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おまけ3。騎士、嫁を実家へ連れて行く。

おひさしぶりです。今回も長いです。

 ~~ダーナット家到着~~



 三週間の長旅が終わる。

 ファニーはこれまであの森から出たことがほとんど無かった。こんなに馬車に揺られたのも初めてで、少々は酔ったが、何もかもが楽しくてずっとはしゃいでいた。それを見てライザーも笑う。

「子供みたいだな」

「すみません!もう楽しくて!」

 二人だけの旅なのでライザーがずっと馭者をしていたが、隙在らばいつでもファニーを抱っこしたり、キスをしたりととめどなかった。それも嬉しくてよりはしゃいでしまったのだった。


「いらっしゃい!疲れたでしょう?やっぱり魔女姿で来たわね!」

「いらっしゃぁい。お疲れさまぁ。さ、中でお茶にしましょ、皆で待ってたのよぉ」


 着いてすぐにミリエアとイリアの出迎えを受け、変わらぬ対応にホッとする。そして無視されかけた壮年の男性が慌てている。

「おーい!?中に入る前に俺にも紹介してくれよ~!」

「あら、あなた。初めての長旅を終えた嫁にお茶も出さずにどう労えとぉ?」

「え~っ!?」

「あ!お義父さんですか!?」

 ファニーは慌てて壮年の男性の前に立ち、キチッと向き合いフードを外す。

「初めまして!ファニーです。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします!」

「あぁよろしく。ライザーの父でアルダウジだ。ゆっくりしていきなさい」

「はい。ありがとうございます!お世話になります!……フフ、ライザーさんのお父さんに会えて嬉しいです。皆さんに会えるの楽しみにしてました。お世話になります」

 そう言ってまた深々と頭を下げる娘に、頭を撫でたくなる衝動にかられる。子供が頑張って挨拶をしてるようだ。

「じゃあ父さん、ファニー連れてくね~!」

「あ、お義父さん、失礼します! あのお義母さん、お義姉さん、実はさっきあまりの緊張にライザーさんとお茶を飲んできたので、先に皆さんにご挨拶をさせていただけませんか?」

「あらそうだったのぉ? じゃあ挨拶済ませちゃいましょう」

「そうね。こっちで兄さん夫婦が待ってるのよ!」


 そうして三人で連れだって行く。ファニーがちらりとライザーを見たのに頷き返すと、ホッとして連れられて行った。


「ただいま父さん。しばらく厄介になるよ」

「お、おお。お前の部屋はそのままにしてあるから、そこを使え。……しかし、なんだな」

 アルダウジは三人が去った方を眺める。

「シードは猛獣使いって言ってたな。上手いと思ったね」

「自分も含めてか?」

「否定はしない」

「ハハッ!良い嫁をもらったな。なかなか可愛らしいじゃないか?」

「まあな。こればっかりは左遷したジジイ共に感謝してるよ」

「ほおぉ、お前がそう言うとは! イリアたちの話通り大した娘さんだ。あ、明日は結婚式するからな」

「え?誰の?」

「もちろんお前たちの。俺らは見てないからな。準備は万端だぞ」

「はあ!?また!? 聞いてないぞ!?」

「今言ったろう?」

「これだ! 本当勘弁してくれ……」

「あっはっは!お前が余裕もって来るから宣伝し過ぎて観客が莫大な人数になってるぞ。くっくっ」

「宣伝てなんだ!!?」


 馬車も移動しないまま親子喧嘩勃発。ライザーが喚いてるだけだったが。





 ~~兄夫婦~~



「年上のライザーさんとちっちゃいライザーさんがいる!」

 ファニーがうっかりと叫ぶと、居間は一拍おいて爆笑の渦になった。


「よお、ファニー!相変わらずだな!ぶぁっはっはっ!」

「シードさん!お久しぶりです!」

「改めて言われるとかなりに面白い事実! 女神!変わらぬ信仰を捧げましょう!」

「マルスさんも!お久しぶりです!」

 腹を抱えて笑い転げる相手に丁寧にお辞儀をする。その間に「年上のライザーさん」が席を立つ。並べば間違うことはないが、パッと見る分にはよく似ている。

「なかなか面白い娘さんだな~、くくっ。初めまして、ライザーの嫁さん。ファニーだったな? 俺が兄のアロルトだ。これからよろしく」

 握手をすると、その隣に「ちっちゃいライザーさん」を抱っこした女性が立つ。

「俺の奥さんのリリィだ。こっちが息子のウリアス」

「は、初めまして! 突然叫んでしまってすみません! ファニーです。ふつつか者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」

「フフッ、よろしくファニー。リリィよ」

「よろしくお願いいたします」


 浅黒い肌に長い黒髪をまとめ、金色の様な明るい目には吸い込まれそうだ。顔の左半分をおおう刺青もオリエンタルな模様で、ヤクザのものとは違う。つい見入ってしまい、差し出された右手にハッとする。そうして握手して、疑問を口にする。

「あの、ミリエアお義姉さんの娘さんと同じ名前なんですか?」

「いいえ。ミリエアの娘はリムリーナというの。今は昼寝してる」

「ひ~っ、ひ~、私が、リリィ義姉さんを好きすぎて、娘の愛称にもらったのよ」

「へ~! 仲良しですね!」

「そうよ~。兄さんより私の方が義姉さんを愛しているわ!」

「大差で俺のが上だし、お前の愛など不要だ!」


 兄妹喧嘩が始まってしまった。困ってリリィを見上げると、

「いつもの事よ。愛され過ぎるって困るわね」

 と片目をつぶる仕草に、ファニーも何かを撃ち抜かれた。


 つ、と執事がそばに来る。

「初めましてファニー様。アロルト様の秘書をしております、ガイスと申します。お見知りおきを」

「あ、はい!ファニーです。よろしくお願いいたします!」

 執事はにこりとして、また音もなく下がった。


「……魔女?」

 小さいライザーがリリィにしがみつきながらファニーをじっと見てる。

「こんにちは、ウリアス君。私はファニー。よく魔女に間違えられるけど、薬師なの」

「やくし?」

「そう。お薬を作る仕事をしてるの」

「……おくすり、にがいから嫌い」

「あは、そうね。今度苦くない薬を作ってみるね」

「できるの?」

「たくさん練習したらできると思うわ。そしたら飲んでくれる?」

「う……うぅ……」

「じゃあできたら、ちょっとだけ味見してね?」

「……うん」

「フフッ。この間まで軽い風邪をひいてたんだ。あなたたちが来る前に治って良かった」

 何かの持病があるわけではなくて良かった。


 ホッとするとイリアに肩を捕まれる。そのままファニー越しにウリアスに話しかける。

「ウリアス、ファニーはね、明日お姫様に変身するのよぉ」

「え?おひめさま?」

「そうよぉ。お婆ちゃんがファニーを変身させるの!楽しみにしててねぇ」

 お婆ちゃんスゴいね!と、ウリアスはイリアに抱きつく。お姫様って何の事だろう?と祖母と孫の姿を微笑ましく眺めていると、今度はミリエアが肩を掴んできた。

「皆にも花嫁姿を見せてねぇ!準備は万端よぉ!明日だからねぇ!」


 一瞬、何を言われたかわからなかったが、

「ぅぇぇえええ~っ!!??」

 またあのドレスを着るのか!?と、とりあえず叫んだ。





 ~~風呂~~



「女は皆でお風呂に入るわよぉ」

 夕飯後にイリアがそう言ったので、子供たちを男衆に任せ、四人で風呂場にきた。

「あ、しまった。香油を忘れてきちゃった。取ってくるね。先に入ってて」

 ミリエアが出ていくと、

「あ!置いた場所を変えたのを言うの忘れてたわぁ。私も行ってくるわねぇ」

 イリアも行ってしまった。香油は風呂上がりにファニーに塗り込む物だ。あのマッサージ、くすぐったいから苦手。


「馴れないとくすぐったいね、あれ」

 リリィがクスクスと笑っている。

「リリィ義姉さんも苦手ですか?」

「ずっと笑いをこらえてたから、終わった頃には顔も体も強ばってた。マッサージした後なのに」

 金の目で茶目っ気たっぷりって!魅了される!

「フフ、リリィ義姉さんて、面白い人ですね!」

「そう? フフ。髪をまとめるから先に入ってて」

「わかりました。お先に失礼します」


 どうにしろ裸になるのは恥ずかしいので思い切り脱ぐ。先にと言われてホッとした。肌を見られずに済むなら、少しの間でもその方がいい。

 泳げる程に大きな湯船に驚き、泡立ち激しい石鹸に感動し、流した後の肌がしっとりしてることに成分は何?と夢中になっていると、カラカラと戸を開けてリリィが入って来た。


 その体を見て、ファニーは息をのんだ。全身に色とりどりの刺青。呆然としているファニーに微笑み、ゆっくりと洗い場で湯を浴びる。

 ……綺麗……


 全身の刺青は赤や青で描かれ、柄も統一性の無いもので、一言で言えば趣味が悪い。自分で選んだのだろうか。リリィに合ってない、ちぐはぐな感じがした。

 それでも彼女は美しい。しなやかな肢体がそう見せるのか、凛とした表情がそう見せるのかが不思議で、じっと彼女を見ていた。

 そうしているうちに体を洗い終えたリリィが湯船に入る。

 あ。


「気に入った柄があった?」

 は、と我に返ると、すぐそこに苦笑したリリィがいた。刺青を見つめるうちにずいぶん近づきすぎたようだ。

「す、すみません! つい見入ってしまいました」

「好きなだけ見て構わないわ。変わりも消えもしないから。ミリエアもよく見るよ」

「え、そうなんですか? あ、でもそうかも。私も腕だけでしたがじっと見られたことがあります」

 そう言うと、今度はリリィがファニーの体を見る。

「す、すみません、見られると恥ずかしいですね……」

「ああ! そうだね、私もすまない。綺麗だからつい見てしまった」

「え?柄の様に見えますか?」

「いや。旦那に愛されていることがわかるということだよ」


 リリィに言われファニーは真っ赤になった。このまま湯が沸くのでは?とリリィが思う程。


 ファニーはつい、初めてライザーと触れあった夜を思い出した。

 ライザーの大きな手が自分に触れるのがこんなに幸せなのかと驚いた。そして、快楽に翻弄され朦朧としていると、体を裂かれるような痛みに襲われた。その痛みに慣れ、ライザーの熱を感じ、彼の優しい目に見つめられ、何が起きたのか理解した時、痛みの時とは違う涙が溢れた。

 翌朝、全く起き上がれないファニーを甲斐甲斐しく世話をしながら仕事に行くライザーに申し訳なかったが、こうなる事は分かってたと言われ逆に謝られた。

 それでも止めないけどとシレッと言われ、ファニーはやはり真っ赤になった。

 新たな幸せを感じ、日々がより輝くことが不思議で、かけがえのない彼が今日もただいまと帰ってくる。婆様と暮らしていた時とまた違う時間がいとおしい。


 その思いが痕の残るこの体を綺麗に見せるのなら、リリィもアロルトに確かに愛されているということ。

「リリィ義姉さんもアロルト義兄さんに愛されているから、綺麗なんですね?」

 キョトンとするリリィを可愛いと思いながら、さっきから気になってる模様を見つめる。

「フフフ、そうだよ。私は元奴隷娼婦なんだ」

「え?」


「この刺青はその時の飼い主の趣味。たくさんのお客の前で踊りながら服を全部脱いで、一番の値をつけた人と寝るっていう仕組み。私がいた店では結構流行ったんだ。で、ある日アロルトが客として来ていて、私に一目惚れしたと言ってその日の内に即金で私を身請けしたの」

「ほおぉぉ!情熱的ですね!」

 目を丸くして頬を染めるファニーに、少し気恥ずかしい。リリィにとって大事な思い出。


「私はもっとずっと南の方に住む、気性の荒い民族出身なんだ。農業の合間に余所の部族と土地を掛けて争うようなところ。ある年にひどい日照りがあって、近くのほとんどの部落が軒並み不作で、食いぶちを減らすのに身売りすることになった。うちでは私がそれに丁度良かった。まあ娼婦も二食昼寝付で雨風しのげる生活だったから、面白くはなかったけどそれなりに過ごしていたよ」


 婆様が似たような話をしていた。自分の責任じゃないところでどうしようもない生活を強いられる人がいる、と。


「ある日飼い主が、私に元々あった刺青に対抗して増やすように言ったんだ。服を脱ぐ時に面白いとさ」

「元々あった刺青?」

「そう。故郷は男女関係なく戦うところだったから、腕や足だけになっても誰かわかるように、産まれるとすぐあちこちに刺青を入れられるんだ」

「激しい!! あ。だからこのユリの刺青だけなんか違うんですね。何よりもリリィ義姉さんに似合ってます。気高く凛と咲く花。素敵です!」

 リリィが息をのむ。名に因んだ模様だと言う前にファニーは当ててしまったし、なによりアロルトと全く同じ台詞だった。



「これは、ユリか?」

 コトが終わって気だるい中で、ふとアロルトが呟いた。この薄暗い中でよく見えたものだ。そういう故郷だと言うと、他の刺青を消すか?と聞いてくる。今更もういい。自分の生きた証だ。

「男前な女だな。気高く、凛と咲く花か。ユリが何よりもお前に似合ってる。親も名付け甲斐があったな」

 そう言って笑うアロルトに、初めて自分からそっと触れた。


 自身の刺青を褒めた男と添い遂げると幸せになれる。

 故郷では女だけにそんな言い伝えがあった。もちろん絶対のことはなく、血を流す夫婦喧嘩も多い故郷だったが、故郷から離れたからこそ、その思いは強かった。

「趣味の悪い全身刺青だと思ったが、お前が凛としてるから良い感じに見えてくる。良い女を見つけた。金で済んで良かったわ。他に手に入れる手管が無いからな!」

 アロルトは笑ったが、無理やりの照れ隠しなのが丸わかりだったのが可笑しくて、リリィも一緒に笑った。



 あ、笑顔が変わった。

 何がどうとは説明できないが、ファニーにはリリィの雰囲気が少し変わった気がした。

「私の部族は戦闘民族だから警戒心も強い。だから、家族と同じことを言う者を大事にする」

「え?」

「あなたはアロルトと同じことを言った。だから、私もファニーをより(・・)大事にする」

 リリィはにっこりと笑い右手を出した。つられてファニーも右手を合わせる。

「え?え?私、何を言ったのですか?」

 焦るファニーの右手を握り、

「それは、……フフッ、内緒」

 とリリィは片目を閉じてみせた。




 

 ~~ライザーの部屋~~



 ライザーのベッドは昔から大きい。今、新居で使っているものくらいの二人分。寝相が悪いわけではなく、広いと気持ち良く眠れるからだ。そして今、実家の自分のベッドにファニーが寝ている。

 長旅で見慣れた少し疲れた寝顔。親兄姉の顔が浮かび、ゆっくり休めなくてごめんと心で謝る。明日は離れない、そう誓ってベッドにそっと入る。

 ベッドの軋む音にファニーが目を開けた。

「あ、起こしたか?悪い」

「……ライザーさんも、いい香りがしますね」

「はぁ……何で俺まで……」

「フフ、お揃い……」

 眠たげに微笑むファニーの破壊力はライザーだけが知っている。眠りかけの姫を起こさないように、唇を合わせるだけのキスをした。ふにゃりと笑うファニーが超絶可愛い。ドレスが似合うとはいえ、可愛い嫁に明日またしんどい思いをさせるのがしのびない。

「明日……頑張りますね……」

「ありがとう。でも辛くなったらすぐ言ってくれよ?」

「はい……」

「おやすみ」

「おやすみなさい……」

 すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。今度はおでこにそっと口づける。


 君が幸せであるように。

 できれば、その幸せに俺も関わっていますように。





 ~~結婚式。その2~~



「「ほおおぉぉぉ!!!」」

 花嫁姿になったファニーを見て、ウリアスとリムリーナが口を開ける。

「どうぉ?素敵でしょう?」

「おひめさま!」

「おばあちゃん、すごい! おばあちゃん、まほうつかいみたい!」

「私達も手伝ったんだけどな~?」

「まま、すごい! リリィもおひめさましたい!」

「よし!リリィも変身しよう!」

「ウリアスは私が変身させるよ」

「ママもまほうつかい?」

 子供たちを着替えさせる為に別室に連れて行く。そして、支度部屋には満足気な姑と魂が抜けかけた花嫁が残った。

「……お義母さん、前より手が込んでます……キラキラしいです……歩くの恐いです……」

「そう?前と違って今回は派手にできるから、商会総出で仕上げたのよぉ。前もなかなかの出来だったけど、これも良くできたわぁ! やっぱり花嫁衣装を作るって楽しいわぁ。ありがとうね、ファニー」

 そう優しく微笑まれては文句を言い辛い。いや、自分が着なければファニーだって大喜びなのだ。見る分には派手なものだって大歓迎なのだ。

 だから。前回とはまた違う意匠で、素人には素晴らしいとしか言えないドレスに袖を通す恐ろしさを誰かに変わってほしいと強く願う。

「大丈夫よぉ。うちは洗濯だって上手な人を雇っているから、多少汚れたって平気よぉ」

「あ。その方に洗濯を教わってもいいですか? ライザーさんの隊服の染みが取れなくて、その方法を知りたいです」

 イリアの目が丸くなる。美しく着飾った娘が洗濯の方法を知りたいと息巻いている。今、盛り上がるとこソコ?

「ふ!ふふふ、あははは! は~可笑しい。そうねぇ、ついでに絹の洗い方も教わりなさいな」

「きゃーっ!誤魔化したのに~!」

 動きたくても動けない、百面相をするしかないファニーがイリアは可笑しくてしょうがなかった。



「「おおぉお~!」」

 ライザーとファニーが向かい合ってお互いを讃えている。相手の衣装が前回より手が込んでいること、それがまた似合っていることに感動し、自分だけが恥ずかしがっていられないと奮い立つ。

 真剣な目で頷き合いガシッと腕を組む夫婦の後ろで、イリアはついに腹をかかえて堪えるのだった。



 馬鹿じゃなかろうか……

 ライザーは、二頭立ての豪華な馬車を見て途方に暮れた。正に絵本から飛び出した様なデザインの馬車にげんなりしていると、隣ではその絵本仕様に目をキラッキラとさせている嫁がいる。

 ……くっ!最後の結婚式だ!やりきれ、俺!

 ……可愛い嫁のため。可愛い嫁のため!可愛い嫁のためっ!!

 ライザーは呪文を唱えた。



 ありとあらゆる知り合いがひしめく教会の中、厳かな音色に合わせライザーとファニーがゆっくり歩く。その後ろでは、子供らしく着飾ったウリアスとリムリーナが長い長いベールの裾を持つ。緊張しながらも誇らしく歩く二人に和む。

 祭壇での神父の唱える誓約に二人で誓い、口づけを交わす。拍手の中祝福された夫婦が振り返ると、その美しさに教会がどよめいた。

 傷の無い花婿は涼やかな美丈夫で、豪奢なドレスを身に付けた花嫁は春の妖精のような可憐さがあった。ふと、花嫁が花婿にささやく。花婿はフッと微笑むと軽々と花嫁を横抱きにした。

 女性客から歓声があがる。

 はにかむ花嫁に、今度は男性客から歓声が。

 そしてほくそ笑む、ダーナット商会の人々。

 いつの間にかキラキラと舞う紙吹雪の中を悠々と歩く花婿。祝いの言葉を投げ掛ける友人たちに目礼を返し、そのまま教会の外へ出る。それに合わせて花火が一発あがる。一拍おいて、晴れ渡る青空の中、花吹雪が舞った。

 教会周辺を巻き込んだ花吹雪は、まるで神からの祝福のようだったと後日言われるようになる。


 馬車のそばにお揃いの衣装を着たシードとマルスが立っていた。ライザーは嫌な予感がした。

「よぉ。次は馬車でねり歩きだぜ」

「俺たちが先導します」

「……まだ、恥をかけと?」

「そ。五分の道のりを三十分かけて家に戻るようにだと」

「根性で笑顔を張り付けろと、大旦那若旦那大女将姐さんからの言い付けです」

「わ、わかりました。頑張ります」

 その四人からの命令は絶対である。

「二人はいつも通りイチャイチャでいいから、たまに観客に手を振ってくれや」

「はぁ……努力する」

 ライザーはファニーを抱いたまま馬車に乗り込む。優しく妻を座席に降ろすと、心配そうに覗きこんだ。

「水をもらうか?」

「大丈夫です。本当に緊張で腰が抜けただけなんです。あんなにたくさんの人に見られてたなんて……びっくりしました。それに、派手ですけどこのドレスとっても軽いんです!暑くもないし全然負担じゃないですよ」

 そうか、と息をつく。確かに見た目より軽かった。

「今日は天気が良いから、ファニーの具合が悪くなりかけたら急いでくれるか」

「「了~解!」」


 そうして馬車は動き出す。

「ありがとうございます、ライザーさん」

 妻のはにかみにグラリとなりかける。

「いや、さっきは申告してくれて良かった。頼ってもらえて嬉しい」

「フフ。頼りがい有りすぎで、腰が抜けても安心です! でも重いですよね、すみません」

「ハハッ!まだまだ太れ。ウリアスとリムリーナを同時に抱っこしたようなもんだった」

 そんなわけないですよ~!もっとありますよ!とふくれる顔も可愛い。


「あの、ところで、どのタイミングで手を振ればいいでしょうか?」

「俺も知らん。困ったな……」

 すると、沿道から子供の声で「おひめさま~!」と聞こえた。 ハッとして顔を見合わせた夫婦は、その声の主に笑顔で手を振る。その子供の周辺で歓声があがる。

 よし、これだ!

 それからは指示された通りの振る舞いができ、家に着いた時には顔が引きつった新郎新婦がいた。


 途中の「王子さま~!」の掛け声に、先導の二人は帰り着いてから腹筋がつったようだった。笑いながら痛がる二人を新郎は蹴飛ばした。





 ~~その後~~



「来た来たー!」

 紙束を掲げてミリエアがシードと共に居間に駆け込んできた。

 両親、兄夫妻、ライザー、ファニー、ちび二人が注目する中、卓に書類を広げる。

「ほらね! 見本があるとわかり易いって、こういうのもいけるでしょ?」

「あらぁ、狙ったところが来てるわねぇ」

「ハハッ、派手にやった甲斐があったな~」

「いや麗しき新郎新婦のお陰だな。値段設定はどうする?」

「もちろん「妖精のドレス」は特別品ってことで、貸し代はこのくらいは吹っ掛けるわ!」

「あらあら、それじゃ新しく作った方が安いんじゃない?」

「そこも売りにするのよ!ドレス作り楽しいもの!新たに雇用ができるわ。でも皆「妖精のドレス」が着たいみたいで、そればっかりなのよ」

「それはそれは妖精が幸せ一杯に見えたもんな~。父さんは涙も出なかった」

「あらぁ、息子の晴れ姿なのに」

「二人並ぶと絵のようだったからな~。現実離れしてたからかな」

「写真屋も、妖精を店先に飾らせてくれって土下座だったもんな」

「それで割り引きしてもらえたから良かったわぁ。妖精様様ねぇ」

「とにかくこれで妖精事業をひとつ追加よ父さん兄さん! 任せてよね!」

「よし、良いだろう」

「程々にしろよ。従業員はお前ほど丈夫じゃないからな」

「よし! まずは「妖精プラン」を軸に結婚式事業を展開するわよ~!」


「なあ。あんまり妖精妖精言わないでくれるか?ファニーが倒れそうだ」

 ライザーの一言にファニーを見ると、今にも湯気を吹き出しそうな程に真っ赤になってライザーに隠れるようにしゃがんで袖をつかんでプルプルしていた。





 ~~ピアス~~



「ピアス、つけてきてて良かったな。妖精姿をもう一度見せられたんじゃないか?」

「もうライザーさんまで、妖精ってやめてください~」

 ぽこぽこと叩かれても全く痛くない。リムリーナの飛び蹴りの方が余程きく。……ふむ。

 ファニーを自分の体で包むと、すぐに体重を預けてくる。

「少し寝るか」

「う~、昨日たくさん寝たはずなのに~」

「ゆっくりしても店は無くならないよ」

「フフ。まだ迷ってるんですけど、選ぶの楽しみです。早く行きたいです」

「ゆっくり休んで体調を整えて、他の店もたくさん見てまわろう?」

 ファニーの呼吸がゆっくりになってきた。頭にキスをする。

「おやすみ」

「……おやすみなさい」


 ライザーに抱っこされているととても安心する。優しい手がそうなのか、囁くと少しかすれる低い声がそうなのか、彼の匂いがそうなのか、ただ彼が彼であることに安心する。彼に自分の収まる場所があるようで、嬉しい。


 スヤスヤと眠るファニーを見つめる。二人でくっつく格好が馴染んで幸せ。顔にかかる髪を耳にかける。その耳には青い石のピアスがある。逆には赤い石。左右で色が違うのは珍しく、ふと聞けばどちらも婆様が付けていたもので、そのまま形見にと譲り受けたそうだ。


 ファニーが育った地域ではピアスを贈る習慣がある。親から子へ、成人の祝いに贈る。また恋人間でのやり取りも多く、結婚する時にも改めて贈り合う。収入に見合った物を買うので、店にはピンからキリまで揃っている。相手に似合う物を選ぶので、男も女も気合いが他の事と段違いになる。


 ファニーは相手が現れると思って無かったので、今回ピアスを選ぶのを楽しみにしていた。ライザーと暮らすようになってやっと買う余裕が出たのだ。高価な物は無理で申し訳ないが、心を込めて選ぶと気合いを入れていたところに二度目の結婚式である。 出鼻を挫かれて体調も少しおかしくなったのだろうか?

 まあ、濃い家族で申し訳ないとしか言えないのが申し訳ない。


 コンコン

 返事をする間もなくドアが開き、絵本を抱えたウリアスとリムリーナが覗きこむ。

「悪いな。ファニーは寝てしまったから静かにしてくれるか?」

「おなか痛いの?」

「いいや、疲れただけだよ。たくさん眠れば元気になる。代わりに俺が絵本を読もうか?」

「「うん!」」

 元気に返事をした二人は、ハッとしてお互いにシーッと人差し指を立てた。ファニーをベッドに寝かせ、自身はソファに移動する。ライザーの両脇に陣取った二人は、それだけで楽しいのか笑っている。


 夢を見た。

 ライザーが子供を抱っこして絵本を読んでいる。お茶を飲む婆様に焼き上がったお菓子を持って行くと、子供がライザーの膝から降りて自分に駆けて来る。

 ああ、夢だ。

 夫と母が優しく微笑んでる。

 ああ。


 ふと目を覚ます。

 目の前のソファに、三人が絵本を広げたまま寝ている。

 ああ。

 幸せ。




 ~~ピアス その2~~



「ファニーのピアス、青い方はガイスのだろ?」

「おや。気付かれましたか」

「「もしもの石」だろ? ファニーは呼び名は知らないようだ。婆様の形見だって言ってたよ。どういうくだりでそうなった?」

「……若い頃、仕事でヘマをして彼女の家の庭に倒れたのを手当てしてもらったんです」

「それから?」

「まあ一目惚れでしたから、どんどんと攻めましたよ。「もしもの石」を捧げるくらいに」


 「もしもの石」とは、ダーナットに仕える草だけが持つ物である。自身に何かあった時に引き換える物。ダーナットの主人から草の(かしら)を通じて渡される。小さいが上等なサファイアを二個。無くさないようピアスに加工することが多い。頭は必ず、これぞと思う女に渡してもかまわん、と笑いながら言う。生き長らえるのも、女を口説くのもコツがいる、と。

 ガイスは彼女に会うまで自分にはあり得ない事だと思っていた。


「それでも結局フラれたのか」

「そうですよ。一度は受け入れてはもらえましたが、私は血臭の絶えない男でしたからね。平穏を望んで土地を渡る彼女を最後には見送りました。その時に、お互いの証にと交換したんです」

 お互いへの(・・・・・)愛の証(・・・)に。

 それは今、ガイスの眼鏡の縁に付いている。ファニーは気付いていない。

「……そうか」

「惚れた女に渡した石をその娘が継いで、自分に縁のある男が嫁に迎えるなんて、なかなか無い事です。縁とは不思議なもんですな」

「……そうだな。俺も左遷先で嫁に出会えるとは思ってなかった」

 嫁もその義母も売れば生活が楽になっただろうに、ずっとピアスを身につけていた。

 愛情深い。……ガイスも似た者か。

「まあ惚れた女の娘ですからね。例えライザー坊っちゃんといえど、無体な事をするなら殺しますよ」

「もっと冗談らしいことを言えよ」

「まさか、本気です」

心得(こころえ)ました!」




 ~~帰郷~~



「ただいま婆様。無事に帰りました」

 家に着く前に墓地に寄り、予定通りに帰れたことを二人並んで報告をする。出発前に供えた花を新しいものと取り替える。

「ライザーさんにピアスをもらいましたよ。似合いますか?」

 両耳を出し、淡い桃色の石を指す。柔らかい雰囲気が似合うと即決だった。

「贈ることが出来てひと安心です。これで俺のものって言いやすくなりました」

「ふわあ! ななな何を!?」

「まだ照れるか。俺の事もファニーのものだって言いきってくれよ?」

 笑うライザーの耳には緑の石が輝く。ファニーにとって無くてはならない色。石を見たらすぐに決まった。

「が、頑張ります」

「ハハッ。よろしく」

「じゃあ婆様、また来ますね」

 そうして手を繋ぎ、お土産をこれでもかと詰め込まれた馬車に乗り、墓地を後にする。


「静かで寂しい?」

「フフ。実は少し。賑やかでしたね!また行きたいです」

「帰りは馬車酔いしなかったから、このクッションが有れば移動しやすいな。そうなると、年に一度か二年に一度は行けるか?」

「ええ?嬉しい!」

「化粧水の売上げが結構あったみたいだし、それを旅費に使ってもいいならだけど」

「あれは、びっくりしました……」


 ミリエアが強奪していった化粧水は王都で大流行していた。宣伝が良かったと思うのだが、結婚式がとどめだったのよ!とミリエアは言い切った。

 あの妖精花嫁が使っている。との触れ込みに大爆発。生産待ち状態だとか。義姉、義母の黒い微笑みに、詐欺にならないようにと釘を刺した。


「リムリーナがもう少し大きくなったら、ウリアスとこっちにも来られるかな」

「それも楽しみですね!」

 まるで兄妹のような二人は、見送りの時にギャン泣きだった。子供に縁のなかったファニーには困惑するしかなかったが、ライザーがまた来るからと言うと、絶対だからね!!と指切りさせられた。

「会えない間は手紙でも出して誤魔化そう。よろしくな」

「え?私ですか!?」

「だって俺、始末書は得意だけど、手紙は苦手なんだよ」

「私、書いたこと無いんですけど……」

「じゃあ、チビたちとお互いに練習ってことで」

「ライザーさんも練習しましょうよ! 私とでいいですから!」

「じゃあ、もっと駄目だ」

「何でですか?」

「愛してる、可愛い、抱きしめたい、その髪を触りたい、キスしたい、」

 真っ赤になっていくファニーを横目で見ながら挙げていく。

「毎回書くことが同じになっちゃうからな」

「っ、も、も~!」

 ライザーの腕に隠れようとする様子に笑うと、袖をツンツンと引っ張られた。

「私も、愛してます」

 小さいけれどはっきりと聞こえた言葉に、ライザーがほんのり赤くなる。

「フフ。ライザーさんも赤いですよ」

「……参った」

 丁度自宅に着いたので思いきり抱きしめる。そして、抱き返される。

「お帰り、ファニー」

「……ただいま。ライザーさんも、お帰りなさい」

「ただいま」


 ああ、このままベッドに行きたいがそうもいかん。とにかく荷物を降ろして、お土産を仕分けて、もう夕飯は食堂に行こう。その時に貸し馬車屋に返して、

「また、二人生活ですね。よろしくお願いします」

「……ああ。よろしくな」


 そう言って、キスをした。




 おしまい。








お疲れさまでした!

あれもこれもと、思いついたものを詰め込みました。

毎回完結設定にしてるのに、ちょいちょい出してすみません。


お読みいただき、ありがとうございましたヾ(*>∇<*)ノ



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