その8。騎士と魔女は再び。
だいぶ長くなりました。分ける程ではないので、そのまま投稿します。
第三隊の隊員は、隊長がいるからと油断はしなかった。
そんなことをしてしまえば後でどうなるか恐ろしい。
我らが隊長様は、知らない事できない事には優しいが、できるのにしない事にはおそろしく厳しい。今までの訓練を思い出し、初めての遠征の緊張を誤魔化す。
初野外活動、初野宿、初雑草調理、初小動物解体、初奇襲、初大漁捕縛、目まぐるしく日々が過ぎていく。やはりここでも分業した。隊長が短期決戦を望んだので適材適所は理に敵っていた。
この面子はやり易い。いや任せっぱなしは良くないので、帰ったら苦手なものの練習は必要だ。予定通りに事が進むのを当てにしてはいけない、得意不得意はあっても経験できる事は何でもやれとの隊長の教えである。
しかし今回は隊長の予定に添って遠征は終了した。隠れていたものの資金が尽きて盗賊になった貴族騎士など第三隊の敵ではなかった。誰もが無傷ではなかったがかすり傷程度だ。あっさり過ぎる程に捕縛できたので帰りには援軍がいるかもしれないと緊張する。
残党の半分程は腕に覚えありと肩をいからせていたが、まあ、隊長の相手にはならなかった。ボッキリと腕と心を折られ、大人しくお縄についていた。
ライザーは急いだ。実は遠征二日目にはそわそわし始めた。
ファニーに会いたい。彼女は無事に過ごせているだろうか。自分の最も信頼する人々に妻を任せたが、彼らこそが妻を振り回すのもわかっている。早く帰りたい。
だがここで焦って隊列を乱す方が結果時間がかかる。今までの経験でそれだけはできない。部下に経験を積ませることも大事だ。
自然と口数が減る。残党共には少々八つ当たりした。
四日目にして若隊員たちがそれに初めて気づいた。すぐ全員で部下会議を開く。
早く隊長を帰すにはどうすればいいか? いろいろと案が出たが結局は、捕虜の足が遅くならないように気を配るとなった。
山に入っているので馬車はない。鬱蒼と生い茂る山だったので馬にも乗れず麓からずっと歩きである。勿論、捕虜も歩きだ。しかも腕を折られた怪我人である。自然、進行は遅くなる。だが捕虜は背負ったりはできない。それは隊長の様子をみての最終手段にする。
どうせ男しかいないし背負っても何の面白味も無い。風呂もろくに入っていないむさ苦しい男など、腕が折れてようが歩かせるに限る。
その代わり、調理したての温かい食事や怪我の手当てなど出来るだけのことをした。捕虜として破格の待遇に残党たちは困惑しながらも大人しく従う。目論み通りになって若隊員たちはほっとするのであった。
第一隊の詰所に着いた。予定より早く着いたので部下達はそっとガッツポーズをする。後は盗賊を引き渡して第三隊は帰る予定だったので、第一隊隊長の一言は寝耳に水だった。
「ついでだからコイツらを支部団まで連れて行ってくれ」
………………お前らもついでに潰してやンぞゴルァア!!
第三隊員の心の声が揃った。もちろん隊長に倣って表情には出さない。が。それが聞こえたのか、ライザーが片手を挙げ、何かを制する。
途端に辺りに冷気が立ち込める。第一隊の面々は何が起きたのかわかっていない。腕を擦ったり、不思議そうな顔をしてる。
「そう言うからには、」
ライザーが喋り出すと、やっと気づいたのか顔を青ざめさせた。それを第三隊は冷めた半目で見やる。
「護送車は、用意されて、いるんだろうな?」
区切りをつけて確認するライザーを前に、蒼白になった第一隊隊長はガクガクと震えだす。
「ままま、まあ、ちちち茶でも飲んで、いいいてくれれられれ。そそそのそそのああ間ににい、よよよよう用意するする」
「ちっ!!」
盛大な舌打ちをしたライザーにビクッとし、わらわらと動き出す第一隊。詰所の奥からはガチャンガチャンと陶器の割れるような音が途切れない。
あ~あ~勿体ね~、茶は自分等で淹れるんでサクサク護送車の準備しろやと、第三隊は自分達で茶を入れた。最近毎日やっていたので屋外でも慣れたものである。
今日も天気が良くていいですね~と木製カップに注いだ茶をライザーに渡す。受け取ったライザーはため息をついた。
「もう帰るだけだったのにすまないな」
「まさかの展開でしたね。てっきり第一に手柄を横取りされるものと思ってました」
「俺もそう思っていた。早く帰りたいからむしろそうして欲しかったんだが、あの様子では盗賊とやり合った事もないんだろう。平和で何よりだ」
はあ~ぁ。騎士としても貴族としても半端な奴等め。
隊長のかつてない大きなため息に、部下達は少し可笑しくなってしまった。
「ここまで来たら直ぐですから、隊長は先に帰られませんか?」
「俺達だけで護送しますよ。何だか連中大人しいですし」
「俺を誘惑するな。一応隊長だからな。新婚だろうが責任を全うする姿を部下に見せておかないと示しがつかんだろ。今来ている俺の家族はそういうイジリに容赦がない」
ついに全員で吹き出した。
***
「というわけで、隊長だけ後処理の為、支部団に残っておられます。本日隊長は支部団より一旦直帰し、その後詰所にて夜勤勤務になります。報告は以上です」
ビシッと直立する若手騎士の服はヨレヨレだ。五日間着倒したのだから当たり前だが、破れる事なく切られる事なく済んで良かったとファニーは安堵した。
「わかりました! 皆さん無事にお帰りになられて良かったです! お疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね。ご報告ありがとうございます」
深々と頭を下げるファニー。ヤキモキとしていたのを見透かされているのだろう。ライザーの心遣いが嬉しい。それを伝えてくれる騎士に感謝した。
「いえ! 隊長が一番に帰りたそうでしたが、やはりできず、差し出がましいと思いましたがこちらの様子を見に来ました。このまま隊長に知らせに行きますが、何か伝言はありますか?」
「え!? わざわざ来て下さったのですか?わあ!すみません!ありがとうございます! 伝言、な、何だろう……あ!無事のお帰りをお待ちしてますと、お願いしていいですか?」
黒魔女がワタワタとしている。
隊長と黒魔女が結婚してから、こうした伝言のやり取りは何度かある。勿論、持ち回りで全員してきた。見た目はコレだが、話し方は普通だし常識もありそうだ。仕草が可愛らしい時もある。最近では何であんなに恐れていたのかと第三隊での謎である。
若手騎士は承りましたと馬に乗り颯爽と支部団に向かって行った。
ファニーが若手騎士を見送って台所へ行くと、シードとマルスがお茶のカップを持って椅子にグッタリとしていた。二人の目の下には隈がある。おそるおそる近づいて、二人のカップにお茶を注ぐ。
「……ありがと……ライザーは、何だって?」
シードがのっそりと動き出す。マルスはピクリともしない。
「はい。今支部団で後処理をしていて、夜勤の前に一度帰ってくるそうです」
「あ~~、てことは~、少し余裕があるってことスね~」
マルスは口以外ピクリともしない。
「マルス、お前はもう寝ろ。本番に一番動くんだから、万全にしとけ」
「あ~りがと~ござ~い~」
不眠不休の二人に忍びなく、ファニーは小さくなる。
「私の為に、すみません……」
突然ガバッとマルスが立ち上がる。
「女神! それは違います。俺らがそうしたくてこうなってるんです! わかってやってるんです。あなたは楽しみにしてくれれば良いんです! シードさん、俺、歩けるうちに部屋に戻ります!」
そしてマルスはノロノロと移動していく。
「マルスの言う通りだ。ファニーは楽しみにしててくれよ。俺は楽しみだぜ。きっと酒が旨くなる。どれ、もうひと踏ん張りだな」
ニヤリとしてから作業に戻るシードに複雑になりながらも、ファニーは夕飯の支度に取り掛かるのだった。
夕飯のメニューはファニーの十八番のシチューだ。今日のシチューは今までにないくらい具を細かくした。最早動く死体と言わんばかりの四人の為に飲むだけでも良いようにした。
ライザーはそれでは足りないだろうから、お義母さんのお土産食材からハムを茹でよう。
ゴンゴン
玄関のノックが鳴った。胸が高鳴る。はーい、と返事はしたが声は少々震えた。
玄関に着くと「ただいま」とドアの向こうから声がする。ファニーの視界が揺らめく。鍵を開ける手が震える。
ドアを開けた先には、ずっと待っていたライザーがいた。
お帰りなさい
言葉になったろうか。手を伸ばし、触れて本物か確認をする。
本物だと思った瞬間、抱きしめられた。いつもより少し強く。
「本物だ……ただいまファニー。会いたかった……」
ライザーの声が震えてる気がしたのは、自分がもうボロボロと泣いているからだろうか。良かった。ちゃんと帰って来た。良かった。
「聞いたと思うけど今日は夜勤なんだ。ファニーの夕飯食べたい」
そう言って更に少し強く抱きしめる。夕飯と言うのに離してくれなければ準備ができないではないか。可笑しくなってファニーもより抱きついた。
「シチューですよ。たくさん作ったのでいっぱい食べてください」
「やった!」
ライザーは子供の様に喜び、ファニーを抱えて台所へ向かう。そこでファニーを下ろし、ライザーは沸かされた風呂に。埃だらけのライザーに抱きついたので、ファニーもローブを替えに自室へ向かった。
ファニーが鍋をかき回す姿は何度見ても面白い。軽やかな可愛らしい鼻歌が聞こえても、鷲鼻の年をとった猫背の魔女がヒヒヒッと笑いながら鍋で怪しい何かを煮立たせている様に見えてくるのだ。あのローブにはそういう魔法が掛けられているんではなかろうか?といつも思う。
きっとミリエアが着ても……想像したら魔王になってしまった。
うん、姉ちゃん似合う似合う。さて飯だ飯!
「旨い! は~、やっとファニーの飯を食べられた! それにしても、何でこんなに静かなんだ? 母さん達は家にいるんだろう?」
シチュー、ハム、パン、義母直伝漬物を食卓に並べ、ファニーも座る。躊躇いながら二階の方を見る。
「ええと、何と言えばいいか。皆さんは家にちゃんといますよ。……あのですね、私にプレゼントがあるそうで、その準備をしてるようです」
「ようです、って、ファニーは皆が何してるか知らないの?」
「知ってますよ。ただ私が想像したより手が込んでいるみたいで……出来上がりを楽しみにしてって言われたのですけど、皆さんがやつれてしまっても手伝わせてもらえないし、何だか申し訳なくなってきました」
恐い。
あの人達がやつれるとは、一体何を作っているんだ?
ささやかに悪寒を感じるが、まずはファニーだ。
「あ~、だからこんなに具が小さいのか。これならろくに噛まなくてもすぐ食べ終わるな。気を使わせて悪いな」
「何言ってるんですか、ライザーさんの家族ですよ! 他の誰に気を使うんですか。それなのに、もてなすはずが私の為に酷使ですよ……何だか居たたまれないです」
シュンとするファニーが可愛い。その理由が旦那の実家の家族を思いやってだなんて、旦那であるライザーは背中がムズムズする。
「ハハ、そんなに落ち込まなくていいぞ。あの人達はな、やると決めた事への集中力は半端ないんだ。止めたって聞かないし、最後までやらせないと後から恨まれる。途中で止めて姉ちゃんに何度枕元に立たれたか。生霊かと何度飛び起きたか……そんな思いはファニーにはさせたくない。それに、」
席を立ち、そばに寄りファニーのフード越しの頭にキスをする。
「もう皆がファニーの家族だ。甘えればいい」
そのまま頭を撫でるライザーの手が気持ちいい。ファニーがフード越しに見上げれば、何度となく見せてくれる笑顔だ。
「……はい」
毎日、私を満たすひと。
私は、彼を満たせてる?
ファニーはグッと手を握りこんだ。
「……あの、明日なんですけど、遠征に行く前に言っていた、私のお願いを聞いてもらってもいいですか?」
ライザーはちょっと驚いたが、すぐに微笑む。
「ああ、もちろんだとも。ファニーは遠慮しいだからな、言わないかと思ってた。どんなお願い?」
「フフ。明日まで内緒です」
「お? そうか。任せとけ、何でも叶えるよ」
「ありがとうございます!楽しみにしてますね」
そう言って抱きつくと、柔らかく抱き返される。ああ。
「ライザーさん大好き!」
思わず漏れてしまったつぶやきに、しばらく間があいてから唸るライザーであった。
***
「よし、これで業務交代だ。夜勤組はお疲れさん。今日はゆっくり休めよ。日勤組は頼んだぞ。まぁいつも通りにな」
バアン!!
いつもなら「はい!」と返事をするタイミングに詰所の扉が開いた。何事かと部下達が振り返ると、そこには美女と貴婦人が立っていた。
「……姉ちゃん、母さん、ドアを壊す気か?」
またも部下達は振り返る。
姉ちゃん!? 母さん!? 隊長の? え?隊長の!? どこも似てませんけど!? なんか高そうな服着てるし! 強そうな感じが似てる?
「お疲れライザー、このまま寄り道するからコレに着替えて」
「は?寄り道? 何言ってんだ真っ直ぐ帰る、」
「はいはい、皆さんお疲れさまぁ。ライザーの母です、いつも息子がお世話になってます。差し入れ持ってきましたので、休憩の時のお茶うけにして下さいねぇ」
あ、水分とられる美味しいお菓子だ。と菓子を見てる間に隊長は美女なお姉さんと背の高い男に奥の部屋に連れ込まれた。ドッタンバッタンと争っているような音と、やめろ!わかった!自分で脱ぐ!掴むな!と隊長の声がする。
部下達が混乱するなか、貴婦人イリアは自社製品を売り込む。
「このお菓子を牛乳に浸して食べるのも美味しいのだけど、最近うちで扱い始めたこのお茶も相性がいいのよぉ。いま、淹れますねぇ」
ハッと気づいた隊員の一人が茶器を持ってくる。ありがとうとにっこりする熟女に若隊員たちも思わず顔が赤らむ。そして紅茶の匂いに釣られて注意がイリアに向いた時、また奥の部屋が騒がしくなった。
何で俺が!五月蝿いわね男なら黙ってやられなさい!男だからってうわっぷ!押さえて!まあ諦めろや。いだだだだっ!!
貴婦人は騒ぎをすっかり無視してお茶を飲んでいる。なんと優雅な仕草だろう。
隊員たちが混乱からイリアを眺めて現実逃避していると、奥の部屋の扉が開いた。
「よし! 母さん行くわよ!」
「あらぁ、もういいの?」
「私の手に掛かればライザーなんてあっという間よ!」
「十分、男前になりましたぜ、ぶっくくく!」
「暴れてたみたいだけど? 服が皺になってないといいけどぉ」
ご馳走さまぁ、とまたもや優雅に貴婦人が外に出る。お邪魔しましたと二人も続いて外に出るのをなんとなく見ていると、奥の部屋から唸り声が聞こえてきた。
「参った……突然何なんだよ……ん?」
あ、隊長ご無事でしたか、と振り返った全員の目が点になった。
白いタキシードを着た目元の涼しげな男前が隊長の声で喋ってる……
「どこか変か?」
全員が首を横に振る。高速で。
外から隊長を急かす声がする。
「今行くよ! は~、騒がしくて済まないな。先に出るわ。またな」
あまりの衝撃に敬礼も忘れ、やっぱりなんとなく見送る若隊員たち。
何で白いタキシード!? あれが隊長!? 傷が無いだけであんなに男前に!? お姉さんもただ者じゃない!? 魔法か!?呪いか!?
「なんだこりゃ!?」
外で隊長が叫んでる。な、なんだ?と皆で詰所から外を見ると、豪華な幌なし馬車にキラキラとした真っ白い花嫁が座っていた。ベールで顔は分からないが、隊長に向かって手を振っている。より目が点になる隊員達。
「ライザーさんお仕事お疲れさまでした! 迎えに来たので、お願い聞いてください」
白い花嫁から黒魔女の声がする。
「ファニー?」
「はい! 私と結婚式して下さい!」
「結婚式? 今から?」
「はい! これがお願いです。でもお疲れなら止めます」
「する!するよ!止めない! え、なに、これに乗ればいいの?」
「はい。教会まで乗っていくそうです」
ライザーがファニーに近づくにつれ、ドレスの素晴らしさにため息が出そうになる。そのライザーの目線に気づいたファニーが喜ぶ。ベールで表情は見えないが。
隣に座り手綱を握って馬を歩かせる。
「すげぇドレスだな……これを作ってたのか……そりゃあ、やつれるわ」
「フフ。素敵でしょう? 出来上がりを見て気絶しちゃいました……」
少々疲れた様子のファニーにライザーも遠い目をする。詰め襟に、長袖、手袋、足は爪先まで隠れる程に裾が長い。ちょっと見えた靴は白いブーツで、完全防備の日焼け対策だ。
「ハハハ、そうだろうな……日焼け対策に露出が少ないけど、念のため早く教会へ行こうか。は~、ベールもすげえな。何枚重なってんの?」
口紅を付けているのか、ぼんやりと顔はわかるが隣に座っても表情までは分からない。見えるの?歩けるのか?
「いつもくらいには見えますし歩けますよ。フフ。断られなくて良かった。こ~んな素敵なドレスを着て、白のタキシードも格好いいライザーさんと結婚式ができるなんて、とっっっても嬉しいです! お姫さまと王子さまがめでたしめでたしって、ずっと憧れていたんです。本当にライザーさんは私の夢を叶えてくれる、すごい人です!私の最高の王子さまです!」
王子さま……だいぶ恥ずかしいぞ。お姫さまは納得だが。
改めてファニーを見る。絹のフワリとしたドレスにレースがふんだんに使われている。精巧な模様はとても軽く、ファニーに負担にならないように選んだのだろう。ベールも薄く輝く物だ。この真っ直ぐに長く輝く明るい金髪と相まって、髪の毛までが飾りのようだ。
「金髪だったんだな……綺麗だ」
じっと自分の髪を見るライザーに、ファニーはモジモジしだす。
「髪も、長く伸ばして髪切り屋で買い取ってもらってるんです。わりと綺麗らしくて、高く引き取ってもらえました。その後は婆様とお菓子を買って帰るんです。私が稼いだのだから、好きなものを選びなさいって。私が婆様を喜ばせられるたった一つの事でした」
懐かしむファニーの肩をライザーは抱き寄せる。
「それは違うな。ファニーがいることが婆様の全ての喜びだったと思う。今の俺がそうだからな」
「……もう、どれだけ私を喜ばせるんですか」
「他の誰にも目が行かないくらい」
チラリと見えた耳が真っ赤だ。
「そんな余裕はありません。ライザーさんでいっぱいです」
端で見ているとイチャイチャしてるだけの二人は、街の住人に注目されている事も気づかず穏やかに教会に着いた。
教会前で待っていたマルスに馬車を任せ、ライザーはファニーを抱えチャペルの前で降ろした。差し出した腕にファニーがそっと手を置くと正面を見つめる。
前回ぶりに会った神父はファニーのドレス姿に驚いたのだろう。目を見開いたが、ライザーと目が合うと微笑んだ。
よく見れば、イリア、ミリエア、シードの他にも何人か席についている。ファニーの数少ない知り合いのようだ。
シードが弾くオルガンに合わせ、粛々と進み、また神父の前に立つ。神父の朗々とした誓約を聞き、誓いますとお互いに交わし、誓いの口づけになった時、ライザーはちょっと迷った。ベールが見事過ぎてどこに口づければいいのやら。
「ライザーさん、ベールを上げて下さい。今日はちゃんとしたいです」
微かにファニーの手に力が入る。
「一番綺麗な姿を見てもらって、自信をつけたいんです」
そうか。これはファニーの儀式か。ならば応援しなければ。どんな顔だろうと愛しいことは変わらない。それもファニーに伝わればいい。
「わかった。ハハ、緊張するな」
「フフ、本当ですね」
顎の下、鎖骨にかかるベールの裾を掴む。ゆっくり、ゆっくりと持ち上げる。この間に心の準備ができるように。ファニーも、俺も。
ファニーの顎が見えた。口には赤い紅がひいてある。倒れた時に見たより綺麗になった気がする。化粧とは凄い。鼻もすっとしてる。頬はうっすらと赤みがある。
睫毛が見えた。髪と同じ色。ベールを上げる速度に合わせて伏せていた目を開く。陽を反射して輝く草原の様な色をした瞳。なんとなく想像してたより大きな目。ちょっと垂れぎみな眉。ベールをまくりあげ、後ろに垂らす。おでこも可愛い。総合的に子供の時に読んだ絵本の妖精の様だ。目が離せない。
ふと、ふわり、と彼女が微笑んだ。
そのあまりの衝撃に、一瞬で緊張を突き抜けたライザーは呟いた。
「誰?」
瞬間。
「ぃぃぃやっったあぁぁあ!! 俺の一人勝ちぃぃ!!」
マルスの叫びとともに紙吹雪が教会中に降りしきる。
「そこは頬染めて綺麗だって言うとこでしょうがっ!! 馬鹿か~っ、この馬鹿っ!!阿保ぉっ!!」
「ぶぁ~っはっはっはっ!ひっひ~っ、マジか! 直前まで喋ってたのに! あり得ね~!」
「はぁぁ、決まらないところはお父さんにそっくりねぇ」
身内が好き勝手に騒ぐなか、ライザーは唖然とファニーはキョトンとしているままで固まっている。紙吹雪がキラキラと天窓から射し込む光を反射して、端から見ればなんとも幻想的な場面だ。
「ああ、やっぱり綺麗になったね~」
「いやいや!子供の時には考えられなかったな~」
「エリスシア、頑張ってたもの。本当に、綺麗になったわ……」
「この晴れ姿を見せたかったね~」
ファニー側の参列者は昔を思い出し、何人かは涙を流す。ファニーの婆、エリスシアを偲んだ。
出席した面々は幼いファニーの美貌について相談にきたエリスシアを思い出す。黒ローブは日焼けだけではなく、不審者からも目隠しするものだったのだ。
あまり相手をしないで辛い思いをさせたが、ファニーを誰かに盗られないようにする婆達の作戦だった。
火傷痕があっても、ろくでなしに狙われる可能性があった。自分達の息子たちにさえも見られないようにしたのだ。うっかり襲いでもしたら詫びのいれようが無い。
「あの隊長さんならエリスシアも安心ね!」
「これでもう誰も手出しせんだろうよ」
「ふふ、ローブを被ったままのファニーと結婚するなんて、絶対嘘だ、何か企んでると思っていたのに」
「ははは! 本当に素顔を知らなかったとはな! 正に男だよ!」
「隊長さんも、傷が無けりゃなかなかのいい男だわな!」
「お似合いじゃないか! おおい!さっさと口づけしなさいな~!」
その掛け声にハッとする主役の二人。
「……ライザーさん?」
それでも動かないライザーにファニーの表情がくもり始める。
あ、ああああ、いや、妖精のように美しくて、ビビっただけなんだ。けして、幻滅した訳じゃない。期待なんてしてなかったよ。いや、違う!いや違わないが言えん!泣かせたくないんだ。
だってファニーは、俺の、
「俺の、唯一だから」
「え?」
ライザーは両手をファニーの頬に添える。
「ごめん。あんまり美人でびっくりし過ぎた」
目を大きくした後にふにゃりとなって、ファニーがほっとした。
「良かった……お義姉さんとお義母さんが丁寧に化粧してくれたからですよ。実は私も自分でびっくりしました」
ああああ、微笑まれると思考が止まる!頑張れ俺ぇ!
「っ……生涯、君の隣に居ることを許して下さい」
ファニーの目が潤む。ぐはっ!
「はい。……生涯、貴方から離れないことを許して下さい」
絶っ対っ離すか!
ライザーはゆっくりと、ファニーに顔を寄せる。
「はい」
ささやかな口づけをする。
化粧だけではない頬の色づきにクラっとしたが、やはり喜びが大きい。こんなに早くファニーがあのローブを脱いだことが嬉しい。それだけライザーを信頼してくれた証。見えない婆様から託された気さえする。
神様、ファニーの幸せを邪魔する奴は全て蹴散らす事を誓います。俺の全てをファニーに捧げます。
婆様、いや、お義母さん。貴女のようにファニーを愛します。ファニーを見つけてくれて、ありがとうございます。
新たに気持ちを引き締めて、ライザーはファニーと笑い合う。
ファニーを横抱きにして教会を出ると、外でも紙吹雪とそれに混じって花びらもひらめいていた。マルスが屋根を飛び回っている。
何事かと野次馬が続々と集まり、それを第三隊の夜勤明け組と日勤組の何人かが整理している。隊長!おめでとうございます!と手を振っている。
それを聞いてアレがヤクザ騎士!?と愕然とする者、ライザーの抱えた美女が黒魔女と気づいて騒然となる人びと、その様子を見て何故か勝ち誇る母と姉。義兄が引いてきた馬車に乗り込むと、どこかの子供がファニーをお姫さま!と指さす。
「お姫さまだってよ」
耳元で囁く。
「恥ずかしいけど嬉しいです」
そうしてその子供に向かって小さく手を振る。すると子供は両手を力一杯振りだした。その様子が微笑ましくて二人で笑うと歓声があがった。
ファニーの笑顔最強だな。
「家に帰るか」
「はい!……フフ」
「ん?」
「こんなイタズラなら楽しくて良いですね!」
「……これは姉ちゃんが企んだのか。母さんまで乗るからこんな大掛かりになったんだな?まったく」
「怒らないで下さいね?」
「……ファニーがキスしてくれたら忘れてやろうかな」
「ええ!?……え~、……こっち向いて下さい」
ちゅ
大歓声の中、湯気が出そうな程に顔を真っ赤にしたファニーを眺めながら、ライザーは今日の幸せを噛みしめ、これからの幸せに歓喜するのだった。
めでたしめでたし。
おしまい。
完結です。お読みいただきありがとうございました!心から感謝します。コメントがとても励みになりました。お陰様で、妄想が完結出来ましたよ!ブックマークをしてくださった方もありがとうございました!
わちゃわちゃと詰め込み、大事な背景をすっ飛ばし、なかなか読みづらかったのではないでしょうか。読者様の想像力に頼りきった話し運びでしたね。課題ですが、治らない気もします。駄目じゃん・・・
では、また、何かの作品でお会い出来れば幸いです。
ありがとうございました(#^.^#)