おまけ4。絵本。
ある森に、山姥の娘と呼ばれる子がおりました。
その子はとても醜い顔をしていて、街に行くと石を投げられるので、いつも顔のかくれる黒いローブを着ていました。
山姥は恐ろしい婆でしたが、娘にはとても優しく、それはそれは二人で仲よく暮らしておりました。
ところが、ある日山姥は死んでしまい、娘は一人で暮らすことになりました。
山姥はとても腕のよい薬師でしたので、娘もそれをしっかり覚えていました。
そして、それからは山姥の代わりに、娘が薬を街へ作って持って行くようになりました。
何年かすぎて娘は15才になり、成人しました。
けれども、誰からもお祝いされません。
今日もいつも通り、森に入って、薬のもとになる薬草をとっていました。
そろそろ帰ろうとしたとき、人が一人、倒れているのが見えました。
あわてて近づくと、娘と同じ年ごろの男の子のようです。
声を掛けたり、ゆすったりしても、目をあけません。
娘が困ったと思ったとたん、男の子の腹の虫がなきました。
娘は、がんばって、男の子を自分の家へ運びました。
次の日、娘はなかなか目覚めない男の子のことを、いつも薬を持っていく薬屋のお姉さんに相談しようと出かけました。
薬屋に着くと、いつものお姉さんではなく、お姉さんのお父さんが店番をしていました。
いつもの薬を渡すと、お父さんは言いました。
明日は娘の結婚式だから、明日の一日、お前は森から出てこないでくれ。晴れの日に、お前のような黒づくめは縁起が悪いからな。
娘は、わかりましたと言って、店を出ました。
娘は、薬屋のお姉さんが好きでした。
一緒に遊んだことはないし、薬を渡してもにこりともしませんでしたが、行くといつも飴をひとつくれたのでした。
ありがとうと言うと、頭をなでてくれました。
そのお姉さんがお嫁にいく、おめでたい日に、たしかに黒づくめの自分はふさわしくないと思いました。
お祝いをしたいけど、自分には贈れる物もありません。
悲しかったけど、娘は成人したので、泣くのを我慢しました。
でも、森に入ると、涙があふれてしまいました。
お姉さんは、お嫁に行くので、もう店番はしません。
優しくしてくれたお礼も言えませんでした。
街のどこかですれ違うかもしれませんが、娘は、怒られるので決まった道しか歩きません。
山姥が笑った気がしました。
せめて、お姉さんが永く幸せであるように、歌いました。
「泣きながら寿の唄を歌うのか?」
家の前に、あの男の子が立っていました。
娘は、驚きましたが痛い所がないか聞きました。痛いところはないが、腹がへったと言われたので、夕べ作っていたシチューをあたためなおしました。
男の子は味がしないと言いながら、鍋いっぱいのシチューを食べてしまいました。
娘はびっくりです。自分一人では、明日の夜まで食べられる量だったのですから。
男の子は、隣の国に住んでいて、母親の病気に効くという薬草を探しているうちに道に迷い、お腹がすいて倒れたと言いました。
娘は、その母親の様子をきき、思い当たる薬草を家のまわりからとって、男の子に渡しました。
ところが、男の子は怒りだしました。
「医者にみせても治らないのに、そこら辺の雑草を煎じただけのものを母に飲ませるわけにはいかん!」
それを聞いた娘は、男の子に言いました。
「この薬は、私が考えたものではありません。私の母が、その両親からそのまた両親からと延々と受け継いできたものです!たくさんの命をかけて作り出した治療薬です! これだけの薬草が生い茂る場所で、これらをただの雑草と言うあなたに、非難される謂れはありません!」
男の子は、娘の剣幕に唖然としました。
娘の怒りはおさまりません。紙を取り出して、ものすごい勢いで書き始めました。そして、書いたものを男の子につき出します。
「これに、どの薬草を使ったらいいかを書きました。あなたの信頼する薬師にこの紙を見せて下さい。これが効かなければ、こちらを見せて下さい。今からあなたを隣国に近い森の端まで送ります。さっさとあなたのお母さんを助けて下さい!」
そうして娘は出かける準備をしました。
娘の剣幕にあんぐりと口を開けている男の子の手を引いて、歩きだします。
男の子はもともと荷物を持っていなかったので、そのまま手を繋いで獣道を進みました。
娘は、悔しくて悔しくて、前だけを見て歩きました。手は離しません。
お昼を過ぎて、川辺で簡単な昼食にしました。
リュックに無造作に入れた食べ物は無惨な姿でしたが、男の子は文句を言わずに食べました。
そしてまた歩きます。ズンズンズンズン歩いたので、夕日が沈む前に森をぬけました。
頑張れば男の子は夜になる前に街につくでしょう。
娘は、さようならと言って森に引き返しました。
「ごめん!ありがとう!」
男の子は、泣きそうな顔で娘を見つめていました。
その顔を見たら、今までの疲れを感じて、娘はへたりこんでしまいました。
「どうした!?」
男の子は慌ててかけてきます。
「いっぱい歩いて疲れただけです。私はここで一晩過ごしてから帰ります。あなたは早くお母さんのもとに帰って下さい。気をつけて。」
「こんなところで女の子を一人にして帰れるか!明日の朝まで一緒にいる。」
「大丈夫ですよ。薬草をとるのに一人で野宿をしたことは何度もあります。獣よけの香をたくので安全です。」
それでも男の子は、娘から離れようとしません。
「私の薬も効きが弱いかもしれません。解毒は、時間がかかります。とにかく早く飲ませるのがいいのです。あなたはお母さんを助けに、この広大な森を進みました。私を守るためではありません。」
娘は、男の子に向かって言いました。
「私は、お母さんを助けたいあなたを、助けたいのです。」
男の子は、娘にゆっくり近づくと抱きしめました。
「ありがとう。それから、すまなかった。」
「ふふ、謝罪を受けとります。あなたの無事とお母さんの回復を祈ってます。」
そうして、男の子は街に向かって走って行きました。
木の実を集めて、獣よけの香をたいて、星空を見上げた時に、娘は気がつきました。
フードで顔を隠したままの自分に、あの男の子は普通にしていたことを。
今日は嬉しいことが二つもありました。
お姉さんの結婚と、あの男の子に会ったこと。
娘は、穏やかな気持ちで眠ることができました。
次の日、薬草をとりながら帰ったので、家についたのは夕方になりました。
お姉さんは今日から新しいお家です。
出かける前に散らかした物を片づけながら、お姉さんの家はどんなかな?と想像しました。
それから、男の子のお家も想像しました。
上等な生地の服を着ていたので、お金持ちのお家かな?と思いました。
娘の家はものすごくボロでしたが、山姥との思い出はたくさんあります。
雨漏りが乾燥させた薬草にかかって叫んだり、隙間から虫が入り込んで叫んだり、ベッドの足が折れて叫んだり。
叫んだ思い出ばかりなのがおかしくて、娘は笑いました。
お前が嫁にいくときに、この歌を歌うのさ。
そう言って、山姥は週に一度は寿の唄を歌っていました。
山姥のおかげで、お姉さんのために寿の唄を歌うことができました。
塩が足りないが、ハーブを入れればそれなりに食べられるね。
山姥のおかげで、男の子にシチューを食べさせることができました。
良いことがあったので、明日からまたがんばれそうです。
今日もまた、穏やかな気持ちで眠りにつきました。
一月ほど過ぎました。
今日も薬屋の店番はお姉さんのお父さんです。
お姉さんはお元気ですかと聞くと、嬉しそうに、ちょっとだけ寂しそうに、いつも通りの無愛想で元気にしているよと言いました。
娘もまだ少し寂しいですが、お姉さんが幸せならばとても嬉しいことです。
お姉さんのお父さんの嬉しそうな姿を見られたのも良かったと思いました。
ニコニコと帰っていると、森の入口に大きな馬車がとまっていました。立派な馬車を初めて見たので、よくよく眺めてしまいました。
今日もいいものが見られたなと歩いていると、家のまわりに誰かがいます。剣を腰につけた大人がたくさんいることが不思議でなりません。
だけど、ひとつだけ、思い当たりました。
嫌われすぎて、ついに捕まってしまうのだろうか。
とたんに不安で悲しい気持ちがあふれてきました。
どうしよう。
何をどうしたらいいかわかりません。
その場にぼうっと立っているしかできません。
どうしよう。
「あ!いた!」
急に声が聞こえて、ビクッとなりました。
娘に近づく足音がします。
顔をあげると、あの男の子がすぐそこにいました。
「ありがとう! 君の薬のおかげで母上は回復してきた! 今日は礼を言いに来たんだ。礼をしたいのだが何か欲しいものはないか?」
ニコニコとした男の子をみて、娘はホッとして、泣き出してしまいました。
しゃがみこんだ娘に、男の子はあわてます。
このままでは男の子を困らせてしまうので、娘はしゃくりあげながら、泣いた理由を話しました。
お母さんが助かって良かった。
あなたも無事で良かった。
街のみんなに嫌われているので、捕まってしまうと思った。
一人きりなので、この大事な家はどうしよう。
最後になるなら、薬屋のお姉さんに今までのお礼がしたい。
男の子は、じっと聞いていてくれました。
「僕のとこへ来ないか?」
何を言われたか一瞬わかりませんでした。
「新しい家をあげようと思ったが、たった一人でいるのなら、僕のうちの薬師にならないか?」
ビックリして涙が止まりました。
「嫁になるのでもいいぞ。」
息も止まりました。
王子!何をおっしゃるのです!と、大人たちがあわてます。
「僕は五番目だからな、贅沢はあまりさせられないが、この家で暮らすよりはいいものを食べさせられるぞ。でも、僕は君のシチューも好きになってしまったからな、時々は作ってくれ。」
王子?
男の子はにっこり笑いました。
「ここを離れたくないなら、僕が婿入りしてもいいぞ。君がいるならどこでもいい。ただ時々は母上の様子を見に行きたいのを許しておくれ。」
更に大人たちがあわてます。
娘は何がおこっているのかわかりません。
男の子がニコニコしていて、大人たちが青い顔をしていることはわかりました。
断らないと。
「私はただの薬師ですし、とても不器量なので、王子様には相応しくありません。どうぞ、王家に相応しい方と婚姻なさって下さい。」
娘が頭を下げると、王子は娘のフードを取ってしまいました。
あらわになった顔を隠そうとした腕も王子の手に捕まりました。
目が合いました。
「どこが不器量だ? まあ、美人ではないが、可愛らしいぞ。」
小さい頃の火傷の痕があります。
「そうだな。まだ痛むのか? あいつらを見ろ、顔に傷のあるやつらばかりだ。僕は慣れている。なんなら、君と同じ火傷をおってもいいぞ。そうなったらお揃いだな!」
そんなお揃いはお断りです。
「僕は、君の顔を知らなかったから、目が三つあってもかまわなかった。ただの人でホッとはしたけどな。」
何がおきているのでしょう。
「薬師の君よ、君に会うことができたから、母は助かった。そして僕も助かったんだ。」
王子は真っ直ぐに娘を見つめます。
「やけになっていた僕を、君が助けてくれた。寿の唄で目が覚めて、君のシチューで僕は歩けた。君の手が僕を離さなかったから、僕は街に帰れた。」
王子は、娘の手を見つめます。
「この、働き者の手を持つ君が好きだ。」
離した片手は、娘の頬にふれました。
「痕があるから、僕に相応しくないなんてあるもんか。」
優しくあたたかい手です。
「毎日を懸命に生きる、君の助けになりたい。だから、君の望みを叶えに来た。まあ、できないこともあるけど、それは勘弁してくれ。」
王子は、娘に柔らかく笑います。
こんな風に、誰かが自分に笑いかけてくれたのはいつ以来でしょう。
「親のことであれほどに怒る君をみて、君に愛されることは、とても幸せなことだろうと思ったんだ。」
あのときの自分の怒りっぷりを恥ずかしく思いました。
「顔もわからないし、名前も聞かなかった。だけど、少しの間だけでも君の人となりはわかったよ。これでも王子だからね。人を見る目はある。」
王子の両手はまた娘の両手を包みます。
「薬師の君よ。どうか、僕と一緒になってください。時間がかかってもいい、僕を望んでほしい。」
これは夢かもしれません。
一人で生きることに寂しくなった自分の、誰かがこう言ってくれたらという希望を、夢にみているだけかもしれません。
でも、王子の手は確かにあたたかく、いつもひっそりしている家のまわりは、何人もの人の息づかいがします。
娘一人では感じえない、あたたかい空気に満たされています。
王子のたくましい瞳に、娘にもあたたかい気持ちがにじんできました。
おもむろに、王子が両手を広げます。
「さあ!」
娘は呆気にとられましたが、得意気な王子がおもしろくて、つい笑ってしまいました。
そして、その肩に、頭をのせました。
王子は、羽根のように娘を優しく包んでくれました。
その後、街には、夫と共に歩く、山姥の娘の姿が見られるようになりました。
作:シード・ダーナット
制作:ダーナット商会
***
「っていう絵本を出したら、これがなんだか大当たりしてさ~、いやあ驚いた。はっはっは!」
「お前の才能はどんだけなんだよ! ほんともう、俺らのこと放っておいてくれないか!?」
「いや最初はさ、リリィにお前らの馴れ初めを教えるのに、わかりやすいようにってメモをしたのを若旦那に見られて、ちょっと盛ってみたら受けが良くてさ。そしたら、ミリエアが自分も登場させろとか、女将さんもその気になるわ、マルスは王子ネタも入れようとか、大旦那は自分の役はイマイチじゃないかと落ち込むわ、まとめるの大変だったんだぜ~。誉めろや。」
「最初から最後までつっ込むトコしかねぇよ!!」
「ま、おかげでリリィのお気に入りになったからな。読み聞かせよろしくな。」
「・・・ここまで盛られりゃ、自分の事とは思わないが・・・読み辛いな~。」
「毎晩三回読まされるんだ。」
「勘弁してくれ!?」
「たまの里帰りだ。親兄弟孝行のついでに甥姪孝行もしていけや。」
「ファニーと一日置きでいいかな・・・」
「それぞれのセリフを読んでもらうって息巻いてたぞ。」
「なんの苦行だよ!?」
妻が家の女たちと子供たちとの買い物から帰ってくるのを、ビクビクと待つライザーであった。
お読みいただきありがとうございました。
童話で投稿しようとしましたが、最後のやり取りをしたく、おまけにしました。
"絵本風でもラブラブ"を目標にしてみましたが、どうでしょう?(笑)
あと作中、"寿の唄"とありますが、『ことほぎ』とは、言葉でのお祝いという意味なので、そんな歌はありません。実際はどこかにあるかもしれませんが、辞書にはありません。
言葉の響きが良かったので、読みに当てました。