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その2。魔女の家、壊れる。


「騎士様、おはようございます。この間はお世話になりました」

「おお、おはよう魔女殿。その後変わりはないか?」


 詰所前で前回と同じく深々と頭を下げる黒魔女。

 これから巡回に出ようと扉を開けると、ちょうど真っ黒な物体がこちらに近づくのが見えた。巡回は基本二人一組で見回るが、騎士と組になった者はまだやたらと緊張するので、一人で出るようにしている。それぞれ時間をずらして出るようにしているため、朝一出発の騎士以外はまだ詰所の中だ。詰所の中の隊員たちが息を飲んだ音が聞こえた。

 黒魔女はそれに気付いてはおらず、変わらずにこやかな雰囲気だ。

「はい。今日も無事に薬の納品ができましたので、手ぶらで申し訳ないのですがお礼に。すれ違わなくて良かったです」

「そうだな。仕事が無事に済んだのなら何よりだ」


 穏やかな会話だが、片やフードで顔が見えず、片や微表情のヤクザ顔。詰所の中では緊張した空気が溢れていた。

 まず何よりも、隊長に向かって普通に会話をしていることに隊員たちに戦慄が走る。今まで隊長に女性が訪ねて来ることが無かったのだ。王都にいた時も恋人は居なかったと言うし、やっと初めて来た女性が、よりにもよってあの黒魔女である。

 なんという組み合わせだ!

 詰所内は静かに阿鼻叫喚という不思議な状況になっていた。


「今日も天気がいいので、また倒れないうちに帰りますね。お仕事頑張って下さい」

 今度はペコリと頭を下げると、黒魔女は一歩下がった。

「待ってくれ。ちょっと提案なんだか」

「はい?」

 顔も見えないのにキョトンと音が聞こえそうである。黒魔女の素直過ぎる反応に騎士の顔が微かに弛んだ。だからこそ気持ちを引き締める。

「魔女殿の家の補強をしたいのだが、いいだろうか?」

「え?」

 少々言い淀んだが、(とど)めはささなければならないと腹を括る。普通に失礼なことを言うからだが、彼女の生活がかかっている。

「失礼だが、魔女殿の家は何がどうなって保たれているのかわからない程に酷い。あれでは子供が作る秘密基地と変わらないと思う。建て直した方がいいが、魔女殿にその余裕はなさそうだし、費用を貸せるだけの余裕は俺にもない。だけど補強なら多分費用も抑えられるし、俺も出来る。材料費は俺持ちで構わない」


 昨日送って行った時に見た魔女の家は本当に酷かった。あれで雨漏りがしないとはどうなっているのか。壁の隙間から家の中が見えもした。温暖な地域とはいえ冬には雪も降るし、これからの夏は強風も吹く。森の中だから風には木々が盾になったのだろうが、あの掘っ立て小屋の耐年数はもはや限界を超えているだろう。

 スラム街の建物であれば、衛生面とか何とかかんとか理由を付けていくらかの予算を取ることはできるが、個人宅では無理である。

 しかし女一人で暮らしているとなると、夜に寝ているうちに潰れてしまったらと思うと気になってしまい、もしそうなってしまったら寝覚めが悪い。

 幸い、実家で大工の真似事はしたことがある。荷馬車なんかは騎士団のを借りればいいし、手持ちの道具が足りなければ工房を使わせてもらおう。騎士はそんな段取りを勝手に脳内で組んでいた。


「今まで特に問題なかったのですが、そんなに酷いでしょうか……?」

 今現在住んでいて充分と感じているなら疑問もわく。貧乏生活でも、自分一人ギリギリ何とかなっている状況では余計な出費としか感じないのも分かる。

 騎士は、ため息を隠して懸念を話す。

「……何かあった時に、家の荷物ごと転がり込める知り合いがいるならそのままでもいいと思う。だが一時的にしか頼れないと、そうなった時には建て直しだ。余計に金がかかるぞ」

 なんと言っても黒魔女は薬師である。商売道具を守るためにも家の頑丈さは大事である。

 あ~う~、とか細い声を出した黒魔女は項垂れた。本人も気にしていないわけではなかったようだ。


「……たいへんに申し訳ないのですが、騎士様にお願いします」

 ヨロヨロと頭を下げる黒魔女。騎士はホッと息を吐いた。

「よし、親切の押し売りのようで悪いが任せてくれ。ただ作業は俺の休日だけになる。次の休みは5日後なのでそのつもりでいてくれ」

「わかりました、5日後ですね。……あの、費用なのですが、騎士様におまかせでは心苦しいです……」

「ああ、そういうことなら出世払いにでもしておくか」

「出世! 見込み無いのですけど!?」

 おお、大きな声も出せるのかと変な感心をしてしまった。しかし、こういうやり取りは嫌いではない。

「ハハッ! まあ頑張って薬を売り込んでくれよ魔女殿」

「うう、頑張りますぅ……あ、そうだ!騎士様! 私、魔女ではないです。期待されていたら困るのですが、魔法は全く使えません。ただの薬師です」

 騎士の魔女を見下ろす目が丸くなる。いや期待はしていたがさすがにそこまで夢見てはいない。訂正すべきか。

「なので、魔女殿ではなく、ファニーとお呼びください!」

 どんとこい! とばかりに胸を張る黒魔女。まるで自己紹介を上手に出来た子どもの様だ。微笑ましい。


 騎士は、つい口元をゆるめた。王都にいる甥と姪を思い出した。

「なら、俺の名はライザー・ダーナットだから、騎士様ではなくライザーと呼んでくれ」

「ライザー様ですね」

「いいや、様も無しだ。支部の第三隊長なだけだからな。平騎士とたいして変わらんからそれほど偉くはないんだ」

「へ~、でも騎士様は立派な職業ですよ! 私達を守ってくれています!」

「それなら薬師も立派な職業だ。軽い怪我は自力でどうにかなるが、体の調子が悪いのは薬に頼らざるを得ない。だろ?ファニー様?」

「イヤーーッ! 恥ずかしい! 分かりました! せめてライザーさんと呼ばせて下さい!」

「ハハッ、まあいいか。これからよろしくな、ファニー」

「ハイ! ライザーさん!」


 久々の穏やかな会話を終えて、二人はそれぞれに動き出す。

 やっぱり彼女と話すのは楽しい。刷り込まれたかもしれない。

 騎士はいつもよりにこやかに巡回に向かった。表情には全く出ないが。足どりもいつもより軽い気がした。


 外の会話が詳しく聞こえなくても楽しげな声が響いてきた詰所内では、それこそ世界の終末を迎えたような状態で止まっていた。巡回を終えた隊長が雷を落としてやっと通常勤務へと復活したのだった。



***



 勤務時間外に少しずつ準備をして、明日いよいよファニーの家の補強開始というところで、いつもより少し強い風が吹き始めた。このじっとりとした風は毎年のことらしい。

 昼過ぎには、南隣の地域で強風の被害が出たとの知らせが届いた。風の流れは北に向かっている。そのため午後は隊員総出で強風に備えるように街中に呼び掛けることになった。


 夕方には雨も降りだした。呼び掛けが効いたのか、仕事上がりや店じまいが早く、多くの人は家の中にいるようだ。詰所でも家族のいる者は自宅待機にし、自分を含めた独り身や若手は詰所待機にした。


 雨風がますます強くなってくると、ライザーはファニーのことが気になってくる。

 あれほどの小屋でも今まで無事だったのなら、今回も乗り切れるかもしれない。だが、そんな保証が全くない状態なのも見ている。

「あの、少し、見回りに出てもいいだろうか?」

 日が落ちかけて薄暗くなるといよいよ胸騒ぎがしだして、ついに部下たちに聞いてしまった。伺うようになってしまったのは明らかに私事だからである。

「黒魔女の家ですか?」

 部下にズバリ言われて詰まってしまったが、隠すことでもないと、そうだと応える。

 街は今のところ特に被害はなく、まだ余裕があるので行っていいですよと部下にあっさり言われる。でも不安なのでなるべく早く戻って下さいね、とも。

 ライザーは自分が戻るまでの指示を出し、雨具を羽織りカンテラに火を入れて、頼んだ!と馬小屋に近い裏口を出る。王都から連れてきた愛馬は夜目がきく。馬の方もこんな時でも大人しく鞍を付けられ、雨の中をライザーを乗せ颯爽と駆け出した。

 何もなければそれで良い。

 彼女の元へ向かった。



 ようやく着いた黒魔女の家のあった場所には残骸があった。理解できず二度見する。


 残骸を残骸と認識した瞬間、頭が真っ白になった。

「……ファニー……ファニー。ファニー! どこだ!! 返事をしろ!」

 真っ白になった頭に血が上り、恐怖を振りきるように叫ぶ。

「ラ、ライザーさぁん」

 馬から降り、屋根だった物を持ち上げようとそれを掴んだ瞬間、森の奥からファニーの声がした。声の方へ走ると、暗闇の中で木の幹にすがり付いている黒いモノがいた。顔は見えない。黒魔女のいつもの顔まで隠れる格好にほっとし、思わずその肩を掴む。

「怪我は?」

「あ、ありません。でも家が……」

 二人で家の方を見る。

「ライザーさんの言った通りでしたね……壊れちゃいました……」

 予想はしていたが、掛ける言葉がない。

「……ああ。とりあえず、君が無事で良かった。一旦ここから避難する。あの家から取れるだけの物を持っていこう。灯りを持っていてくれるか?」

 カンテラを渡そうとすると、ファニーの足元にこれまた真っ黒な手提げ鞄がある。その鞄を抱き締めてファニーが立ち上がる。

「あの、以前ライザーさんに、補強をするときに外に出てもらうことがあるから荷物をある程度纏めるようにと言われていたので、とりあえずの大事なものは全部これに入っています」

 動揺しているだろうに、しっかりと返してくる。

「薬の材料は家の中ですけど、売り物の完成品は持ってきてます」

 しっかりしている。

「よし、じゃあ行くぞ。残りは雨が止んでからだ」

 ライザーは鞄を抱えたファニーを馬上で横抱きにし、自分の雨具ですっぽり包む。

 びしょ濡れの彼女は震えていた。



 一軒の家に入り、ファニーが玄関でボンヤリしてる間に、ライザーがあちこちの部屋の灯りをつけて、風呂を沸かしたからと大量のタオルと男物の服の入った籠をファニーに持たせた。

「とにかく風呂に入れ。よく温まってから上がるように。女物の服なんてないから今晩は俺ので我慢してくれ。一応洗濯はしてある。濡れた服はタライの中に。洗濯は明日だ。風呂を上がったら蓋を閉めて、そっちの部屋のソファで休んでくれ。毛布を置いておくから使うように。俺はこれから詰所に戻るから、帰って来るまでは留守番をよろしく。だが客なんてほぼ来ないから、もし誰か来ても居留守で構わない」

「ライザーさん……」

 びしょ濡れのローブから水がしたたり落ちる。早く脱がせてやりたいがライザーが手伝うわけにはいかない。

「一人で不安だろうが詰所は男ばかりだからな。着替えもままならんだろ。暇になったら家でも好きに見てくれ。何もないけどな。ああ、台所に食材が何かあったはずだから勝手に使って食ってくれ」

「あの、ありがとうございます」

 少し震える声は寒さか不安か。顔見知り程度の男がそばにいるよりは一人留守番の方がいいだろう。

 お礼を言えるだけの余裕がファニーにはあると確認し、ライザーはまた雨具を羽織った。

「うん。じゃあ、行ってくる」

「はい。あ! 行ってらっしゃい。お気を付けて」


「あ、隊長!お帰りなさい!」

「抜け出してすまなかった。被害は?」

「今のところ何もありません!」

 そうか、と雨具を裏口に掛けながらカンテラの始末もする。雨風は先程よりは少し弱くなっていた。一番ひどい時にファニーを濡らしてしまったとライザーはもっと早く出れば良かったと反省する。

 そして、女に行ってらっしゃいっと言われる方が、男のお帰りより嬉しいとこっそり和む。

「黒魔女は無事でしたか?」

 出されたお茶に口をつけたところでズバリ聞かれ、アホなことを考えていたのもあり、危うく吹き出すところだった。

「あ、ああ、やはり家は潰れていた。幸い彼女は怪我なく外に避難していたよ」

「え? じゃあ黒魔女は? どこに保護したんですか? 連れて来なかったんです?」

「俺の家に一時避難中だ」

 えええええ!!? 詰めている全員が叫んだ。

「自宅に連れ込んだんですか?」「ええ!? この短時間でナニしたんですか!?」「黒魔女とだなんて!? 呪いをかけられたんですか!?」「いや、ヤツは薬師だ! 薬を飲まされたんだ!」「きっとこのまま家を乗っ取られますよ!」「イーヤー!! 山姥が来るー!」


「…………お前ら結構楽しんでるな? そんなに暇ならこのままここで組手でもするか? 勿論、俺の気の済むまでだが」

 マサカ! イエイエ! トンデモナイデス!

 

 ライザーがゆっくりと立ち上がると、急にカタコトになって後ずさる部下たち。指をこれでもかと鳴らしながら一歩一歩ゆっくり近づいていく。



 結局この日、嵐が去った後も詰所内では日の出まで、交替人員が揃うまで鬼ごっこが続いたのだった。










登場人物の名前をやっと出せました。無理矢理でしたが、良かったです。

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