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おまけ1。ライザーという男。

おまけ話をひとつ。男しか登場しません。ラブはありません。むさい。


 ライザー・ダーナットという男は(わる)である。


 王都で騎士団に所属しながら裏社会に通じ、今回の戦争はこの男がいなければ起きなかったのではないかと噂がある。

 劣勢の中、自国の将がバタバタ倒れ、戦場で連隊長に成り上がり、戦況をひっくり返し最後には勝利して帰ってきた。

 あまりの逆転劇にそう疑われた。証拠は無かったが、逆にその事が噂の信憑性を高めた。


 もちろん、ダーナットを擁護する者もいたが、圧倒的に数が少なかった。裏社会の幾つもの組織に出入りしている姿を見られたり、ダーナットが参加した会議で決定した取り締まりが失敗ばかりだったり、何より人相が悪かった。


 そうして戦争を終わらせた英雄は、あれよあれよと言う間に田舎に左遷される事になった。


 左遷先の騎士団支部では大騒ぎになった。英雄をクビには出来ないのかもしれないが、何故うちに決まったのだ!他にも似たような所があるだろう!そんなヤツをうちで抑えられるわけない!

 そんな訴えも虚しく、決定の再判子を押された書類が戻ってきた。

 あーでもないこーでもないとしょうもない会議を経て、隣国との国境に近い田舎に赴任してもらう事に決定。余りの田舎ぶりに嫌になって騎士を辞めないかなという希望を多分に含んだ決定だった。


 ダーナットの赴任先は若手で固められた。彼より年上及び同年の団員たちは彼の上司同僚になるのは絶対嫌だと言って、人事異動を思いっきりいじった。その結果、入団したばかりの若造隊になったのだった。文句も言えないし、せっかくなった騎士を辞めたくもない。胃の痛む思いをしながら若手隊員は全員で励まし合っていた。


 ダーナットの赴任する日。若手隊員たちは葬式の様な雰囲気で白い顔をして全員で出勤した。全員揃ってないと怖くて震えるのだ。

 そして支部団長がダーナットを伴ってついに来た。

「おお、全員で出迎えか。大変よろしい。今日からお前たちの隊長になるライザー・ダーナットだ。ダーナット、君の部下だ。早く顔を覚えてやってくれ。では私はこれで失礼する」

 えええエエエ~!! もう行くの⁉どどどどどうする? 顔が恐いよ!! キズが恐えよ!!

 白い顔でガクガクと震える若者を眺め、ダーナットが口を開く。何!?何!? なにが起こるの!?


「あ~、ライザー・ダーナットだ。こちら方面には来たことがなくてな、何も分からんから色々教えてくれ。これからよろしく。それと、これは実家の商会で扱っている菓子でな。日持ちするんで手土産にと持たされたんだ。全員いるようだから上手いこと分けてくれ」

 ……あれ?

 ……なんか、

 ……普通?

「茶を飲みながら食べるといいぞ。口ん中の水分が取られるからな。慣れないうちはのどに詰まるぞ、気をつけろ」

 普通に喋ってるのに無表情! キズが恐い!

「すまないが一度家に帰らせてもらう。新居に荷物が届いたか見たらまた来る。そうだな、一時間空ける。判断できないことは悪いが呼びに来てくれ」

 そう言って家までの地図を書き、旅行用鞄を持ってサッサと詰所を出て行った。

 

 …………………………あれ?

「えっと、とりあえず、お茶にするか?」

「じゃあ、俺、淹れてくるわ」


 若手隊員たちは一時間のお茶休憩で少し息を吹き返した。ダーナットが持って来た菓子が美味しかったのも助けになった。



***



 ダーナットが隊長になって目が回るほどに忙しくなった。

 まず巡回が格段に増えた。回数がそうだが、距離も伸びた。裏通りの無視していた細い路まで暗記するほどに歩かされた。足の裏に豆が出来れば、今まであった書類の書き直しを手伝わされた。

 田舎でも無法者はいる。スラムもある。金持ちもいる。巡回で、いつも見る顔がいる。たまにしか見ない顔もいる。決まった日に決まった場所で見る顔がいる。

 何気なく見回っているうちに気付く事がある。些細な発見ばかりだが、隊員の数程に集まればどれかが繋がってくる。そして隊員には家族がいる。意外なところで繋がったりもした。


 ダーナットは隊員たちの話をよく聞いた。そしてよく質問をした。それを自作の地図に書き込んでいく。書き込みすぎて真っ黒になると、また地図を書く。地図はいつも詰所の壁に貼られた。 そのうち、隊員たちも各々に工夫し始めた。地図を何枚と描いて、ジャンル毎にメモをまとめる。巡回中に住人と何気ない話をマメにする。裏通りをそっと見張る。崩壊等の危険箇所を確認しに行き、その補修を役所に陳情する。

 得意分野はあるが、各々に仲間を見習い毎日仕事をこなした。 

 そして、それをダーナットはよく褒めた。さりげなくそっと。

 一ヶ月も経つと、若者たちは強面無表情隊長の仕事ぶりにも少しずつ慣れてきた。顔にもほんの少しずつ。



***



「よくまあうちの若いのを晒し者にしてくれたな。ぁあ?このヤロウ。こちとらテメエらのネタは挙がってんだよ。今更しらばっくれようってんなら徹底的にやらせてもらうぜ。まさかこの業界にいて俺を知らねえことはねえよなぁあ??」

 どこのヤクザだ! 静かに恐い! ヒ~~~ッ!!

 組長を締め上げたまま凄んでいるダーナットに、やっぱり噂は本当だった!?と、三人の部下はおののいていた。



 ことは半日前。大々的に麻薬の取引があるとの情報に、潜伏の得意な部下二人により詳しい情報を掴んで来いと送り出した。だが、なかなか戻って来ない二人の様子を巡回のふりをして見に行くと、裏通りに続く大通りの端に、血だらけになって倒れていた。

 二人を慌てて連れ帰り、医師に診てもらう。傷は多いが浅いものばかりで骨は折れていないがヒビは入っているだろう。安静にするように言われる。ひと安心して、順番に看護しつつ今回の事をどうするか話し合う。

「二人に事情を聞いてから動く」


 隊長の鶴の一声で決まったが、それは何も決まっていないのでは?とは、誰も突っ込めなかった。そのまま通常業務に励む。他の情報も慎重に調べる。

 夕暮れになって二人が目覚めた。敵方に見つかった事を謝罪する二人に、ダーナットは首を横に振る。

「俺の見込みが甘かった。怪我させて悪かった。ゆっくり休んでくれと言いたいが、掴んだ事を教えてくれ」


 組の隠し倉庫に麻薬を保管しているらしく、場所の確認に後をつけている途中で見つかり、袋叩きにされ、気がついたら詰所で、肝心の場所が分からない。

「隠し倉庫……嵌められたか?」

 全員が目を丸くする。え?誘導されたってこと?

「そ、それじゃ、コイツらやられ損てことですか!?」

 ダーナットはそうだと頷く。それぞれに怒りや戸惑いを表す隊員たちを静かに眺める。

「まあ、よくあることだ。向こうだって俺等を出し抜かなきゃならん。お前らを叩いて援軍が来ないと分かったなら、ブツをさっさと運び終えたことだろう。……卑怯ななんて改めて言うなよ。お前らの様にお行儀の良い連中じゃあない。俺達はそういう相手ともやり合っていくんだ。腹の探りあいだし、こっちも卑怯なこともする。出来ないなら、騎士なんぞ辞めた方がいい。街に勤務するなら尚更だ。俺達が住人を守る為の前線だからな。こんな事は何度でも起きる」

 前線と言われ誰もがハッとした。戦場での経験はないが、確かに街にあってはそうだと。

「お前たちはまだ若い。よくやっているが経験が必要なことも多い。思い描いた職業ではないだろう。基本は地味なモンだ」

 ダーナットは全員を見回しニヤリとした。隊員たちはうっすらと青ざめる。

「だが、よくまあこれだけの素材を集めたと、あのハゲ支部団長にはそれだけは感謝してるんだ。一ヶ月で俺が想像した以上にお前達は育った。残りの髪の毛を毟りとるのは実践しないでおいてやるさ」

 それを聞いて誰かが吹いた。隊長が支部団長のハゲ散らかった頭から髪を毟る姿を想像してしまい、いやいや駄目でしょと全員で肩を震わせる。

「まあ、今日の事は勉強したと思え。高い授業料だったがな」

 横になってる二人以外は直立し、ハイ!と全員で応える。誰もが悔しがったが、自分たちの未熟さが招いたことでもある。


 勤務人数を調整し、夜勤組の仮眠を待って日勤組は帰る事になったのだが、詰所の前でダーナットが準備運動をしている。

「隊長、何をしているんですか?」

「ん~、体をほぐしている」

 そういえば今日の隊長はずっと詰所に待機していた。体が固まったのかな。


 思えば、この隊長は顔は恐いが穏やかな人だ。噂を鵜呑みにして恐怖しながら勤務していたのは何だったのか。仕事は早く確実。騎士学校の教官より解りやすく教えてくれる。どんな質問も嫌な顔をせずに答えてくれる。そして、自分たちにも色々聞いてくる。旨い店があると言えば差し入れをくれたり。親の体調が悪いと言えば早退させてくれたり。


 飄々としているのに、誰よりも俺たちを気遣ってくれている。まだ少し緊張するが、言葉使いが乱れても普通に返してくれる。そんな上司や先輩がいただろうか。

 ダーナット隊の隊員は隊長に心酔しかかっていた。が。


「ちょっと、お礼参りに行ってくるわ」

 という隊長の言葉に青くなった。

 慌てて全員で止める。

「き、今日のことは、べ、勉強なんでしょう!?隊長!?」

「お前たちはな。だが俺は部下をあんな風にやられたからには礼をしに行かなきゃならん。いやあ、こんなん久し振りだ。行ってくる、留守は頼んだ」

 そう言って嬉々として厩舎に向かって行く。その姿を見て、どうする!?と円陣を組む若隊員たち。

「とりあえず夜勤組は仮眠してくれ。日勤の三人くらいが隊長について行こう。連隊長を経験した人だ、充分に強いだろう。逆に詰所が襲われないとも限らないから、人数は残した方がいいと思う。お、俺は隊長について行く。盾くらいにはならないと!」

「お、俺も!」

「俺も行くわ」

「じゃあそういうことで! あ!詰所班、ここがヤバイ様なら閃光弾を上げてくれ!」

「なるほど、わかった。気をつけて行ってこい!」



 ……人間の可能性とは、どこまで広がっているのか。

 哲学的に現実逃避を試みる。


 人が木っ端のように飛んでいく。どうやれば火の気も無いのに家屋が爆発するのか。攻め込まれた時の為に石造りの建物にしたのであろうが、あの人が通った後はあっという間に瓦礫になっていく。

 手助けどころか盾になる隙もない。若隊員たちは呆然としながら野次馬と共に様子を眺めていたが、破壊音が無くなったことに気付き慌てて隊長を探しに瓦礫を越えて行く。そして、先ほどの場面に出くわした。


「お、わ、わしは、なにも、知ら、ん、」

 締め上げられた組長がどうにか応える。この状況で、あの人を目の前にして、しらばっくれている!?スゲエ!流石だ組長!

「よし、しらばっくれたな。じゃあ遠慮なく潰させてもらう」

 ニヤリと笑うダーナットに若隊員は戦慄し、組長は気を失った。


 それからはあっという間だった。今回の麻薬騒動の関係者を全て縛りあげたのだ。関係しているだろうという、あやふやな状況にも関わらず、乗り込み破壊しつくし言質を取り縛りあげる。それには評判の悪い貴族も含まれた。麻薬の現物をその屋敷で発見し、更には奴隷取引にも関わっていた証拠が出た。深夜にも関わらず隊長も彼の連れてきた愛馬も走る走る。若隊員は追いかけるだけで精一杯である。やっと追い付くと縛り上げる仕事が待っている。そして慌てて追いかける。また縛る。明け方までこの追いかけっこは続いた。


「今回はまあ、こんなもんか。こんなやり方は騎士団では教えない、ヤクザな方法だからな、真似するなよ。ご苦労さん、気をつけて帰れ。俺はこのまま支部団に行ってくる」

 颯爽と駆けていく後ろ姿を見送り、ヨロヨロと詰所に帰った三人は何があったか全てを話し、力尽きてその場で眠りについた。

 何事もなくしかし緊張しながら過ごした留守番組は三人の健闘に涙し、労った。


 ダーナットは、事が大きくなったからと証拠の全てを支部団に投げつけ、

「この証拠は写しです。罪人が意味なく釈放されるようなことがあれば、ココの人事異動を王都に要請します」

 と注意を促し丸投げして帰った。それを聞いて支部団長の髪が何十本と抜けたらしい。


 そして、誰もが思うが口にはしない噂が広まる。


 ライザー・ダーナットという男は鬼である。と。









詳しく人物描写をするはずが、やはりのアッサリ風味になりました。

楽しんでいただけるといいなぁ・・・


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