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その6。捕獲。


 ミリエア・ダーナットはいつからそうなのかと遡れば、生まれた時から、又は腹にいるうちから、としか言いようがない。

 

 周りが何となくあれか?と記憶を探って思い当たるのは、彼女が三歳で誘拐された時。助け出されるまで泣かなかったらしい。

 まだ三歳なのに何と豪胆な子だ、大人たちは良いように勘違いした。それから誘拐されないよう細心の注意を払いながら育てたが、五歳の時にまた誘拐された。今度は弟のライザーも一緒に。

 

 今度も助け出されるまで、何と泣きわめくライザーを慰めていたらしい。二人の無事な姿に両親はじめ商会の全てが喜んだが、十歳の兄だけは何か変だと感じた。

 十歳にして跡継ぎ教育を始めた少年は妹を見つめる。三歳の弟が泣き喚いている横で、五歳の女の子が、誘拐され救助され、こんなにケロリとしているものか?

 大人たちは喜ぶばかりで誰もそう言わない。だがまあ、無事で良かったのは変わらない。


 兄は何が変かよく解らないままポツリとつぶやいた。

「今度は何で誘拐されたんだろうな……?」

「イーサンが、ライザーをかわいくないって、いったからよ」

「え?」

「あたまにきたから、あいつのてしたをやっつけてやったわ。ふん」

「……よく、手下って分かったな」

「とーさまのへやと、にーさまのへやを、いっぱいしらべたの。ガイスにてつだってもらった」


 前回の誘拐はライバル商会の雇ったチンピラだった。雑な仕事ぶりだったのであっさり見つけることができた。今回は完全に裏組織だった。手がかりがほぼ無く、肝の冷える思いばかりしていた。そんな中でも父と兄は少ない手がかりで組を特定し、また、最近勢いのある商会と繋がりのあることもわかった。

 そうすると、するすると証拠が出てきたのだ。まるで案内されるように見つかる証拠を辿り、組に乗り込み家捜しの末、二人と奴隷用に集められた子供たちを見つけたのだった。


「ガイス」

「何でございましょう、アロルト様」

 名を呼ばれた老執事は、スッと控える。

「どういうことだ?」

「ワズウェル商会のイーサン様が、お嬢様に『お前の弟のどこがかわいいんだ?目つき悪ぃ』とおっしゃったのが原因でございます。ミリエア様も優秀なお方にございましたな。今回の壮大なイタズラの総てを仕切られました」

 イタズラ!?誘拐だぞ!これがやらせだと!?

 確かに誰も死んではいないが、こっちは死ぬ思いだったというのに!……しかしあの野郎うちの子にまで暴言吐きやがって!

 ワズウェル商会のイーサンはアロルトの同級で、勝手にライバル視してくる、学校で会えば何かと因縁をつけてくる面倒な男児である。

「それにしても、こんなに箱入りで育てているのにいつの間にアイツに会ったんだ?」

「にーさまを学校にむかえにいったときにいわれたの」


 ライザーが歩くようになってからミリエアはどこに行くにもライザーを連れ歩いた。小さい子がより小さい子の手を繋ぐ姿は至宝である。

 時々迎えの馬車に二人が乗っている時があったから、その時か。一番最近では二週間前だ。……さすがに短期間過ぎる……

「三ヶ月前のことでございます」

 ガイスがそっと教えてくれた。本当にコイツは読心術を使えるんじゃないのか!?ビックリするわ!

 ……は?三ヶ月!?

「三ヶ月で!?」

「ね? 五歳にしては優秀でございましょう?」

 ニヤリとするガイス。

「やめろ、執事に見えなくなるだろ」

「おっと、危ない危ない」

 そう言って、しれっとする。


 ガイスは「草」だ。呼び名の理由は分からない。ただ、ダーナット家の為に影のように動く。老執事に見えるが本当の年齢は知らない。何故そうする?と聞いたことがある。アロルトにガイスはしれっと答えた。

「そう在るように育ったからでございます」

 得体の知れない存在のはずだが信頼は絶大だ。必要な時呼べば、必要であろう時には自ら現れる。父にも草が居る。母にも。

 ミリエアとライザーはまだ母の草が兼任してるはずだ。


 それほど自分の傍にいるはずなのに、どの隙にミリエアを手伝った? ミリエアだって、まだろくに字を読めない。ガイスに読んでもらったから三ヶ月かかったのか? いや、読んでもらったところで意味が分かるのか? どこからワズウェル商会との繋がりを見つけた?

「そろそろ私も後継者を育てようかと思いまして、ミリエア様に便乗させていただきました。あそこの組では孤児ばかり集めていると聞きましたので」

「……イタズラが成功したのはガイスのせいか」

「私が主導ならば誘拐などさせません。ま、これからは無茶をしないよう、アロルト様に叱ってもらうように、止めませんでしたが」

「……何で俺だ?」

「きっと、気づかれるのは坊っちゃまだけだと思いましたので。状況を冷静に見るのは旦那様以上ですからね」

 何となく変だとしか解らなかったのに……

「それが、大事なのでございます」

「だから!心を読むな!」

「ガイス!つぎはどこにする?」

「ミリエア!危ないからするんじゃない!」

「イーサンなんて泣いてあやまるまでゆるすものですか!ボッコボコにブッちめてやる!」

「どこで覚えた!?」


 アロルトはこの時にもっとしっかり釘を刺せばと後悔することになる。

 ライザーと、この時に保護したガイスの教え子になる子達を従え、イタズラし放題にいろいろな組織を陥れ、ミリエアは裏社会を登りつめるのだから。アロルトは可愛い弟妹の姿に呆然とするのだった。



***



「え?なんで? もしかしてライザーを好きじゃないんじゃないの~? アイツ悪い顔してるもんね~」

「好きですよ! ライザーさん素敵じゃないですか! 王都のお嬢さんたちに見る目がなくてホッとしてます!……お義姉さん、ライザーさんに泣きついたのは私です。寂しいと泣き落としを使ったんです。彼の優しさにつけこんだ卑怯者です……」

「……馬鹿ね、そんなこと思ってないわ。ごめん、私の言い方が悪かったわ」

 苦笑したミリエアが俯いたファニーを軽く抱きしめる。


 ミリエアとシードは、ライザーの家に客間の準備ができたので宿屋から移った。今はファニーの部屋で寝る前の女子会の時間だ。

 会った時から気になっていた、ファニーの素顔の話をしてみたら、旦那のライザーにまだ見せていないという。もちろんミリエアもまだ見てない。幼少の頃の火傷が原因で隠しているのは聞いたが、ライザーは見ているだろうと思い、どんな反応をしたのかファニーに聞いてみたのだ。

 からかいたかっただけなのだが。

「私が醜い顔と体をしていると知っても、きっとライザーさんは一緒にいてくれると思います。私が、恥ずかしくて見せられないというか……」

 醜い姿を見られて嫌われたらと思うと恐ろしくて素顔などさらせない。でも、このままでは見せないことで嫌われてしまいそうだ。でも、その方が嫌われるまで時間を稼げる。問題の先伸ばしだけど、少しでもライザーといられる方がいい。

 言葉にされなかった思いは、ミリエアにも察することができた。


「ま、そのままでもファニーは可愛いから、困ったことがあったら私のトコにおいで!」

「お義姉さん……私、教会でもフードを被ったままで誓約をしたので、神様も怒っていらっしゃるんじゃないかって……」

「あなたのお婆様があなたを守るために被せたフードでしょ。神様は全てを御存知なんだから、きっとそのままのファニーを応援してるわよ! 私がファニーを好きになったのがいい証拠よ。ライザーより頼りになるんだから! どんとこい!」

「……お義姉さん、ありがとうございます」

「それにね、ライザーがあんな風に女の子に愛情を示すなんて誰も知らなかったのよ。ファニーのおかげで私も楽しいわ。会いに来て良かったと毎日思ってる」

 

 ファニーの雰囲気が和らいだのを見て、おやすみ、とフードの上からおでこにキスをし、また明日と部屋を出る。

 そのまま客間へ戻れば、シードとライザーがいた。

「王都に帰るまでにファニーの顔を見たかったけど、無理ッぽいな~」

「姉ちゃんでもまだ無理か……」

「根深いもんだな。俺ら、あの時に引き取ってもらえたのは本当に良かったと思うよ。旦那様も奥様も商会の皆んなで俺らのこと見てくれたからな~。ミリエア様々だ」

 シードはそっとミリエアの肩を寄せ頬にキスをする。

「フフフ。そうよ~大事にしてね? ライザーの愛情は素直に受けてるみたいだから、後は数かしら?」

「それはあるな。今までファニーに愛してると言ってるのは婆様と俺だけだが、俺だって一ヶ月そこらだ。姉ちゃん達がかまったところで一週間も経ってない。全然足りないんだ。あのローブは、色んな事からファニーを守ってきたから無理には外したくない」


「今更だけど、初夜を過ごそうって言えば?」

「その初夜に、体重が三㎏増えるまで抱かないと言ったんだ」

「「ええ!?」」

「姉ちゃんも抱きつくからわかるだろ?健康的にも、もう少し太らせたい。最低で三㎏だ。疲れると熱が出やすいんだ。急に太ると皮膚が突っ張って痛くなるって言ってたが、少しずつでも体力をつけさせたい。なにより、今一緒に寝たら壊しそうで恐い」

「あ~、とにかく時間が必要ってことか」

「俺はそれしか手はないと思ってる。あの子の為だ、待つくらい出来るさ。……適当やってやり逃げすんなよ?」

「可愛いファニーにそんなことしないわ。リリィも待ってるだろうし、帰ってからも何か考えるわ」

「ありがとう。っていうか俺ら新婚だからな、早く帰れ」

「あー! 可愛くない!」

 ライザーは二人に挨拶をして部屋を出るとファニーの部屋へ向かう。

 

 そしていつものように、フード越しにファニーの頬にキスをして、愛していると抱きしめてから自室に戻った。



「ファニー!この化粧水、私に売って! ありったけ!!」

 予定より長い滞在になってしまい、化粧水が切れ、ファニーお手製の物を使った翌朝。ミリエアは鼻息荒くファニーの仕事部屋に飛び込んだ。

「あ、肌に合いました? 良かった~。予備の物をあげますよ、待ってください。ここにあと二本、」

「いいえ!いいえファニー! これは買うわ!そして継続購入を希望する! あ、この化粧水を私の分まで作るのは無理?」

「作るのはいくらでも平気ですよ。ただ、保存があまり効かないので、二週間しか持たないんです。そうだ、王都でも使えるように作り方を書きますね。私が作っても届けるだけで期限が切れちゃうから。たぶん、どこの薬師でも作れると思います」

「作り方!? どこの薬師でも!? いいの教えちゃって!? なんて欲の無い! 眩しい、欲に眩んだ私には貴女は眩しすぎるわっ! いいえファニー!私がそれを買うわ!独占よ!一儲けよ!」

 ミリエアのエキサイトぶりに、ファニーはオロオロしだす。ど、どうやって止めれば!?


「何だ?賑やかだな。ファニーとの話はついたのか?」

「お義兄さん!助けて!」

「あー……、商売に関わりそうな良いもの見つけるとこうなるんだ。どうやっても手に入れようとするから、結構無理が通るぞ。十倍くらいふっかけてやれ」

「そんなに!?」

「そうね、ちょっと話を詰めましょうファニー」

 ガシッと両肩を捕まれる。目が据わってますお義姉さん!

「ええ?えええ~!?」

「こら!ファニーが困ってるだろうが! とりあえず朝飯ができたから食え。ファニーは?キリがいいなら一緒に食おう」

「はい!食べます!」

 天の助けとばかりに、ひょこっと現れたライザーに飛びついた。


 朝食の席で、割りとあっさり商談は成立した。自分用に作っていた物なので本当に商品として大丈夫なのか。売り上げがあって、ミリエアの商売の足しになるようであれば、開発者としていくらかを分けてもらうことで手を打った。そうしなければ、ミリエアの暴走は止まらないと彼女の夫と弟が言うのだ。

「姉ちゃんの嗅覚は保証できるよ。父さんや兄さんが姉ちゃんに婿取りまでして独立させなかったんだ。絶対商売敵になるからってな」

 ライザーはそう言って出勤していった。


 婆様がファニーの為に作った塗り薬が、化粧品として喜ばれる。女として、二重に嬉しかった。

 正直なところ売れないだろうと思っている。配合は面倒だが難しい材料はないのだ。ただ、ミリエアの様に、必要と思う人に使ってもらえれば嬉しい。職人冥利につきる。改めて、師を敬った。


「そうと決まったら帰るわ! すぐに作ってみて、ファニーの物と同じか検証しなきゃ!」

「え!? 今から帰るんですか?」

 突然のことに戸惑っていると、シードがため息をつく。

「商売が関わるとこうなる。家族や友達のこともそうだな。ライザーのこともこうやって飛び出して来たんだ。一週間しか抑えられなくて、マルスには悪い事したわ」

「ファニー!またすぐにこっちに来るから!シード早く!化粧水の使用期限が切れちゃうから!」

「へいへい。五分待て、荷物纏めるから」

 爛々と目を輝かすミリエアに慄きながら、展開について行けないファニー。

「ファニー、これは全身に使えるの?」

「あ、はい。私はずっと全身に使ってます」

「あなたの腕を見てもいい?」

 思わずビクッとするが、顔よりはいい気がしたし、ミリエアなら大丈夫と思ったので袖を肘まで捲った。

「ありがとう。……ふむ。……触ってもいい?」

 小さく頷くファニー。ミリエアは指の腹で表面をそっとなぞる。

「綺麗ねぇ……!」

「えっ」

 皮膚の表面は、この距離ならボコボコしてるのが分かる。火傷跡と分かるが、年々色は薄まってきている。でも、自分では気になるのだ。化け物と言われる理由なのだ。進んで見せたくはない。ライザーに三㎏増えるまで抱かないと言われて、ショックだったが、それ以上にホッとしたのだ。

 それを、ミリエアはきれいと言う。


「私ね、火傷を負った人を何人か知り合いにいるの。顔はなかなか隠せないから、どうしても見ちゃうわね。一応薬はあって、みんなそれを塗るけど、ここまで綺麗と思った肌はないわ」

 そう言ってジッと腕を見つめる。サッと袖を戻して、ファニーの両手をミリエアの両手が包む。

「あなたのお母さんは、素晴らしい人ね」

 優しく微笑むミリエアに、言葉のないファニーは涙を流した。

「何だ?また泣かせてんのか? またライザーに怒られるのかよ~」

 荷物を纏めて二階から降りてきたシードに、ファニーは首を横に振って訴える。

「ファニーの婆様を手本に、リリィを可愛く育てるわって言ったのよ」

「ミリエアが? ファニーに子育てを頼んだ方が早いんじゃないか?まあ、頑張れ」

「失礼な!それが夫の言葉!? 全く」

「嘘。そのままのミリエアでリリィも可愛く育つよ」

 そうしてシードはミリエアをゆったり抱きしめ、おでこにキスをする。

 そして離れたミリエアは、ファニーを抱きしめる。

「ファニー、色々ありがとう。また近いうちに必ず来るから。ライザーによろしく言っといて!」

 シードもファニーを抱きしめる。

「世話かけたな。次は余裕を持って連絡するわ。多分な。そうそう、いっぱい飯を食えよ?」

 縦に首を振って答える。

 

 そうして、姿が見えなくなるまで玄関先で二人を見送ったのだった。



「は!? 帰った!?」

 夕方、仕事を終えたライザーを玄関で迎える。

「はい。ライザーさんが仕事に出て直ぐでしたよ。また近いうちに来るって言ってました。ライザーさんによろしくって言ってました」

「来るのも帰るのも唐突だな」

 玄関で呆然とするライザーに、珍しくファニーが抱きつく。

「……どうした?……うるさいのがいなくなって寂しいな」

「フフ。三人とも賑やかでしたね。また、早く会えるといいな~」

「奴らは人の話を聞かんから疲れる」

「ライザーさんも楽しそうでしたよ?」

 ファニーを少し強めに抱きしめる。

「まあ久しぶりで楽しかったが、俺ら新婚だから。俺はファニーを独り占めしたいの」

 途端にファニーがアワアワしだす。

「また静かな二人生活だけど、よろしくな」

「フフ。こちらこそ、よろしくお願いします!」


 ライザーは久しぶりで、ファニーは初めてのダーナット家のドタバタは、こうしてあっという間に一回目を終えたのだった。


 そして、ミリエア・ダーナットが街から去ったことで、街の色んなところで空気が和らいだ。健全な生活を送る人間が増えた。


 

 その後ダーナット商会では、娘、母、兄嫁の、化粧水争奪戦が繰り広げられたそうな。それを見て、旦那方は化粧水の製作を急ぐのだった。









やっと書けました。予定してなかった人物が出てくるという、困惑。そして、副題が決まらないという、あせり。

まあ、今更のセンスです。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブックマークありがとうございます!

ニマニマしてます・・・

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