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第四章 試合の行方は



 両親が高校の始業式の日に電車事故で亡くなって以来、少年は周りから見てもわかりやすすぎるぐらい元気を失っていた。

 小さなころから共働きだったから、帰った時の挨拶が帰ってこないのはいつも通りだったが、帰ってくる人がいない、というのは寂しかった。

 二度と食べられない母親の作る暖かいご飯。二度とみることのできない父親の笑顔。

 そんなある時、自分と同じように両親を電車事故で亡くした女の子が、同じクラスに居るという話を聞いた。

 高校生とは思えないほど小さな身長、小さな胸。子供っぽい性格。正直、初めて見た時は中学生か? と思って思わずつぶやいてしまった。運が悪いことにその少女につぶやきが聞こえてしまい、半ば本気でキレられもした。

 その少女は既に少年も電車事故で両親を亡くしたことを知っていたのか、それ以降よく少女に付きまとわれるようになった。

 同時に少年も自分と同じ境遇に置かれた少女に興味が出始め、観察し始める。

 そしてすぐに自分との違いに気づいた。少女は誰かと一緒に居る時、常に笑っていることに。

 ある時少年は少女に聞いた。つらくないのか? と。

 すると少女はつらいよ、と初めて少年に涙を見せた。

 普段教室では決して見せない少女の弱い姿。

 涙を流しながら話をする少女の話を少年は最後まで笑うことなく聞き、自分のことも少女にすべて話した。

 それから少女には少年の方から話しかけるようにもなり、授業中もひそひそ話をするようにもなった。おかげで怒られる回数も増えたが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 いつしか少年は、少女の持つぬくもりが好きになっていたのかもしれない。




 まだ眠たいなか、光輝は目を開けるのもだるく軽く寝返りを打った。

 暖かい。腕と胸元に伝わる暖かくも柔らかな感触。鼻孔をくすぐる甘い香り。

「だ、め。まだ、はや、いよ」

 フニュフニュとした、揉むたび手のひらに伝わる弾力のある柔らかさ。それがなんだか気持ちよくて続けていると、腕の中で何かがビクビクッと震えた。

「やぁ、ほんと、に・・・・・・やめ。こう、きくん。んんっ!」

 聞こえてくる甘い吐息。押しのけようと何かが胸元を押してくるが、力があまり入っていない。

 声もなんだか嫌がっている風だが、少しうれしさが含まれている気がする。

「・・・・・・って。な、何やってんだ!?」

 ぼんやりと目を開き、光輝の意識は一気に覚醒した。

 勝手に布団にもぐりこんできていたなるを抱きしめ、手が上半身でつかんではいけない場所。なるの胸をつかんでいたのだ。

 手がさっきまでと同じように勝手に動き、背中に嫌な汗が流れる。さっきまでの、今も手のひらに感じるフニュフニュとした気持ちいい感触は、なるの小さな胸を揉んでいる感触だった。

 目に涙を浮かべたなるは人差し指を軽く噛み、頬を赤く上気させている。

「そ、それこっちの、せり、ふ」

「・・・・・・悪い。ほんとに悪い」

 胸から慌てて手を離し、少し名残惜しそうに光輝は自分の手のひらを眺める。

「こ、光輝君! まじまじ見ないでっ!」

 恥ずかしそうに真っ赤に顔を染め、なるは光輝の手を自分の両手で覆い隠す。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・な、なんか喋ってよ」

「じゃあ言うぞ」

「・・・・・・私の胸、どうだった?」

「きもちよかっじゃない! な、何言わせるんだよっ!」

「き、気持ちよかったんだ・・・・・・わ、わた、わたし」

「よし。それ以上は絶対に言うな。絶対に言うなよ?」

 口をふさがれたなるはコクコクと頷き、光輝がなるの口から手を解放するとなるも自分の小さな手を光輝の手から離す。

 なるが座ると、すっかり眠気も冷めてしまった光輝も一緒にその場に座る。

「で、なんでお前は俺の布団にもぐりこんできたんだよ」

「・・・・・・怖かったの。光輝君3年の人たちに殴られて、意識失って・・・・・・私、私光輝君もどっかに行っちゃうんじゃないかって」

 ギュッと拳を握りしめ、流れそうになる涙をこらえるようになるは下唇を噛みしめる。

光輝は表情を和らげなるの背中に腕を回すと、その小さな体を抱き寄せた。

「え、えっ!?」

 動揺したなるは逃れようとするが、光輝が少し強く抱きしめると動きを止めた。

「バカ言うな。俺はどこにも行ったりしないって。前約束したろ? ずっと一緒に居てやるって」

「・・・・・・痛いよ」

「わ、悪い」

 拘束を解くと、なるは布団を頭からかぶる。

 真っ赤になって、嬉しすぎてニヤニヤする顔を、光輝にだけは見られたくなかった。



 昼休み、光輝となるは途中でまなを迎えに行き、いつものように食堂で学食を食べていた。

 今日は全員ハンバーグ定食だ。なるが食べたいといい、特に他に食べたいものがなかった二人も、同じものを頼んだ。

 光輝はまなと話をしているなるの皿にミニトマトを移し替える。

「あー! 光輝君勝手に私のとこにトマト入れないでよ」

「ばれたか」

「ばれたかじゃないよ。好き嫌いは良くないよ? 私もトマト嫌いなんだから」

 はい、となるは光輝が移した分のトマトを光輝の皿に戻し、おまけに自分の分のトマトも光輝の更に何食わぬ顔で移す。今度はまなの皿に移そうとするが、先に皿を引かれてしまった。

「自分の分は自分で食べてください。トマト好きではありませんので」

 後半部分が皿を引いた理由な気もしないではないが、言っていることはもっともだ。

「つうかなる。何気に自分の分まで入れんなよ」

「んー? なんのことだろー」

 どうやらすっとぼけるつもりらしい。

 光輝は二人に食べてもらうことをあきらめ、口に放り込み奥歯で噛みしめる。口内にトマトの果汁が飛び散り、思わず顔をしかめてしまう。その反応を見て、二人はようやく光輝がトマトを食べてもらおうかとしてた理由に気づいた。

「傷染みるの?」

 ご飯と一緒にトマトを素早く呑み込み、水で口直しをしてから光輝は頷く。

「ちょっとな。それに傷っていっても、ちょっと切れたぐらいだって」

 心配そうに見つめてくるなるを安心させるように光輝はそう言う。

 実際昨日竜兎と信号トリオに付けられた傷は数日もあれば全部治りそうだ。

「村雨先輩。そういう理由だったらちゃんと言ってください。言ってくれれば私たちも考えましたのに」

「そだよ。・・・・・・うん。残りの一つは私が食べてあげる。感謝してね?」

「サンキュウな」

 なるの頭を撫でながら光輝は心中でため息をつく。

(そのトマト、元々お前のやつなんだけどな)

 なんだか感謝詐欺だな、と思わなくもない。

 気持ちよさそうに目を細めるなるを見ていると、なんだか朝のことを思い出してしまった。

視線がなるの胸に吸い寄せられ、鮮明にあの感触を思い出す。小さくても確かに柔らかさがあり、小さな体も柔らかくて、抱きしめていて悪い気持ちはしなかった。

「こ、う、き、く、ん? その手は何かなー?」

 頬をうっすらと赤く染め、ジトーと半眼で睨まれて光輝は気づいた。いつの間にか、朝なるの胸を揉んだ右手を、その時と同じように動かしてしまっていた。

「あ、こ、これはその」

 なるは胸を隠すように体を抱きしめ、ボソッとつぶやく。

「光輝君のエッチ」

「・・・・・・」

 反論の余地が1ミリたりともなかった。

まなは朝なるが勝手に光輝の布団にもぐりこんだことしか知らず、二人の会話には首を傾げていた。

 トマトを食べたなるが面白い顔をしたところで、食堂が少し騒がしくなった。

 入り口に視線を向け、光輝たち三人の身体が強張る。

竜兎が一人食堂に入り、キョロキョロと何かを探すように視線をさまよわせていた。光輝と目が合うとまっすぐ光輝向かって歩み始める。

「よぉ。ここいいか?」

「・・・・・・ああ」

 頷くと竜兎は昼飯を買いに一度離れる。

「ね、ねえ光輝君。大丈夫なの?」

「私あの先輩ちょっと怖いです」

 二人の心配する気持ちはよくわかる。昨日体育館で二人も嫌な思いをして、目の前で光輝が殴られるざまを見せられたのだ。正直光輝もちょっと怖い気持ちはある。

「まあ大丈夫だろ。ここだと人も多いしな」

 それに、あの時竜兎は単に彩のことで勘違いをしていただけだ。今は修也に試合を勝つことで彩にメリットがある以上、竜兎も邪魔をしてきたりはないだろう。

 おにぎりを買って来た竜兎は席に座り、一口食べると紙パックにストローをさしてお茶を飲む。

「まあなんだ。体の方は大丈夫か?」

 照れくさいのか、竜兎はをっぽを向きながらポケットからシップを取り出し、光輝に放り投げる。どうやら心配されているようだ。

 それがわかると、光輝たちはいつの間にか身構えていたからだから力を抜く。

「日常生活にも特に問題はないな。しいていえばトマトとか食ったら口がしみるぐらいだな」

「じゃあ問題ねえな」

 クククッと竜兎は喉で笑う。

「それで、何か用か?」

「聞きに来てやったんだ。チビ、本当にいいのか? あんな条件のんで」

「チビって言わないで」

「チビにチビって言って何が悪い。悔しかったらでかくなりやがれ」

「あーもー怒った! 怒ったッたら怒ったんだからっ!」

「怒ったからどうした? おちびさん」

 むーと威嚇するように歯をむき出すなるに、竜兎は何食わぬ顔でおにぎりをほおばる。最初は警戒していたなるも、警戒心を解き始めている。

 まなは箸を進めながらもチラチラと常に竜兎は視界に入れるようにし、まだ少し警戒している様子だ。

「1年」

「な、何ですか?」

「お前名前なんだ」

「八坂まな、です。先輩は鳥町竜兎先輩であってます?」

「ああ、それであってる。俺はお前らのこと面倒だから名前で呼ばせてもらうぞ。俺の呼び方は好きにしろ。先輩って言ってもいいし、言う必要もねえ」

「じゃあ竜兎君って私は呼ぶね。名字で呼ぶとまぎわらしいもんね。あと、竜兎君の名前って結構かっこいいよね」

「・・・・・・お世辞のつもりでも彼氏の前で言わねえほうがいいだろ」

 彼氏? となるが首を傾げ、竜兎は光輝を指さす。

「ち、違うよっ! 私と光輝君はこ、恋人じゃなくて、その・・・・・・」

「将来の夫婦か?」

「ふ、夫婦!? ち、違うからっ! 私たちはクラスメイトで友達なだけなのっ。つ、付き合ってもないし将来もまだ誓い合えてないから!」

 湯気が出るんじゃないかと思うぐらいなるは顔を真っ赤に染め、ドンッとテーブルを叩きながら反論する。ただ、ちょっとだけ嬉しそうに頬が緩んでいるせいで迫力がどうしてもかけてしまう。あと小さいと言うのもその原因の一つだ。

「まだ? チビ、お前こいつと将来を誓い合いたいってわけか?」

「うにゃあっ!? ち、違う! 違わないけどでもあのそのうぅ。竜兎君のいじわる」

 手をパタパタと振ったなるは竜兎を睨みながら座りなおす。

「冗談はそろそろやめだ」

 一つ目のおにぎりを食べ終わった竜兎は二つ目のおにぎりに手を伸ばした。

「・・・・・・悪かったな。昨日は」

 らしくねぇと竜兎は乱暴に自分の髪の毛をかき乱し、背中を向けておにぎりを口に押し込むようにして食べ始める。

 それを見て光輝たちは顔を見合わせて苦笑した。昨日は純粋に怖いとだけ思っていた竜兎も、こういった姿を見せられると可愛らしいところもある。

「別にいいって。シップももらったしさ」

「うーん、光輝君がいいって言うなら私も許してあげようかな。ケーキおごってくれたらとてもうれしいけど」

「私もお二人がいいって言うなら」

「だー! ニコニコ笑うな! てめぇらブッ飛ばすぞ!」

 威嚇するように拳を握るが、それが照れ隠しだと思うとずいぶん可愛らしく見えてくるものだ。

「くそッたれどもめ。話はそれたが、本当にお前はそれでいいのか?」

「試合のやつ?」

「それ以外に何があるってんだ」

「うーんと、私におごってくれるケーキのこととか?」

 おどけた風に言うなるに、竜兎は頭が痛そうに額を抑える。その気持ちが光輝も理解でき、心の中で同情した。

 なるはハンバーグをおいしそうに口に放り込み、もぐもぐと粗食すると、満足気に息を吐く。

「私は別にいいよ。勝てばいいだけだもん」

「見た目がガキなら頭もガキってか? 小さいのは背と胸だけにしやがれ」

「む、胸・・・・・・」

 ペタペタとなるは自分の小さな胸を触りはじめ、どうだった? とばかりに光輝と目を合わせて不安そうに首を傾げる。慌てて光輝は顔を背けるが、テーブルの下で割と本気で脛を蹴られ、半ば強制的に光輝はなるの胸に視線を向ける。

 正直に言えば小さいとは思う。揉んでしまった時のを思い出せば。もちろん見た目も。

 けどそのままいえばなんだか傷つきそうな雰囲気だし、何より朝のことは少なからず光輝も申し訳ないと思っている。

 寝ぼけていたとはいえ、女の子の体を無遠慮に触ってしまったのだから。それも腕とかではなく胸を。

「まあなんだその」

 なんだか気まずく、光輝は頬をかきながら視線をそらす。

「俺は嫌いじゃ、ないぞ。お前の胸」

「ふえぇっ!? な、何言ってるの光輝君! バカなの!?」

 ボッと首まで真っ赤に染め、思わずと言った感じでなるは立ち上がり胸を覆い隠す。言葉に出していなくても、聞かれて答えたのにその反応はない。

そしてまながゆっくりと、恥ずかしそうに手をあげた。

「あの先輩方。周りの視線を少しは気にしてください。鳥町先輩も」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・だな」

 周りを見渡すといつの間にか注目が集まっていた。

 なるは恥ずかしそうに座り直し、光輝も恥ずかしくなり頬を染める。

 竜兎は面白いものを見た、とばかりになるを見ながらおにぎりをほおばっていた。

「さっきお前言ったけどよ、あいつに勝つってことが難しいってことぐらいわかってんのか?」

「うん。それぐらいわかってるよ。そういえば光輝君。なんでチーム戦にしたの? 1対1もできるのに」

「その場合誰があの先輩とやるんだ?」

「光輝君」

 当然とばかりになるは光輝を指さす。言いだしたのは光輝で、なおかつ男なのだから当然と言えば当然だ。けど、条件はなるに大きく影響するのだから、私と言ってほしかったな、と光輝はひそかに思った。

「残念だけど俺じゃあの先輩には一人じゃ勝てないからな。だからチーム戦だ。そっちの方が勝率は上がるしな」

「でも、チーム戦ってことは向こうも他に人いるんですよね? 同じ人数でやっても向こうは3年生ばかりの可能性もありますし、大丈夫なんですか?」

「ああ、それは大丈夫だ」

 光輝は狐雲高校で定期的に行われる、自由参加型の試合の説明をまなに説明することにした。

 狐雲高校では月に一度か二度、チームを組むか一人でエントリーし、希望があれば希望するチームと試合を行うことができる。その場合相手の了承を得る必要があるが、今回は既に了承済みだ。希望がなければランダムで抽選されるが、今回は光輝たちに当てはまらない。

 そしてチーム戦では、上級生が不利にならないように配慮もされている。

 相手チームに、自分たちのチームの一番上の学年の生徒よりも学年の高い生徒がいれば、メンバーを一人多く入れることができるのだ。

「ええと、つまり向こうのは霧埼先輩が3年生で・・・・・・あれ? でも鳥町先輩も参加したら同じなんじゃ」

「俺は参加しねぇぜ。つうか出来ねぇしな」

「なんでですか?」

「昨日あんなことしたんだ。はっきりって停学にならなかったのが奇跡ってもんだ。一か月の間試合参加の禁止は言い渡されたがな。そういやあいつらは停学みたいだな」

 あいつらというのは信号トリオのことなのだろう。

「そう言うわけで、今回はなると俺が一番上の学年。つまり2年生が一番上の学年になるってわけだ」

「ふふん」

 一番上と言われて機嫌をよくしたのか、なるは胸をそらす。

「じゃあ向こうは3年生で、こっちは2年生ですから・・・・・・一人多く人を呼べるってことなんですね!?」

「そういうこと。ついでに言うと、学年が高いほうは同じ学年の生徒をメンバーに加えれないんだ。だから3年生はあの先輩一人。チーム戦だから最低でもあっちは後一人選ぶだろうけど、2年か1年だ。まあ普通に考えたら2年をチームに加えるだろうけど」

 これでは相手チームが不利に見えてくるかもしれないが、1年の差というのは結構大きいものだ。

 たとえなるが本気で竜兎と戦ったとしても勝つのは難しいだろう。

 2年生が学び教わったことは、3年生にとっては1年前に教わり、1年も長いこと練習してきたということだ。それに3年生しか知らない知識を使われれば、2年生が対処するのは少し難しい。

「じゃあ2対3というわけですか。では早いところもう一人のメンバーを探したほうがいいんじゃ」

「そうしたいんだけどさ、俺1年の知り合いお前ぐらいしかいないしな。なるは?」

「私も同じ。あと彩ちゃんだけど」

 光輝となるは竜兎に視線を向けるが、

「ダメだ。あいつに試合になんか参加させるかってんだ。怪我でもしたらどうする」

 見事なシスコンぶりだ。言えば怒られそうだから光輝は心の中にしまい、口にしかけたなるの足をつつくように蹴る。

「なんで1年を加えようとするのですか? 2年生を加えたほうが勝率も格段に上がると思いますが」

 それはそうだ。

 今の1年はおそらくまだ全員15歳。つまりゲネシスとして目覚めていない。ゲネシスとそうでない人間が戦ったとしても、カメが徒競走でウサギに勝つのと同じぐらい難しい。

 だがこれはチーム戦において、どんな場合においても決められたルールがあるのだ。

「えとね、同じ学年の生徒は二人までしかチームに参加できないの。もう私と光輝君で2年生の枠は埋まっちゃってるから、あとは1年生を入れるしかないの」

「なるほど。そう言った理由があったんですね」

 なるの説明にわかりましたとまなは頷く。

「でも、それじゃ夢島先輩たちの方が不利になっちゃうんじゃないですか?」

「うーん、学年足したら両方5になるからいいんじゃないかな? なんか数字だけ見たら互角にも見えるし」

「なんだか結構軽いですね」

「それしかないからな。1年入れない方が逆に不利になるし」

 囮。と言えば人聞きが悪いが、錯乱の意味合いもかねて相手よりも人数が多いことは有利な点が多い。最悪の場合逃げてくれるだけでも構わない。

 まなは何かを考えるかのように箸でトントンと食器を叩く。なるはリズムをとり始めたのか体を左右に揺らし始めた。

 唐突にリズムが鳴りやみ、まなは箸を綺麗に食器の上に置くと、居住まいを正す。

「あの、私立候補しちゃってもいいですか?」

「いいのか? お前あの先輩のこと」

「だーかーら、何度も言ってるじゃないですか。別に好きにはなってないですって。それに、ちょっと引いちゃいましたよ。求められるのは嫌じゃないですけど、周りに迷惑かける人はどうかと思いますし。もっとも、求められてるのは夢島先輩ですけど・・・・・・」

 ため息をつくとまなは箸を持ち直してご飯を口に運んでいく。

「・・・・・・それに、クラスメイトが幸せになってくれるなら私も嬉しいですしね」

「まな・・・・・・」

「まなちゃん・・・・・・」

「な、何ですか? まさかここでやっぱり好きでした、とか言うとでも思いました?」

 まなの問いに、なるは小さくもこくんと頷いた。

「言うわけないじゃないですか。別に好きでもないです。ただ、かっこいいって思ってるだけの先輩ですよ」

 微笑むまなの笑顔は、どことなく寂しそうでもあった。まなの言う通りたとえ好きでなくても、思うところはあるのだろう。光輝もなるも、竜兎もこれ以上まなをいじる気にはなれずに一つのことを決意した。

「じゃあよろしくなまな。俺たちの最後のメンバー」

「よろしくね。でも最後のメンバーより、ラストメンバーの方がかっこよくない? まなちゃんはどう思う?」

「どっちでもいいです」

 心底どうでもよさそうにそう言われ、光輝となるも落ち込みかけた。けどそれも一瞬だけで、それ以上に二人ともまなと一緒に試合に参加できることが純粋に嬉しかった。さすがにそれは気恥ずかしくて口にはできなかったが。

「それで、試合の勝敗ってどうやって決めるんですか? まさか意識失うまでとかはさすがにないですよね?」

 もしそうならやめます、とまなはボソッと付け加える。

「それやったらいろいろやばいからな。倒れたらそいつは負けになる。どっちかのチームが全員やられるか、制限時間が過ぎた時点で人数が多いほうの勝ちだ。タイムアップで残った人数が同じだったら、最後はじゃんけんだけどな」

「じゃんけん・・・・・・」

 まなの言いたいことはよくわかる。

 けどそれを考えたところで意味はない。なにしろ、じゃんけんということ自体に意味はないのだから。なんならこれがあっち向いてほい、になった可能性もあるほどだ。腕相撲という案もあったそうだが、女の子が不利という理由で廃止された。

「試合が終わったら勝利チームはポイントがもらえて、負けたチームはポイントを失う」

「ポイント? そういえば昨日鳥町先輩もそんなこと言ってませんでしたっけ」

 首を傾げるまなに、どう説明しようかな、と光輝は首をひねる。

「ええとだな。一言でいえば内申点みたいなもんだ。まあ内申点とは別に用意されてるし、高いほうが就職にも進学にも役に立つ、って思っててくれ。ちなみに、試合以外でも模擬戦とか、不意打ちとかでも相手を倒せて先生に証拠と一緒に報告したらポイントももらえる」

 そういえば雄平との出会いもそうだったな、と光輝は手首をさする。あの腕時計にまさか神経毒とかが仕込まれていたとは思いもしなかった。しかもそのあと時計は回収されてしまった。

「あとは面倒事起こしたら無条件でポイント奪われちまう。おかげで俺のポイントは昨日で結構減っちまった。くそったれ」

 竜兎の愚痴に、三人は苦笑せざるを得なかった。修也に騙されたと言っても、それは自業自得でしかなかったのだから。




 そして一週間の時が立ち、試合の日。

 最近では見慣れたと言えば問題だが、目が覚めるとなるの寝顔が当然のようにあった。

 すやすやと眠るなるの寝顔は可愛らしくてずっと寝かせてあげたくなるのだが、これ以上寝ると遅刻しかねない。ここは心を鬼にして叩き起こし、まなも起こして光輝はいつものように朝食を作る。

 ちなみに、なるが光輝の布団に入るのはいつも無断だ。当然手も出していない。

 朝食が出来上がるころに顔を洗い、着替えを終えたなるが眠たそうに自分の席につき、少し遅れてやってきたまなもすぐ席に着く。

「今日だな」

「はい。うぅ、なんだか緊張してきました」

「まあ初めての試合だからな。慣れたら案外楽しいからな。なあなる」

「うん。私今から楽しみ。もちろん負けるつもりないけどね」

 何もなくても負けるつもりは当然ないが、今回ばかりは何が何でも負けるわけにもいかない。

 彩のためにも、そして。

 なるは光輝の横顔をチラッと盗み見て、自分を鼓舞するかのように拳をギュッと握る。

「頑張ろうね。光輝君、まなちゃん」

「ああ」

「はい」

 なるの差し出した手に光輝とまなが手を重ね、テーブルを囲んだ三人は気合十分な掛け声とともに朝を迎えた。




 試合は順調に進み、光輝たちの順番もだんだんと近づいて来た。やはりこのもうじき出番、という緊張感はいつ味わっても慣れない。なるは楽しそうに試合を観戦しているが、まなに至っては緊張しまくってカチコチに固まっている。

「大丈夫か?」

「は、はい。でも緊張します」

「まああんま緊張すんなよ。試合つっても、大体の人が楽しむためにやってるからな。正直ポイント目当てのやつの方が少ないし」

 光輝はできるだけ隣に座っているなるとまなを見ないようにしながら、まなの緊張をほぐそうとする。普段体育の授業は男女別に分かれているため、女子の体操服姿は見慣れていなくて少しドキドキしてしまう。

 しかもベンチだからなるはわざとなのか無意識なのかは知らないが、光輝にくっつくように座っている。少し離れてくれと言ってなるを少し遠ざけたら、逆に隣の男子になるがくっついてしまう。

(・・・・・・他の男子にくっつかれるよりはましか)

 それに、こうしてなるとくっついているのは、悪い気はしない。

「なんか、すごいですね」

 思わず出てしまった、と言った感じのまなのつぶやきに、光輝となるはまなを見る。緊張がいくらか和らいできたのか、試合を見ているまなの目はキラキラと輝いている。

 初めてここから試合を見学したとき、光輝も、なるも目を輝かせた。

 ゲネシスどうしの戦いは決して殴り合いではない。

 さまざまなイメージをクリエイトし、多彩な芸で相手を驚かせ、観客も驚かせる。中にはバナナの皮を作り出し、それで相手をこかせようとした生徒もいたが、結局は自分で踏んでこけてしまっていた。その時は会場中が爆笑に包まれ、負けたはずの生徒は悔しがるではなく、少し恥ずかしそうに笑っていた。

「・・・・・・村雨先輩、夢島先輩」

「どうした?」

「どうしたの?」

 首を傾げる二人に、まなは拳をギュッと握る。

「私も、今日お二人をびっくりさせられますかね?」

「さあな。でも、期待してるからな」

「私も私も。まなちゃんなにしてくれるんだろなー」

 ポンポンとまなの頭を撫でる光輝と、楽しそうに足をブラブラとさせるなる。

 けどこうしてみるとあれだな、と光輝はなるを見て思った。

 普段は狐雲高校のセーラー服を着ているから高校生、というイメージがちゃんとあったが、どこの学校でも同じような体操服を着ていると、本当に中学生以下に見えてきてしまう。

「こ、光輝君。さすがにじろじろ見られると恥ずかしい、よ」

 気温もだいぶ暖かく、なるとまなが着ているのは夏用の体操服だ。

 短い体操服では隠し切れない白い腕と太ももを恥ずかしそうに隠そうとするが、なるの細い腕ではとても隠し切れない。そんな仕草をされると余計なるの体にひかれてしまい、ジーと頭のてっぺんから足のつま先までを繰り返して見渡す。

 身長が小さいから往復も楽で、三回目ぐらいになった時目が合ったなるをみてドキリとした。

 うぅと拗ねた子供みたいに頬を膨らませて涙で目を潤わせているなる。もじもじとなるが動くたび体操服越しに伝わるなるの感触。

「こ、光輝君?」

「あ、悪い・・・・・・」

 不思議そうになるに首を傾げられ、光輝は無意識のうちに伸びていた手を慌ててひっこめた。今、周りのことなど完全に忘れてなるのことばかりを考えていた、ような気がする。

 慌てて光輝はなるから視線をそらすべく、反対側に居るまなを見てみる。

 まだ高校に入ったばかりなのだから中学生っぽいイメージはあるが、それでもなるに比べれば何倍も高校生らしく見える。

 まなはよほど試合に熱中しているのか、光輝に見られていることに気づいている様子がない。

 これ以上は失礼かな、と試合観戦に戻ろうとしたとき、耳が引っ張られた。

「こーうーきーくーん」

「ど、どうした?」

 ああ、これは怒っているな、とすぐに分かった。まあ散々見られた後で他の女の子の体を見ていたのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

「お、俺なんか飲み物買ってくるな。なんか飲みたいものとかあるか?」

「あ、それじゃ私も行く。そろそろ移動もした方がよさそうだし」

「だな。行くぞまな、まな」

 よほど試合観戦に熱中していたのか、一度呼んだだけでは反応せず肩をゆすってようやく反応が返ってきた。

「え、はい?」

「そろそろ移動するぞ。ついでに飲み物も買いに」

「も、もうちょっとだけダメですか?」

 チラチラと試合を見るまなを見て、光輝となるは肩をすくめる。

「これ終わったら行くからね?」

 コクンと頷くまなを見て、あれ? と光輝は首を傾げた。

 なんだか、今のはなるの方がまなよりもお姉さんに見えてしまった。

 それが普通なんだろうな、とそういえばなるの方がまなより年上だったな、と今更なことを思い出しながら光輝も試合を観戦することにした。



 試合の観戦も終わり、三人は自動販売機でジュースを買っていた。

「ほれ」

 なるにはりんごジュース、まなにはオレンジジュースを放り投げる。

「ありがとね」

「ありがとうございます」

 そういえば最近まなの遠慮がなくなってきている気がする。それだけまなとの距離が近づいてきているのだと思うと、光輝はなんだか嬉しく思えた。

「村雨先輩ニヤニヤしてどうしたのですか? 少し気持ち悪いですよ」

 ・・・・・・そこはもうちょっとオブラートに包んでほしかった。光輝が軽く落ち込んでいると、二人分の足音が近づいて来た。

竜兎と彩だ。

「よぉ。気分はどうだ?」

「どうだろうな。若干一名緊張気味ってところか?」

 まなが頷くと、なるが大丈夫だよとほほ笑みかける。

「みなさんその、私のためにありがとうございます」

 ぺこりと彩は頭を下げた。

「いいよ。私も試合は楽しみだしね。そこに負けれない理由が加わったぐらいどうってことないよ」

「そう言っていただけるとありがたいです。試合、頑張ってくださいね」

 もう一度ぺこりと頭を下げ、彩は竜兎と一緒に会場に向かっていく。

 試合会場は体育館とは別の場所にあり、見学席には生徒全員が入っても少し余裕があるぐらいの広さがある。

 三人は試合会場を見上げた。

 これから戦う相手はサッカー部でもキャプテンを務めるほどの生徒だ。一筋縄ではいかないだろう。

「行くか」

「はい」

「もう一人誰なんだろうね。知り合いだったら面白そうだよね」

「そうだな」

 修也がパートナーに誰を選んだのか、ということをまだ三人は知らない。というのも、対戦相手の情報は基本的にチームリーダーの名前しか表示されない仕組みになっているのだ。

 ちなみに光輝たちのチームリーダーはなるということになっている。別にリーダーだからっていいことは別にないが、なるが「私がリーダーなの! なのったらなの!」と駄々をこねて二人はリーダーの座をなるに譲った。

 おそらく修也はまながチームに入っていることを知っているだろう。というよりも、常に1年のまなといるのだから誰だって予想できることだ。



 歓声が聞こえ、光輝たちはゆっくりと会場に入って行く。

 見学席を見ればほとんどすべての席が埋まり、約500人の視線が一気に三人に集まる。

 まなが緊張で固まり、なるがそっとまなの手を握る。

「夢島先輩?」

「一緒に居るからね。だから、精一杯楽しも?」

「はいっ」

 なるがニッコリ笑うと、まなも笑顔を返す。

 本当に姉妹みたいな二人だな、と思いながら光輝はまっすぐ定位置に進んでいく。

「あ、待ってよ光輝君。リーダーは私なんだから、先頭は私が行くのっ!」

「はいはい。じゃあ俺を追い抜いてみろよ」

「もー。からかわないで!」

 小走りで進むと、頬を膨らませたなるはまなの手を引きながら小走りで光輝を追い抜く。

「へっへーんだ。遅いよーだ」

 べーと小さな舌を出すなるに若干苛立ちを覚え、光輝はもっとスピードを出してなるを追い抜かす。すると不機嫌そうに唸ったなるが走るようにして光輝を追い抜かし、光輝もほとんど走るようにしてなるを追い抜かす。

 ぐぬぬと二人とも先頭を進むことにほとんど意地になり、唐突になるのスピードが落ちた。

「ちょ、ちょっと待ってください。引っ張られると、疲れます」

 ハァハァとまなは肩で息をしながら不満そうになるに訴える。

「あ、ごめん」

「何やってんだよなる」

「本当です。夢島先輩は何やってるんですか。全くもう」

「私が悪いのっ!?」

 まさかの挟み撃ちになるは驚きの声をあげるが、光輝とまなが面白そうに笑っているのを見て、ようやくからかわれていたのだと気づく。

「もー!」

 むーと頬を膨らませ、既に定位置に立っている光輝の隣になるは少し乱暴にまなを引っ張りながら並ぶ。

「夢島先輩ちょっと痛かったです」

「ふーんだ」

 なるが顔をそらした時、見学席からまたしても歓声が聞こえてきた。

 ついに来た。

 光輝たちが入ってきたところとは反対の場所から、修也が見学席に手を振りながらゆっくりと近づいてくる。

 その後ろから出てきた2年を見て、三人は知らず知らずのうちに安堵の息を吐いていた。知らない人ではなく、見覚えのある人で助かった。

 修也がパートナーとして選んだのは、光輝の隣の席のクラスメイト。雄平だった。

「やっぱり君が最後のメンバーだったようだね」

「はい」

 修也に対しての感情はまなの中ではもうほとんどないのか、顔を赤らめることはもうない。あれは見ている分には楽しめたから、少し残念だな、と光輝となるは思った。あとそれ以外の理由でも。

「お前が来るなんてな」

「言わなかったか? 俺一応サッカー部。修也先輩がメンバー募集してたからな」

 一瞬雄平はまなに視線を向けた。親指で自分を指す雄平に、光輝となるはへーと適当に頷いた。

「どうでもよさそうだな」

「まあどうでもいいしな」

「そうかよ。そうだ、光輝も入らないか? いいぜサッカーは」

「残念だけど遠慮しとく。俺部活とか興味ないからな」

「つれないやつだな」

 修也と雄平も定位置に並び、さっきまでうるさいぐらいだった歓声が一気に静まり返った。

 雰囲気もピリピリとしたものへと変わり、自然と光輝たちの視線も鋭くなる。

『10』

 試合開始までのカウントダウンが始まった。

『9』

「約束事は覚えているかい?」

「うん。先輩の方こそ、ちゃんと守ってくださいね?」

『8』

「ああ、守るさ」

 頷いたなるに修也は頷き返し、右足を一歩後ろにさげる。

 もう試合に向けての構えに入っている。

『7』

「まなさん」

「なんですか? 土村先輩」

『6』

 雄平は開きかけた口を閉ざし、ゆっくりと息を吐く。

『5』

 カウントダウンも残り半分を切った。

 雄平はよし、と拳を握りしめると口を開く。

「これが終わったら、お話しを聞いてください」

『4』

「敬語はダメって言いましたのに。でも、今回だけ許してあげますね」

 一度だけ、という意味合いなのかまなは人差し指を立て、笑みを作ろうとして失敗した。頬まで緊張していて、少し強張ってしまっている。

『3』

「わかりました。でも、私たちは負けませんからね」

「俺も、いや」

『2』

 カウントダウンも残りわずかになり、雄平も修也と同じように右足を一歩後ろにさげる。

「俺たちサッカー部は負けないぜ」

『1』

 おしゃべりはもう終わりだ。

 光輝たち三人もそれぞれ動きやすいように構え、それぞれ作戦を思い出す。

 この試合、学年の数字を合わせたら両方5と互角そうに見えるが、光輝たちの方が少し不利なところがある。

ゲネシスでないまなががんばったとして、少しの足止め、災厄無視されるのが落ちだ。そうなれば光輝となるの二人で、修也と雄平二人と戦わなければならない。

 普通に考えれば勝ち目は薄い。そんな中まなは二人にこう言った。

「私が、2年生の人を頑張って倒します。最悪相打ちになってでも」と。

 そんなこと無理だとは頭でわかっていても、光輝となるはまなに任せた。

 だから今二人の視界に移っているのは修也のみ。雄平の姿は映していない。もしここでまながすぐに倒される、もしくは無視されれば一気に崩壊し、光輝たちは敗北してしまう。

 普段なら負けても少し悔しい程度だが、今回は負けるわけにはいかない理由がある。それでも二人が修也にのみ的を絞る理由は簡単だ。

 二人がまなの言葉を。まなを信じたから。

『0!』

 火蓋は切られた。

「土村先輩! 私と勝負です!」

「は? え、ええ?」

 光輝とまなに攻撃を仕掛けようとしていた雄平の動きが一瞬止まった。まさか1年からそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。

 高速で誰にも聞こえないほど小さな声で言葉を紡ぎ、修也はサッカーボールをクリエイト。頭の高さから落ちるボールが床に落ちる直前に放たれた修也の足が、サッカーボールを捕えた。

「光輝君!」

「わか、ってる!」

 修也同様光輝も高速で言葉を紡ぎ、そして、

「・・・・・・何をしたのかな?」

 サッカーボールが光輝の腹を直撃する寸前に消滅した。

「来てくれ。僕の魂」

 光輝がそうつぶやくと、修也は驚きの色を見せるとともにクックックと笑みを漏らした。

 まなは光輝が一体何をしたのか、どうして修也が突然笑い始めたのかわからなかった。

 なるは自分のことではないのに得意気に胸を張り、雄平はまじかよと信じられない物でも見るかのように光輝を見る。

「なるほどなるほど。君キャンセルが使えるのか。これは厄介な相手だね」

「キャンセル?」

 なんだろそれ、とまなは首を傾げ、この前光輝が言っていたことを思い出した。

 クリエイトにも当然弱点はあり、一番の弱点は他者によってクリエイトした物を消されることだ。

 それはゲネシスならば誰でもできることなのだが、実際にキャンセル。正式名称クリエイトキャンセルをできる者は少ない。

 クリエイトする際にぶつぶつと何かをつぶやくのは、魔法とかでたとえるならば呪文のようなものだ。内容は何でもいいが、つぶやかなければたとえどれだけ正確にイメージしたとしてもクリエイトできない。そしてこの呪文をいかに小さく、いかに早く唱えられるかが一つのカギだ。

 キャンセルに必要な条件は二つ。

 一つは他者のクリエイトで物質化させたイメージを自分でもイメージすること。これはクリエイトした物を見れば簡単にわかるから、誰でもクリアできる問題だ。

 そしてもう一つの条件は、クリエイトした人と全く同じ言葉を一字一句間違わずに唱えることだ。一見簡単そうに見えるかもしれないが、これがなかなかに難しい。まず小さく呟くから何と言っているのかわからず、素早く言葉を紡ぐせいで口の動きを読み取るのも難しい。

 修也は長々とぶつぶつと呟き、サッカーボールが出現するたびに蹴り、出現すれば蹴り飛ばす。それを光輝は当たるまでに修也が唱えたのとまったく同じ言葉を復唱し、ひとつ残らず消滅させる。

 でたらめだ、と誰しもが思った。修也のクリエイト速度も、光輝のキャンセルの制度の高さも。これ以上は無意味だと思ったのか修也はこれ以上クリエイトすることをやめる。

「でたらめだね、君」

「そうでもないからなこれも。俺の知る限りじゃ、キャンセルできないやつもいるしな」

 肩をすくめながら光輝はなるを見る。

「ウォーミングアップはこれぐらいにして、そろそろと行こうか」

「だな。無駄に時間過ごすのも見てる人にも悪いしな」

「うんうん。やっと私も動けるね」

 まだまだ余裕そうな光輝と修也を見て、まなはなんだか自分がものすごく場違いな気がしてきた。光輝のような芸当を見せることもできないし、修也のようなキック力もないからサッカーボールを蹴ったとしても多分軽々とかわされてしまう。

 でも二人に言ってしまったのだ。

 絶対に勝つって。

「土村先輩、私負けませんよ」

「お、おう。でもまなさん? あんま無茶はしない方が」

「敵に情けは・・・・・・」

 走る。別に勝つ必要はない。相打ちになりさえすれば、光輝となるに少しでも楽をさせてあげられる。

 雄平はまなを特に脅威だとは思っていないのか、構えを少し解いている。

 まなが走るのを横目に光輝となるが銃をクリエイトし、修也に向かって発砲。目の前にサッカーボールを作り出し二発の弾を受け止めながら修也は二人に向かって走り抜ける。連蔵で発砲してみるがちょこまか動かれてしまい、かすりすらしない。

 まなは横目に三人の動きを見ながら既に痛感していた。もし雄平に本気で動かれればもって数十秒。もしかしたらもっと短いうちに倒されてしまうかもしれない。

 だからまなは不意をつく。

 修也が光輝に肉薄して蹴りかかり、光輝はとっさに枕を作り出して衝撃を吸収。

「光輝君から、離れてっ!」

 右手に剣を握ったなるが修也に切りかかり、それを修也は同じく作り出した剣で受け止める。

枕を修也目がけて投げつけると同時に光輝は高速で言葉を紡ぎ、修也の剣を消滅させた。

 まなは雄平の目の前まで来て、殴るでも蹴るでもなく立ち止まっていた。

「どうした? 降参してくれるなら俺もうれしいんだけどな」

「いいえ。私は降参なんてしませんよ」

「そうか。じゃあ、できるだけやさしくするけど、痛かったらごめん」

「土村先輩」

 残念そうな雄平に、まなは笑みを向けてやる。

「油断は禁物ですよ」

 その瞬間、雄平は目を大きく見開いた。それは雄平だけではなく、戦闘中だった光輝、なる、そして修也までもがそうだ。

 まなの手には剣が握られていた。

さっきまでなかったそれは光輝やなるが作り出したものではない。修也と戦闘をしていた二人に、まなに協力する余裕などはなかった。

 まなは一歩踏み込み雄平に斬りかかる。

「ぐっ!」

 体操服にも制服同様防弾防刃耐性があり、切られた雄平の体にも傷は当然ながら付いていない。

 大きく後ろに下がった雄平に追撃するべくまなは地をかけるが、

「油断は禁物ですよ」

 雄平がそれをそれを呟くとともに剣は消滅。まなは慌てて足にブレーキをかけた。つぶやく言葉は別になんだっていい。たとえ相手に聞こえるような音量の言葉でも。

「まなさん、もしかしてだけど、もう誕生日過ぎてたのか?」

「いいえ。私今日が誕生日なんです」

「えー! まなちゃんなんで教えてくれなかったの? 教えてくれたらプレゼント用意してあげたのに」

「そうだぞ。でもま、今日の夕ご飯はごちそうだな。まなの誕生部パーティーと、」

「と、」

 続きをどうぞ、とばかりに光輝となるはまなに視線を向ける。

「私たちの勝利で。ですよね?」

 今日一番の笑みをまなは浮かべ、ゆっくりと小さく言葉を紡ぐ。

 イメージは剣。違う、銃。そう銃だ。

 この一週間の間、もし余裕があったら渡すと言われて光輝となるに銃の撃ちかたを教えてもらった。命中精度は4メートルぐらいなら80%ぐらいで的を撃ち抜くこともできる。

 作り出したのはなるにすすめられて、必死に覚えたリボルバータイプの銃。朝起きてから二人に気づかれないように作り出したからできるとは思っていたが、いざ作り出せてみるとちょっと安心できる。

「へー。こんな早いうちから目覚める1年は珍しいね。それも銃をクリエイトできるなんて」

 感心気味にまなを見ている修也に光輝は作り出した剣で切りかかり、なるもそれに続く。しかし修也はそれをかわし、逆に切りかかろうと剣をクリエイトするが光輝がキャンセル。修也の作り出した剣が消滅した。

 負けてられない、とまなは雄平に銃口を向け引き金を引き絞る。

「っ!」

 少し距離が離れていたのと、雄平がとっさの反応で動いたせいで弾は体操服にかすることもなく後方に飛んでいく。続けて引き金を引こうとしっかりと構え雄平に狙いをつけようとするが、雄平が高速で何かを呟き銃を作り出した。

「ええー! 土村先輩もクリエイトしちゃうんですか?」

「当たり前だからな! 銃に素手で挑んだら絶対俺が負けるだろっ!」

「負けてくれてもいいですよ」

 まなは雄平の胸に狙いを定め、グッと引き金を引く。

「おわっと!」

 惜しかった。今度は狙いもよく、雄平が動かなければかするではなく確実にとらえられていたはずだ。

「当たってください!」

「無茶言う後輩だな!」

 まなが引き金を引く寸前、雄平がまなの足元に発砲した。

「っ! 危ないじゃないですかっ!」

 試合なのだから撃たれても当然なのだが、まなは思わず怒鳴ってしまっていた。雄平はそんなまなに申し訳なく思いながらもう一度引き金を引き絞る。今度は足元に着弾したのではなく、体操服をかすった。

「っ!」

 横腹がジンジンとした痛みを訴えてくる。まなは顔をしかめながら横腹を抑え、よろめいた足でしっかりとその場に踏んばる。

「まなさんもう一度言うぜ。降参してくれ」

「・・・・・・嫌、です。私は負けるわけにはいかないんです」

 銃を構え引き金を引くが、構えが甘く明後日の方向に弾は飛んでいった。

「いいのか? さっきまでは俺も手加減できたけど、まなさんもクリエイトできるんだったらさすがに手加減は難しいぜ?」

 それは脅しでもなければ冗談でもない。雄平の目を見れば事実だということがわかる。

「忠告ありがとうございます。やさしいんですね」

「ばっ! そ、そんなんじゃ」

 まなが嬉しそうに微笑むと、顔を赤くした雄平が照れくさそうに顔を背ける。

 その瞬間を逃すほどまなも間抜けではない。照準は既に雄平の胸に当てられている。まなは躊躇うことなく引き金を引き、顔を歪める。反動で肩が痛くなってきた。閉ざしそうになる瞼を無理やり開き、どうなったか雄平を見る。

「惜しかったな」

「・・・・・・はい」

「正直今のは避けれなかったかもな。でも、まだまだ俺の方が経験は豊富だからな」

 まなの撃ち放った弾丸は、さっき修也が光輝たちにやったときのように、雄平が作り出したサッカーボールで受け止められてしまった。

 これではだめだ。たとえかわせない状況でも何かを作られて防がれる。こんな簡単に終わるとは思っていなかったが、決まった、と思っただけあってショックも少しある。

 次はどうしようか。撃つだけではダメ。なら他の手を?

 まなはゆっくりと言葉を紡ぎ、左手で剣を構える。聞き手は右だから本当は右で構えたいが、左手で銃を撃てるほど練習の時間はなかった。

(右手だけで撃ったら・・・・・・1メートル)

 今まで両手で撃つことで引き金をある程度余裕をもって引くことができたし、反動で銃身が上がるのも抑えることができた。だから右手一本で撃つとなると、たぶん1メートルぐらい肉薄しないと当たるどころか、かすりすらしない気がする。

「まなちゃんがんばれー!」

「無茶だけはおっと。すんなよー!」

「はい!」

 修也と戦いながらも心配してくれる二人の先輩に、まなは感謝の気持ちでいっぱいになった。


 キャンセルを使える光輝たちが有利にはならず、二人でようやく互角、と言ったところだ。

 光輝となるは剣を作り出し斬りかかり、修也はそれを剣で受け止める。修也の剣をキャンセルして押しきろうとするが、剣が消えた途端に修也が新たな剣を作り出し、せっかく消したのに無駄に終わってしまう。

「はっ!」

 光輝は修也の懐に潜り、剣を持った手で殴りかかると同時に自らの剣を消滅させる。攻撃が拳だとわかった修也は舌打ちをし、なるを剣ごと弾き飛ばすと後ろに飛ぼうとするが、かすかに光輝の拳が修也の腹を捕えた。

痛みで顔を歪めた修也は空中でバランスを崩し、勝ったか!? と期待するがそう甘くはないようだ。剣を床に突き刺した修也は倒れることを防ぎ、危なげなく膝をついて着地する。

「今のはちょっと危なかったよ?」

「今のは確かに惜しかったな」

「違う。君の手が、だよ」

「ホントだよ! 光輝君もうちょっと考えて!」

 今の攻撃は確かに修也に打撃を与えたが、決してほめられる方法ではない。別に剣を持っている相手に飛び込むことが悪いのではない。むしろ勇気あるな、と笑いのネタぐらいにはなる。

 けど光輝がやったのはフェイント。途中で剣を手放すという危険なことだ。

あの時修也は光輝の剣をなるの剣を受けたまま新たに受け止めるつもりだった。もし修也の反応が少しでも遅れ、剣で光輝の拳を受け止めてしまっていればどうなっていたことだか。

「何言ってんだ? 俺の手が危ないって? これを見てもか?」

 光輝が右手を高く掲げ、修也はやられた、と額を抑える。

 確かにこの試合は負けられない試合だが、危険を冒して怪我をすれば元も子もない。そんなことをして傷つけばなるが悲しんでしまう。

 懐に飛び込む寸前、「はっ!」と掛け声を発したときに光輝は新たなイメージをクリエイトしていた。手袋のように手を覆う一枚の布。光輝は防刃性能のある狐雲高校の制服のイメージを作り出していたのだ。

 だからたとえ修也が剣でふさいだとしても、悲劇が起きるということはなかった。修也はため息をつくとともに剣を消滅させる。

「今のは僕たちの心臓が正直危なかったよ。剣はやめだね。やっぱり危険だ」

 今更なことを言いながら修也は左手で口元を隠す。そして右手に竹刀が握られ、光輝は顔をしかめた。

 普段はあまりしないことだが、光輝は試合中相手の口の動きを見て言葉を読み取り、キャンセルを使っていた。それはつまり、相手の口の動きが見えなければ使えないということだ。

「消さないのかい?」

「・・・・・・」

 光輝は言葉を紡ぎ、自分の分の竹刀を作り出す。修也にはもうカラクリがばれてしまったようだ。

「なる、お前も竹刀に変えとけよ」

「ん」

 なるは不満そうに頬を膨らませながら剣を消し、竹刀を作り出す。

「光輝君、悔しくないの?」

「何がだ?」

「だってキャンセル対策されたんだよ? 私は悔しいよ」

「別にお前が悔しがることないだろ」

 悔しいか悔しくないかで聞かれれば、やっぱりちょっとは悔しい。光輝は竹刀を握る手に力を籠め、ゆっくりと息を吐き出す。

「でも、これ最初に破ってくれたのお前だからな? なる」

「へ? そ、そうだっけ」

「ああ」

 今でもはっきりと覚えている。

 キャンセルされていた時なるは「ずるい!」と怒っていたが、対策を見つけてからは結構バカにされた記憶がある。「もう効かないよーだ」と。それをなるも思い出したのか無言で光輝から顔をそらし、あはっと笑うと一人修也に斬りかかる。

 子供だなぁ、と心の中で思いながら光輝はなるの後を追うように地をかける。

でも、それが夢島なると言う少女なのだろう。


 竹刀で光輝たちが斬り合うように、まなと雄平も動き回りながら剣を振り回していた。襲い掛かってくる雄平の剣をまなは右手だけで持った剣で受け流す。

「そろそろ両手でやった方がいいぜ? 片手じゃきついだろ?」

「そうも、いかないですよ」

 額に汗をにじませながら、まなは呼吸を荒くしながらも懸命に雄平を引き付けていた。途中から撃つ機会がなく、左手に持ち直した銃は手放さない。消したりもしない。

 今は雄平に攻められ、まなは攻められないでいた。それでもまなは、未だに雄平に勝つつもりでいる。

 だがどうしたらいいのだろうか。体力は正直なところ限界も近い。雄平の一撃一撃が重たく、最初まともに受け止めたせいで体力がごっそり奪われてしまった。

「あっ」

 作戦を考えていると足がもつれた。転びそうになり、まなは剣を杖代わりにして支えにするが、まずいとすぐに分かった。

 剣を一度消し、光輝たちと同じように竹刀をクリエイトした雄平がゆっくりと竹刀を振り下ろ来ている。痛みはあまりないだろうが、まなを倒すことはできそうなぐらいの勢いで。

 ここにきてまなは良かった、と思った。銃を消さずにずっと持ち続けていたことに。

 まなは身体を捻りながら右手で銃を握り直し、雄平に銃口を向けると引き金を引き絞る。

「がっ」

 弾は雄平の肩を捕え、痛みで顔をしかめた雄平は竹刀を取り落して肩を抑えながらよろよろと数歩後ろに後退する。

 その気を見逃さずにまなは剣を放り棄て、雄平の落とした竹刀をすぐさま拾い取ると、持てるすべての力で下から振り上げる。

「甘いな」

 消された。雄平が作り出した竹刀は、雄平の意思で自在に消すことができる。

まなは悔しそうに歯噛みをする。せっかくのチャンスがまた消えてしまった。またしても自分のミスで不意にしてしまった。

 だったら、とまなは銃口を雄平に向けるが、引き金を引く寸前に雄平がまなの手首を力強く握る。

「い、たいです」

「ごめん。でも、まなさんじゃ俺に勝てない。これ以上やっても」

「・・・・・・」

 わかっている。それぐらい。体力も限界に近いし、知識だって劣っている。でも。それでも。

「確かに勝てないかもしれません。でも、私は今が楽しいのです。だから降参なんて絶対にしません」

 まなは言葉を紡ぎ、作り出した竹刀を雄平目がけて振り下ろす。雄平は文句を言うでも舌打ちをするでもなく、楽しそうに笑ってまなの手を離して後ろに下がった。

「そうか。じゃ、これ以上何か言うのも野暮だな」

 雄平は不敵な笑みを浮かべると、言葉を紡ぐ。まなには雄平が何と言葉を紡いだのかはわからなかった。

 けど、なんとなくだがまなは、雄平が今言った言葉をちゃんと聞きたいと思ってしまった。

(あとで聞いてみますか)

 覚えていたらですが、とまなは気を引き締める。

 ああ、本当にどうしよう。

 汗をかいたせいで気持ち悪いし、疲れたせいで息もちょっと苦しい。負けたらどうしようというプレッシャーもある。

 なのに、今がものすごく楽しいと感じてしまう。気持ちがものすごく高まる。

 雄平がサッカーボールを蹴ると同時にまなは作り出したばかりの竹刀を放り棄て、両手で銃を構えた。

 なぜだろう。ボールの動きが遅く感じられ、思考が冴える。疲れていたはずの体がまるで疲れを忘れたかのように軽くなり、まるで自分の体じゃないかのようだ。時間にすれば数秒もないはずの時間が途方もないぐらい長い時間に感じられ、引き金を引き飛び出した弾丸はサッカーボールに吸い込まれていった。

 これならいけるかも、と思ったのは弾とサッカーボールがぶつかり合ったのとほとんど同時だ。まなは滑るように床を駆け抜け、驚きの表情で後ろに下がろうとする雄平との距離を一気に詰め込む。

 ゲネシスは気持ちが高まれば、一時的にだが身体能力を劇的に上げることができる。

そうなってしまえば雄平ではまなの動きに対応することなどできない。けど初めての能力上昇は、思ったより短い時間しかなかった。これでは雄平に触れることなくただ目の前に詰め寄っただけになってしまう。まなは身体能力が元に戻ると同時に雄平の胸に銃口を押し当てた。

「やべっ」

 これではいかなる手段をとっても回避できない。

 今まで銃を手放さないでよかった、と思いながらまなは容赦なく引き金を絞った。これで勝ったはずだ。もしこれで倒れてくれなければもうまなに勝つ手段などとてもじゃないがない。

 正真正銘、最後の攻撃。ラストアタックだ。

 カチッ。

「・・・・・・あれ?」

 銃声は鳴り響かず、聞こえてきたのはそんな乾いた音。目を瞑っていた雄平は恐る恐る目を開け、呆然としているまなを見ると高速で言葉を紡ぎまなの胸に銃口を押し当てた。

「なんで、なんで出ないんですかっ!?」

 何度も何度も引き金を引くが、銃声が響くことも弾が飛び出すこともない。

「どうやら球切れのようだな。そういえばそれ6発しかないからな。やー、焦った焦った」

「弾、切れ?」

 そんな、と体から力が抜けそうになる。

 けどまだだ。

 球切れなら、まだ何とかなる。それにはまずほんの数秒でいい。雄平が引き金を引く時間を延ばさないければいけない。

「・・・・・・土村先輩、手、当たってるんですけど」

「え? あっ悪い」

「悪いって言うならどいてくださいよ・・・・・・エッチ」

「そ、そう言われても」

 まなは恥ずかしそうに頬を赤らめお願いするように上目遣い気味に雄平を見上げるが、雄平も頬を赤くするだけで銃はどけてくれない。

 でもよかった。何とかばれずに一つ目の作業を終えることができた。

「・・・・・・あれ?」

 雄平はまなの銃を見て違和感を覚えたのか首を傾げる。リボルバー形式の銃は発砲しても薬莢は落ちずにシリンダーと呼ばれる弾を込める部分に残る。だが今まなの銃には空薬莢が残っておらず空洞だ。雄平がさっき見た時には確かにそこには空薬莢が詰まっていたはず。

「先輩」

 まなは嬉しそうに笑みを浮かべ、最後の言葉を紡ぐ。

「油断は禁物ですよ」

「まっ!」

 そこで雄平は再び気づかされた。

 引き金を引くまなの銃の空洞部分に、弾が込められている。

たった今、言葉を紡いだまながクリエイトした弾が。

(・・・・・・俺の負けだな)

 バァンと銃声が今度こそまなの銃から鳴り響き、ドサッと雄平は背中から床に倒れた。

 一瞬会場が静寂に包まれ、

『土村雄平。敗北』

 その宣言によって会場は一気に盛り上がった。

 2年生と3年生は間抜けだなー、と雄平を笑い、まなと同じ1年生は感動を覚えて涙を流す人までいた。

「勝った?」

「・・・・・・ああ。俺の負けだ」

「―――っ! やった・・・・・・。やあぁぁぁぁぁぁぁぁっったぁああぁぁぁぁぁぁぁっっ!! 夢島先輩! 村雨先輩! 私勝ちました! 私勝ちましたっ!」

 よほどうれしいのか、まなはその場でピョンピョン跳ねながら万歳をする。

 雄平はそんなまなを見ながら顔をしかめて胸を抑えた。いくら防弾性と言っても衝撃は当然ある。

「あ、もしかして土村先輩」

 本当なら修也と戦っている光輝たちのもとに駆けつけるべきなのだろう。けどまなは少し心配だった。自分が撃った雄平のことが。

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ。ちょっと痛いだけだからな」

「ちょ、ちょっとって。・・・・・・保健室行きましょう! 私がこんなこと言うのは変ですけど、もしなにかあれば大変ですし」

 まなは雄平が立ち上がりやすいように手を差し伸べる。雄平はその手を取ろうと手を伸ばす。が、結局はまなの手を取ることなく自分の手をひっこめた。

「いいって。まなさんは光輝たちのもとに向かってやれよ」

「でも、」

「保健室ぐらいだったら俺一人でも行けるしな。それに、まなさんの楽しみ邪魔したくないし。今ここでまなさんに棄権されたら俺は嫌だな。まなさんの戦う姿もっと見たいし」

 茶化すように、それでもって雄平は本音を晒す。

「・・・・・・わかりました。じゃあ私行きますけど、あとで一緒に保健室行きましょうね」

「おう!」

 ビシッと親指を立てる雄平にまなはホッと表情を緩める。クルッと雄平に背中を向け、まなは視界に修也を捕える。あとは修也を倒せばこの試合勝利だ。もしくはこのまま制限時間になれば、人数の多いこちらの勝利。

 天井からつるされたカウントダウンを見てみると、残り20分ほど。まだまだ終わってくれそうにない。もう一度まなは心配そうに雄平を見てから、拳を握り走ろうと足を踏み出した。

「・・・・・・あっ」

 ここにきて、まなは最大のミスをやらかしてしまった。足がもつれ、杖になるものを作り出す間もなくまなは床に手をついてしまったのだ。

『八坂まな。敗北』

 歓声で賑わっていた会場から一気にシーンと音が消えた。

 ・・・・・・ダメだ。怖くて顔をあげることができない。一体光輝となるはどんな顔をしているのだろうか。

「まなちゃん」

 なるに声をかけられ、まなはビクッと体を震わせる。

「顔あげて?」

 恐る恐る顔をあげると、なるは額から汗を流しながら修也の竹刀をかわし、光輝と切りかかりながらもまなに笑顔を向けてきていた。

「頑張ったね。ありがと」

 それをまなに告げたなるは表情を引き締め、それでも楽しそうに光輝と肩を並べる。怒られるかも、と少しでも考えた自分がバカバカしくなりながらまなはペタンとお尻を床に付けて座る。

(・・・・・・いいな。先輩達楽しそうで)

 今度試合をするときはこけないように注意しよう、とまなは心のメモに書き記し、雄平に申し訳なさそうに言う。

「保健室行くの、やっぱり試合終わってからでもいいですか?」

「ああいいぜ」

 雄平は笑い、そこでようやくまなは自分も笑っているのだと気づいた。まだ少ししんどいけど、雄平と戦っているときは本当に楽しかった。まなは雄平の隣に座り直し、少し慌てた様子の雄平を見て楽しそうに笑う。

 今からは試合をするのではなく、試合を見るのだ。特等席で見ることができるのだから、一人で見るよりも誰かと一緒に見るほうが楽しいに決まっている。



 光輝は心の中でまなを褒めながら、まながこけた時のことを思い出して苦笑する。正直あれは間抜けすぎる。

 なるが銃をクリエイトし、修也の竹刀目がけて発砲。修也は舌打ちをするとともに竹刀を手放し、光輝となるが踏み込むよりも早く後ろに下がった。

「んー彼やられちゃったかー。これは今日の練習メニュー増やさないとね」

 一瞬雄平がゾクッと体を震わせていたが、光輝もなるもフォローする気にはならなかった。というよりも、あとでまなを褒めるついでにからかってやろうかなー、と考えている。理由は簡単だ。そっちの方が面白そうだからだ。

「時間も後20分みたいだし、そろそろ決着付けないとね」

「だったら手加減してくれよな。そうしてくれたら俺たちが勝てるから」

「うんうん。楽しいけど、さすがにしんどいよ。汗も気持ち悪いし早くお風呂入りたーい」

 気がつけば光輝もなるも修也に対して敬語を使うのをやめていた。先輩だという認識はもちろんあるが、剣を交えている時に使う気になどなれない。それに、元々二人は敬語が苦手というのも関係あるのだろう。

 光輝となるは荒くなった息を整えようと一度深呼吸をする。

 強い。二人掛かりでやっているというのに修也を倒すことどころか、膝をつかせることすらまだ一度しかできていない。

「あれだな。俺たちも普段もうちょい運動しないとだな」

「うん。じゃ、じゃあ明日から早く起きて、その・・・・・・い、一緒に走る?」

 恥ずかしそうに頬を赤らめ、期待するような眼差しを向けてくるなるに光輝はうーん、とうなる。

「ランニングか。しんどそうだな」

「ダメ?」

「まあ考えとく」

「やたっ! 絶対だからね! 絶対ったら絶対だからね!」

「はいはい」

 嬉しそうに小さくジャンプするなるを見ながら光輝は小さく息をついた。今のはどう考えても試合中にする話ではない気がする。でも少しの休憩を挟むと多少楽にはなった。

「なる、そろそろお前もできそうか?」

「うん。ていうか、とっくに気分も最高だしね。私おかしいのかな? 試合中なのにこんなに楽しくなってるのって」

 そういうなるの表情は本当に楽しそうで、しんどそうにしていても一目でわかるほどだ。光輝には次なるが何をしたいのかがなんとなく予想できた。

「そんなもんだろ。俺も実際楽しんでるしな」

 光輝がなるに微笑みかけると、嬉しそうになるも笑う。

「私ね、今もんっのすっごく楽しいの。楽しくて楽しくて仕方ないの」

 あははとなるはクルクルと回りながら光輝の周りを一周する。

「だからね、だからね。見てくれてる皆にももっともっと楽しんでほしいの。試合には関係ないんだけどいいかな?」

 ここでダメと言えば確実に不機嫌になるだろう。そして試合が終わった後ケーキを奢るまで機嫌をよくしてくれないかもしれない。それにもともと断る理由だって一つもないのだ。

 だから光輝の返事は決まっている。

「ああ。『恐竜妖精』の力、後輩に見せつけてやれ」

 パアァッと笑顔を咲かせたなるは言葉を楽しそうに紡ぎながら右手をあげる。

 それと同時に手のひらサイズの妖精、としか言い表せない存在が無数に作られ、宙を舞う。見学席から驚きの声と感嘆の声が上がるとなるはますます嬉しそうに笑顔を輝かせ、同じように左手をあげる。

すると今度は妖精とは全く違う、一匹の存在がなるの手によって作られた。一歩動くごとにズゥンと地震が揺れているかのように大地がゆすられる。

 なるが『恐竜妖精』の二つ名をつけられている理由であり、他の人にはクリエイトできない物。

 それが妖精と恐竜だ。

 ティラノザウルスに似た恐竜はもちろん本物ではない。なるがイメージして作り上げ、歩く動作ぐらいならできるようになっている。

「ちょ、え、ええっ!? な、何なんですかこれっ!? これもクリエイトなんですか!?」

 まなの驚愕のあまりの叫び声は、1年生全員が思ったことだろう。初めてなるが妖精と恐竜をクリエイトしたときは誰しもが言葉を失い、クリエイトしたなるでさえ唖然としていたほどだ。

「うん。なんかね、パーってイメージしたら妖精さんと恐竜は作れちゃったの。ね」

「ね、って俺に振るな。言っとくけど、これ作れるのお前だけなんだからな」

「えへへ」

 褒めていないはずなのになるは照れた風に頭をかく。

「ま、まって! 夢島先輩これ危険です! 今私の隣通り過ぎましたよ!?」

「夢島さんこれ何とかしてくれ! まじ死ぬ!」

「・・・・・・ええと、なんかごめんね?」

「何とかしてやれよ。あの恐竜まなと雄平の周りぐるぐるしてるぞ」

 恐竜が足を踏み出すごとにまなはヒッと悲鳴をあげ、雄平は目を瞑って南無阿弥陀仏と唱え始めている。それを見て見学席は笑いに包まれ、近くに来た妖精と戯れたりしてなるの願った通り存分に楽しんでくれている。

「ええと、じゃあこれでいいかな」

 なるがぶつぶつつぶやくと、まなと雄平を囲むように鉄格子が出現した。

「夢島先輩!! これどう考えても恐竜に使うべきですよね!? これじゃあ逆に逃げようにも逃げれなくなっただけですから!!」

 涙目で鉄格子を揺するまなに、なるは笑顔で答える。

「だ、大丈夫だよ。もし食べられちゃっても胃液とかないから溶かされないよ」

「食べられた時点で死にますから!」

 もっともなことをまなは叫び、肩を落としたなるはしぶしぶ恐竜と鉄格子だけは消した。歩くことしかできないから食べられることはないが、本気で泣かれそうになれば出し続けるのはまなが可愛そうだ。

「見学席ではたまに見るけど、目の前で見ると迫力結構あるんだね」

 修也は指先に妖精を止まらせながら、面白そうに視線を動かす。

「でも、勝負はまだ終わってないよ?」

 手で口を隠した修也は銃をクリエイト。光輝となるは左右に分かれながら銃をクリエイトし、修也に照準を合わせて発砲。口を隠したまま修也はサッカーボールをクリエイトし、二人の弾丸を受け止めながら光輝に発砲する。

修也はあまりなるに対して発砲することも、サッカーボールを蹴り飛ばすことも、斬りかかることもない。それは意図的になのか無意識でなのかはわからないが、どっちが狙われるかが分かれば回避もしやすい。

 なるはもう一度威嚇目当てに修也の足元に発砲すると銃を消し、大量の雪玉を空中に作り出し左手で抱えられるだけ抱える。

「あ。これ冷たくて気持ちいい」

 あまりにも場違いな発言に誰しもが聞き間違いかと思った。

「なる、あんま遊ぶなよ?」

「遊んでないよ。これはね、こうするんだよ」

 ムッと頬を膨らませ、ガシッと雪玉を一つに掴み取るとそれを修也に向かって投げつける。

狙いは顔だ。スピードはそこそこ出ていたが修也はそれを軽々とかわし、なるは連続で雪玉を修也に向かって投げ続けていく。雪玉がなくなれば新しいのを作り出しては投げ、作り出しては投げつける。

 雪玉ばかりにかまっているわけにもいかず、修也は雪玉を左手で防ぐようにしながら光輝の動きに注意。弾丸はすべてかわせそうなものならかわし、無理そうならサッカーボールを作り出して防ぐ。

 別になるが雪玉を投げているのは遊んでいるとか、ふざけているわけではない。数秒でもいいから、修也の視界を完全に防ぐことが目的だ。そうすれば身体能力を一気に引き上げ、前が見えない修也を倒すことだってできる。その狙いにとうとう修也が気づいたのか、手で口の動きを隠しある物をクリエイトした。

「ご、ゴーグルぅ!?」

 えー、となるは不満そうに文句を漏らしながら雪玉を消滅させる。同時に雪玉のせいで少し濡れていた体操服の水分がなくなり、妙な感覚にとらわれた。

「こ、これもうやりたくないかも」

 でもこれで作戦が一つ潰されてしまった。修也はなるが雪玉を消すと同時にゴーグルを消滅させるが、次雪玉を作り出しても同じことをされるのだろう。

 カウントダウンを見てみると、残り時間あと10分。

「光輝君、10分ぐらいは持つ?」

「あー、多分できるけど終わった後が死ぬほどしんどいかもな」

「大丈夫安心して。私も」

 なるは親指を立てるが、光輝は苦笑いを浮かべた。これはもうやるしかないようだ。

 ラスト10分。その残り時間がなくなるまでの間、身体能力を劇的に上げて。

「へー、じゃあ僕もやらせてもらおうか。付いてこれるかな?」

「あんまなめんなよ? 先輩。こっちには『油断は禁物ですよ』って名言があるからな」

「そうだね。まなちゃん直伝『油断は禁物ですよ』。なんかちょっとかっこいいよね」

「・・・・・・いじめなのですか?」

 ちらほらと視線が集まり、まなはうぅと恥ずかしそうにうつむきながら肩幅を狭めた。

 光輝となるが細く笑み、修也も余裕の笑みを浮かべると、―――

 ―――三人は全く同じタイミングで身体能力を劇的に強化。

 こうなってしまえばさすがに口の動きから何を呟いているかなど読み取ることもできなくなり、光輝のキャンセルは使えなくなってしまう。

 竹刀を作り出した光輝となるの竹刀を、修也は作り出した二本の竹刀を左右それぞれで持ち受け止める。受け止めたままサッカーボールを目の前に出現させ、ヘディングで光輝の頭に直撃させ蹴りを入れようとするが、なるの竹刀が間に割って入り修也はなるの攻撃を防御しつつ後退。そこに体勢を立て直した光輝が銃口を修也に向けて引き金を引くが、修也は少しの余裕をもって回避。

 なるが高速で何かを呟くとズゥンと大地を揺さぶるような振動が修也の後方から鳴り響く。なるがまたしても作り出した恐竜が足を踏み出した音だ。

 修也はとっさに後ろを振り向いた体を前方に引き戻し、全力で振り上げられている二人の竹刀を受け止めようとするが、受け止めきれずに後退を余儀なくされる。すると背中が恐竜の足にぶつかり、なるが竹刀を手放して修也の足を掴んでこかそうとするが、修也は足を一歩後ろに下がらせる。

「光輝君今っ!」

「ああ!」

 光輝の返事を合図になるは恐竜を消滅させ、足を後ろに引いていた修也の重心が後ろに傾く。

「しまっ!」

 体重のほとんどが修也の右足にかかり、光輝が足を払う寸前に修也は右足の力だけで宙を舞った。

優に3メートルほど跳躍した修也に光輝は体操服に狙いを済まし発砲。脇腹に弾が命中した修也は空中でバランスを崩す。これで修也は着地に失敗し、修也は床に手をつくはずだ。

 そう光輝となるは予想したが甘かった。

 高速で言葉を呟いた修也を受け止めるように、サッカーゴールがネットを上にして作り出された。

「そう来るかよ」

 ネットの上では寝転がった姿勢だが、床に倒れていなければ勝敗はつかない。

「光輝君どうする?」

「んー。切るかネット」

「オーケー」

 竹刀を剣に持ち替え、二人は一瞬のうちにネットをゴールから切り離す。ネットに絡まった修也を打ち取ろうとするがゴールと一緒にネットを消され、威嚇射撃で光輝となるが怯んだすきに修也は着地して、二人から距離をとる。

「危ない危ない。今のはさすがの僕もヒヤッとしたよ」

「ヒヤッとするついでに床に倒れてくれよな。火照った体には気持ちいいかもよ?」

「それは君たちを倒してからにするよ。やっぱりいいことは先に後輩にやらせてあげないとね」

「そりゃどうも。でも先は先輩に譲らないとな」

 バァンと光輝が発砲したのと同時に三人は駆け出し、銃と竹刀を巧みに操り相手のスキがあればそこをつき、光輝となるはお互いをカバーしながら修也を攻めたてる。身体能力を劇的に上げての戦闘にまなは、見学席に居る生徒は魅了され、手に汗を握り見入っていた。

 タイムアップまで残りわずか。

 疲労が蓄積し、三人の動きが止まった。

 流れ出た汗で体操服はまるで雨に撃たれたかのように濡れ、荒い息を肩でつく。膝が疲労で震え、握っている竹刀と銃も取り落しそうになる。

「は、はは。やべ、解けちまった」

「嘘・・・・・・でも、私も解けちゃった」

 本来なら10分ぐらい身体能力をあげておくはずだったのだが、それだけ長い時間持たせることが今回はできなかった。普段ならぎりぎりできていることだが、元々疲労がたまっていたのがあだとなったのだろう。

 唯一の救いは修也も元に戻ってくれたことだ。基本スペックはすべて修也の方が高いが、さすがに二人を一人で相手にすると体力の消耗も激しいらしい。

 もう一度タイムを確認してみるが、残りはほんのわずか。このまま二人が修也から全力で逃げれば勝利の可能性はかなり上がるが、二人はそんなことなど考えてはいなかった。

 この楽しい勝負は最高の形で終わらせたい。

 それはつまり、

「よしなる。勝つぞ」

「うん。今日の晩御飯はごちそうがいいな」

「寿司でも食うか。回る」

 モチベーションを上げるためなら回らないと言うべきところなのだろうが、そんなことを言えば本気でなるに引っ張ってでも連れて行かれかねない。もしそうなればいったいどれだけの金を失うことだろうか。さすがにまなは遠慮してほとんど食べないだろうが、なるが遠慮する姿を思い描くことはできなかった。いや、もしかしたら遠慮するかもと考えてみたが、喜々として大量に頼みまくるなるの姿が脳裏に浮かんだ。

「やべ、今月地獄だ」

「うん、地獄みたいに熱い。アイス食べながらお風呂入りたいよ」

 あまりにもありえそうなことを想像したせいで、リアルのことだと勘違いしてしまった。それに、風呂でアイスを食べれば溶けたアイスで体がまた汚れそうな気がする。

「ふぅ。時間もなさそうだから僕の方から攻めさせてもらおうかな」

 竹刀と銃を構えた修也は走るが、体力が限界に近いのかスピードはあまり出ていない。

 迎え撃つために竹刀を構えた光輝も右足を踏み出し、左足を踏み込もうとしたとき修也が口を動かした。それをお得意の読解術で読み取った光輝は慌てて足を引き戻そうとするが、既に踏み下ろしている足は止まってくれない。

『バナナに滑ってね』

 つるんッ。

 修也がクリエイトしたバナナを踏んづけてしまい、光輝は顔面から床にこけてしまった。

『村雨光輝。敗北』

「光輝君っ!? バカなのッ!?」

 それを見たなるはあまりに間抜けすぎて、一瞬今試合中だということなど忘れ、目を大きく見開いた。

「僕の勝ちかな?」

「え?」

 カクンッ。

 いつの間にか後ろに回り込んでいた修也に膝カックンをされ、腰を落とされたところで背中を少し強く押されまなはなすすべなく前のめりに倒れる。とっさに手を出したなるは悔しそうに唇を噛んだ。これはもう、何ともできない。目を瞑り、なるは敗北の宣言を覚悟する。

 そして、時は来た。

『ジー。タイムアップ』

 タイムアップ宣言と同時になるは床に手をつき、今の言葉の意味を考える。

「・・・・・・タイム、アップ? 私の負けじゃ、ない?」

「どうやらまだ僕の勝ちじゃないようだね」

 修也はなるに手を差し伸べ、呆然としたままなるはその手を取る。

 タイムアップ。ということは残った人数が多いほうの勝ち・・・・・・だが、両チームとも残っているのは一人ずつだ。

 それはつまり、

「・・・・・・じゃんけん?」

「そのようだね。ほら、『じゃんけんをしてください』って出てる」

「ホントだ」

 修也に促され、さっきまでは残り時間を表示していたところを見てみると、確かにそう書かれていた。

 せっかく立ち上がらせてもらったたというのになるはまた座り込んでしまい、あははと光輝に笑いかける。

「ここまで来てじゃんけんって。なんか笑えちゃうね」

 そういえば前にタイムアップでじゃんけんした友達も同じこと言ってたな、と懐かしいことを思い出した。

「光輝君、まなちゃん」

「なんだ?」

「なんですか?」

 なるの隣に並んだ光輝とまなは首を傾げる。

「えとね、私がじゃんけんしてもいい?」

「いいですよ。村雨先輩もいいですか?」

「ああ。なんたってじゃんけんに持ち込めたのはなるのおかげだからな。最後までがんばれ」

 ポンポンと光輝はなるの頭を叩いて応援する。

「じゃんけんに頑張るもないよ。でも、頑張るね」

 言っていることが矛盾していたが、誰も指摘はしなかった。

「雄平、君がじゃんけんするかい?」

 隣に来た雄平に修也は聞くが、雄平は首を振った。

「修也さんがやってくださいよ。俺は負けちゃったんですから不運を呼びます。きっと」

「ああ、そういえば今日君は練習メニュー増やさないといけないんだったね」

「ええっ! それはないですよ修也さん」

「ははは。僕も付き合ってあげるから」

 泣きそうになった雄平にそう言いながら修也はなるの前に立つ。二人は拳を作り、光輝たちは固唾をのんで見守る。激しい激戦の後でじゃんけんと言うのは何とも地味だが、これはこれで緊張感がある。

「「最初はグー。じゃんけんポンッ」」

 繰り出される二人のラストアタック。

 勝敗の行方は―――



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