風気持ちいいね」

「ああ」

 光輝はフェンスの上に腕を敷き顎を乗せながら肯定した。夏に向けて気温はだんだんと暖かくなり、涼しい風が肌に気持ちいい。

「なんか、周りの人どんどん付き合い始めたね。まなちゃんと土村君。それに彩ちゃんと先輩って」

「確かにそうだな。正直彩がOKしたって聞いたときは驚いたけど」

「あ、光輝君も? 私も私も」

 意見が一致していたことが嬉しいのか、なるの声は少しはずんでいた。

「・・・・・・光輝君はさ、男の子だよね」

「女に見えるか?」

 なるは光輝の隣にフェンスに手をかけながら首を振る。

「ううん。光輝君はその、男の子らしいよ。とっても」

「それは素直に喜ぶべきなのか判断に迷うところだな。ま、言い返してやるとしたらお前も女の子らしいな」

「ふえっ!? きゅ、急にそんなこと言われても困るよ」

 そう言う割になるは頬を両手で挟んで嬉しそうにしている。光輝がポンとなるの頭に手を乗せると、不思議そうになるは光輝を見上げた。

「でもよかった。お前があの先輩と付き合うことにならなくて。正直、俺はそうなったら嫌だな、って思ってたからな」

「そ、そうなんだ。・・・・・・ありがと」

 なんだか嬉しい気持ちになり、なるは自分の胸に手を当てる。

「・・・・・・」

 頭に手を乗せられることはよくあるのだが、なんだか今日はいつもよりもドキドキしてしまう。光輝の手から全身にかけて暖かい気持ちになるような、不思議な感覚。

 なるは一度口をきつく結び、ゆっくりと開いた。

「こ、光輝君は・・・・・・女の子と付き合いたいって思う?」

「急だな。まあ俺が付き合いたいって思うのは好きな人だけか」

 それは前も聞いたことだ。今なるが聞きたい答えとは少し違う。

「じゃあ、今付き合いたい女の子っている?」

「・・・・・・それ、俺に好きな女の子いるかって質問だよな?」

「・・・・・・うん」

「気になるのか?」

「・・・・・・うん」

 気になる。光輝が好きな人がいるのか。いるのだとしたらいったい誰なのだろうか。知っている人なのだろうか。それともなるが知らない人なのだろうか。

 ここ最近寝る前には必ずと言っていいほど考え、結局は自分一人で答えを導くことができなかった。

 前光輝が彩に告白された時も同じことを聞いたが、今もそうとは限らない。ちょっとしたきっかけで人を好きになることぐらい、なるはすでに知っている。

 光輝は困った風に眉をよせ、なるの頭から手をどけると自分の頭をかく。

「あー、できればお前には言いたくないんだけどな。ダメか?」

「その言い方無理やりでも言わせたくなるよ」

「だと思った。お前ってちょっとSッ気あるからな」

「そんなことないよ」

 心外だとばかりになるは頬を膨らませ、光輝が突っつくとプシューと空気が外に放出される。

もう一度膨らませると同じように突っつかれ、半ば意地になって頬を膨らませ続けていると光輝に両頬を両手で挟まれてしまった。

「なあ、ちょっと恥ずかしいこと口にしてもいいか?」

「うーん。内容にもよるかな」

「お前が喜びそうなこと」

「どゆこと? 私恥ずかしいのは好きじゃないよ?」

 なるが首を傾げると、光輝は小さく微笑む。

「なるはいろんな顔するけど、どれも可愛いんだな」

「うんうん。私は・・・・・・はえあうえあっ!? にゃ、にゃにを言ってるの光輝君はっ!!」

「噛みまくってるぞ。って言うか今なんて言ったんだ?」

「も、もうっ! からかわないでよ! 光輝君のバカっ!」

 光輝の手を振りはらい、なるは背中を向ける。確かに光輝の言う通り恥ずかしかったし、可愛いって言ってもらえるのはかなり嬉しい。でも唐突すぎる。恋バナをしていたのだから、そう言ったことを言われてもおかしくないと言えばおかしくはないが、もう少しヒントぐらい教えてほしかった。不意打ちは困る。

「・・・・・・一応答えとくと、好きな人はいる。というよりも、最近気になってるから好きってなった」

「・・・・・・やっぱりいるんだ」

 喜べばいいのか悲しむべきなのかわからず、なるは唇を噛みこぶしをギュッと握る。

 それが誰なのか聞きたい。無理やりにでも聞き出したい。

 でも同時にそれを知ることが何よりも怖い。

(もし、私以外の女の子を好きだったら・・・・・・)

 その時はこれから光輝と今まで通り接することができる自信はない。光輝の家にまなと一緒に泊まることもできない。

「・・・・・・私も。私も、好きな人・・・・・・いるの」

 顔が焼けそうなぐらい熱い。心臓の鼓動が壊れるんじゃないかと思うぐらい早くなる。振り返って光輝を見てみると、驚きで目を見開いていてすぐにそりゃそうか、とあきらめの色を浮かべていた。

(私の方がそんな顔したいよ。もしかしたら失恋しちゃうかもしれないのに)

 もし光輝が他の女の子のことを好きなら、多分チャンスはもうない。ここ最近は四六時中一緒に居るのに振り向いてくれていないなら、なるにできることはもうない。あきらめる、のは難しい相談だが、それしかないのだろう。

 なるは拳をギュッと握りしめ、覚悟を決める。このまま話を終わらせるなんてとてもじゃないけど無理だ。そんなことをしたら、今日の夜絶対に眠れなくなってしまう。

「・・・・・・私、今見てるの」

「見てる?」

 コクンとなるは頷く。

 緊張する。怖い。ドキドキする。逃げ出したい。

 それらの思いが複雑に交わり合う。

 深呼吸をしたなるはつばを飲み込み、一度口を開いてまた閉じてしまった。これを言えば、今までの関係は確実に壊れてしまう。よくなるのかもしれないし、悪くなるのかもしれない。

 それでももう、後戻りはしたくない。

「私ね、今見てるの。村雨光輝君っていう、私が・・・・・・私が、一番大好きな人を」

 そして踵をあげ、大きく背伸びをしてなるは目を瞑り自分の唇を光輝に重ねようとする。精一杯背伸びをした。なのに―――

 ―――唇には、何の感触も帰ってこなかった。

 避けられた? と思うとサーと顔から血の気が引く。それはつまり、キスすることすら嫌だと思われてしまっていたということだ。

 失恋の二文字が瞼に浮かび上がる。

恐る恐る瞼を開くと、あまりの恥ずかしさに今度は青くしたばかりの顔を首まで真っ赤に染め上げた。唇が、そもそも光輝の唇に届いていなかった。ほんのわずか。数ミリという単位で。なるの身長不足のせいで。

「あ、ご、ごめんっ!」

 慌てて謝り、光輝から離れようとしたところで光輝に肩を掴まれ、そして、

「んっ!? んんっ!?」

 光輝の顔が目の前に迫り、なるは目を大きく見開くと驚きでくぐもった声を上げた。

 奪われた。初めてのキス。ファーストキスを。

 どれぐらいの間唇と唇を重ね合わせていたのかはわからない。一時間以上そうしていたような気もするし、一秒もなかったのかもしれない。光輝が離れるとお互いの唇をつなぐように唾液の橋が作られる。

「ばっ! なっ、なななななにをっ!? にゅわあっ!?」

「お、落ち着け。なる。せめて地球にある言葉をしゃべってくれ」

「こ、これが落ちちゅいてっ! ・・・・・・舌かんだぁ」

 痛そうにベーと舌をなるは出し、つーと光輝はその舌を撫でた。

「はばっ!? ば、バカ! バカバカバカッ! 光輝君のバカ―――ッ!!」

 なるはあまりの羞恥で泣きそうになりながら光輝の胸元をポカポカと叩き、そっとその胸元に顔を沈めた。

「悪い。なるがその、あまりにも可愛かったから。ちょっと止められなかった」

「そんなこと言わないでよ。怒れない、から」

「悪い悪い。さすがに舌を撫でるのは今回だけにしとくって」

「あれビックリしたんだからね。次やったら光輝君にもやるんだから! やるったらやるんだから!」

 つーと、なるは光輝の腹の上で小さな指を滑らす。舌を撫でられた時は本当にびっくりして、思わず飛び跳ねてしまった。おまけにまた少し舌を噛んでしまった。

 それより、となるは顔を赤くしたまま顔をあげる。

「き、キスしてくれたってことは・・・・・・その、こ、光輝君の好きな人って」

 普段何気なく呼んでいる光輝の名前も、この時ばかりはなんだか恥ずかしい。

「俺も見てるぞ」

 なると同じように顔を赤くしている光輝がなるの頭を撫で、なるは嬉しそうに目を細める。

「夢島なるっていう、俺が一番大好きな人を」

 嬉しい。堪えることができなくなった涙が零れ落ち、頬を伝い顎から滴り落ち、光輝の制服に取り込まれる。なるの恋心と同じように。

 なるは光輝の背中に腕を回し、ギュッと抱き付く。ずっと、ずっとこんな風に思いを伝えて光輝に抱き付きたかった。そして光輝も好きだと言ってくれた。

 今なるは、まなと彩に勝ったと自信をもって思った。何しろ二人は片思いされているか、しているかだが、なると光輝は両思いだ。そしてキスまでした。

(キス・・・・・・)

 なるは恥ずかしくなってきて光輝から離れ、唇を触る。まだかすかにだが光輝の唇の感触が残っている・・・・・・気がする。

(・・・・・・もう一回、したいかも)

 さっきは驚いて余裕がなかったから、今度は余裕を持ってやりたい。けど自分からキスしたいと言うのは恥ずかしい。

 考えた末、なるは目を瞑り精一杯背伸びをすると唇を重ねようとする。身長がこんな短時間で伸びるはずもなく、当然光輝の唇になるの唇は届かない。だけどすぐに唇はふさがれた。見なくてももうわかる、光輝の唇によって。



 光輝となるは肩を寄せ合いフェンスにもたれて座っていた。

 まだ顔は熱く火照り、心臓もドキドキしっぱなしだ。光輝とこうして隣り合って座っているせいかもしれない。でもそれがなんだか心地よく、胸が嬉しい気持ちでいっぱいになってくる。

「私たち、良い家族になれるかな」

「もう結婚の話しか? ずいぶん気が早いな」

「け、結婚のことじゃないよ・・・・・・。でも、やっぱり光輝君忘れてるんだね」

「忘れてる? 何を?」

「んーん。何でもなーい」

 首を傾げて聞いてくる光輝になるは首を振りながらよいしょっと立ち上がる。立ち上がり、なおも聞いて来ようとした光輝の唇をなるは人差し指で押さえて閉ざす。

「教えてあげないよーだ。ふふ。光輝君いつ思い出すんだろうね。私にプロポーズしてくれた時のこと」

「ぷ、プロポーズ!? 俺そんなことした覚えないぞ!?」

 ふふふ、と楽しそうに笑いながらなるはドアノブを捻る。。

「今度教えてあげる。だから早くまなちゃん迎えに行こ? 待たせちゃってるし」

「そうだな。でもプロポーズ? 全く思い出せない。一体いつどこでだ」

 ぶつぶつと過去の記憶を思い出そうとしている光輝を見ながらなるは笑う。

 確かあの時もここで嬉しくて光輝に泣かされたのだ。

 今でも昨日のことのようにはっきりと覚えている。1年生の時の、寂しくも嬉しい記憶は。





 少女は少年の前で涙を流した。

「ママに、パパに会いたいよ」

 と寂しそうに。

 もう両親が電車事故で亡くなってから数か月の時が立っている。

 今ではもう両親のことで泣くことなどほとんどなくなっていたのだが、不意に思い出してしまい、家族が恋しくなることがあった。

 そんな少女を少年は抱きしめ耳元でこうささやいた。

「だったら、俺を家族って思えよ。俺も家族が恋しくなったら、お前を家族って思うから」

 最初その言葉の意味を理解することができなかった。

 けどすぐにその言葉の意味を理解することができた。

 嬉しかった。今までにいろんな人に慰めてもらった言葉よりも、少年が言ってくれたその言葉が、何よりも嬉しかった。

 少女も少年に抱き付き、声を出しながら泣いた。嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。





「だったら、俺を家族って思えよ。俺も家族が恋しくなったら、お前を家族って思うから」

 一字一句間違うことなく1年前ささやいてくれたその言葉をなるはひっそりと呟き、ギュッと胸の前で両手を握る。

 世界で唯一、なるにだけ囁いてくれた魔法の言葉。この言葉になるは何度も支えられ、そして気がつけば光輝のことを目で追うようになっていた。

(光輝君はずるいよね。私が欲しいって思ったもの、なんだってくれる。それに奪ってくれる)

 与えてくれた優しい言葉。やさしい抱擁。

奪われた初めてのキス。そして恋心。

 そのどれもが嬉しくて、つい欲張りになってしまう。もっと与えてほしい。もっと奪ってほしい。

「なる、早くいくぞー」

「あ、うん!」

 階段の下で待ってくれている光輝のもとに駆け寄り、肩を並べるとどうしようと考えた末に、なるは光輝の手を握った。

「っ!」

 驚いた光輝だったが、恥ずかしそうに赤面しているなるを見てギュッと握り返した。

「私ね、今世界で一番幸せな気がする」

「何言ってんだ。お前が一番じゃないって」

「えー?」

 否定され、なるはなんだかムッとして頬を膨らませる。当然のように光輝に頬をつつかれて空気が漏れ、光輝は言う。

「俺の方が幸せだっての。か、可愛い女の子と両思いだし。それにその・・・・・・き、キスさせてもらえたんだ。それに手も握ってくれてるしな」

「・・・・・・うん」

 そう言われると悪い気はしない。けど、それでもなるは完全に肯定しきることができなかった。だから言ってやる。

「私の方が幸せなの! 幸せッたら幸せなの! なのったらなのー!!」

 笑う光輝につられなるも笑う。

 ああそうだ。別にどっちが幸せかなんてどうだってよかったのだ。

「ごめんね、やっぱさっきのなし」

「奇遇だな。俺もだ」

 光輝となるは顔を近づけ、楽しそうに笑ったまま同じことを告げる。

「一緒に幸せになろうね」

「一緒に幸せになろうぜ」


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