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面食い王女  作者: 梨本裕
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中編

 勇者の顔は、言うなればとても端正なものだった。

 私の国は一般的に、高貴な者ほど色素が薄く、市井の者ほど落ち着いた色合いになる傾向がある。これは貴族が近親婚を繰り返してきたため、当然と言えば当然の結果だ。

 もちろん例外は存在するし、たかが色素の違いで差別するとか、そういう幼稚な迫害は存在しない。但し真の幼稚な人間を除く。貴族がそんなはしたない真似を、と国の将来を一国の王女らしく憂いに暮れることもあるが。おっと話が逸れた。

 ともかく。私も一般的な例に漏れず、金髪碧眼の典型的なお姫様カラーの人間だ。だって前世は庶民でも今はお姫様だもの。対する勇者は黒髪に黒目。日本人らしい見た目だ。


「あ、あの……」

「何の説明もなく、突然こちらにお招きしたことをどうかお許しください。ですが、ですがどうか! この世界をお救いください!」

「その、ですから」

「ああ、名乗りが遅くなりました。私はこの国の王でございます。こちらは娘のアリシア」

「初めまして、勇者様。アリシアと申します」


 一度にまくし立てられ、挙動不審になっている勇者様は、それでも見苦しくない。やはりイケメンは何をしても様になるのだろう。


「勇者様のお名前をお伺いしても?」

「あ……カイト。カイト・アンドウです」

「カイト様とおっしゃられるのですか。素晴らしいお名前ですね」


 あんどうかいと。生憎と漢字はわからないが、十中八九彼は日本人だろう。

 あー、イケメンうめぇ。今なら瞼の裏に焼きついた彼の姿を肴に、何杯でも酒が飲める。最近キラキラしいのばかりで飽きがきていた。そんなところに(いろんな意味で)救世主の彼が現れた。私は非常についている。

 胸の内は合コンにはびこるメスの肉食獣に劣らない。鍛え上げた面の皮で極上の清楚を気取りながら、私は勇者という獲物をがっつり観察する。


「頼る者がおらぬ世界に、突如放り込まれた心情、お察しいたします」

「はあ……」

 まあ拉致ったのは私達だが。

「心細い時はいつでも、私を頼ってくださいませ」

 ここですかさず勇者の手を取った。これぞ王女の特権、ヤバいめっちゃ手すべすべ。これがいずれ剣を握る手になるのか。将来が楽しみですな。頼むからうちのムサイ軍人のようにはならないでおくれ。


 今日この時から、この世界で最も過酷な道を歩むことを決定づけられたのは目の前にいる勇者様だ。彼は見知らぬ世界に他人の事情で放り出され、他人のために命を張って強敵を打ち倒さねばならない期待を背負う。

 非道? 好きにおっしゃい。こっちだって命かかってんだ。人間死ぬ気になりゃいくらだって他人を犠牲にできるんだよ。たとえそれがイケメンでもな。


 しかしいくら我々が非道だとしても、ほんの僅かな情から彼に国の精鋭を仲間につけてやり、無事魔王を倒した暁には褒美をくれてやる約束を取り付けた。

 出発は約一週間後だ。この国に情が移る前に早く行って欲しい。情なんかが湧くのは旅の途中でいいからさ。じゃないと旅立ってくれなくなるだろ? 私の観賞物になってくれたその後はハーレムでもなんでも築いてくれたらいい。


 準備期間中、それはそれは私は勇者に目をかけてあげた。様々な意味で。いや、断じて深い意味はない。こちらの世界の勝手がわからない彼に幾度も助言を差し上げただけだ。その度に彼は端正な顔にほんのりと色を乗せて、恥ずかしそうに苦笑いするのだ。あー、本当にごちそうさま、だね。

 そういうわけで彼は魔王退治へと出立した。以上が私と彼の出会いである。彼がうちの腕利きの近衛騎手と剣を交え意気投合しただとか、陰気な魔術師に気に入られただとか、世界のどこかで四天王とかいうやつが魔王復活の儀式をしているとかいうフラグが立っただとか。何かイベントらしきものがあったとしたらそれぐらいなもので、これ以上話は掘り下げられないわけだ。


 しかしこれでは物語の都合上、何の面白味もないわけで、仕方がないので私と勇者の会話でも取り上げようと思う。


 例えば食事の最中での話だ。

「この不思議な身は何ですか?」

「これは我が国の特産物なのです。甘い芳香と固い殻が特徴で、こうして身を割ると中の実が出てくるのです。このまま食べる人もおり」

「へえ。ああこれが実なんだ。どれどれ……うっ」

「食べる人もいるのですが、実は渋く、殻に残った実を食べるのが正しい食べ方であって……って、遅かったですね」

「ゲホッ、ゴホッ……そういうのは早く言ってください!」

 申し訳ありませんと口では謝罪しておいたが、その時の彼の様子は眼球というレンズで、脳というフィルムにばっちりと記録しておいた。抜かりはない。イケメンはむせる姿でさえ絵になった。ちなみに彼に猛烈に渋い実を食べさせたのはわざとである。


 例えば訓練場で勇者が剣を振り回していた時の話だ。

「勇者様、剣にはもう慣れましたか?」

「いや……ちっとも。武器には縁のない世界にいたものだから」

 どことなくしょんぼりと彼は言った。確かに素人の私の目で見てもわかるほど、勇者の型は全くなっていなかった。

「そうですか。でも大丈夫。どんなに軟弱な人であろうとも、勇者であるからにはすぐに強くなれますから」

「はあ、ありがとうごさいま…………ん? 今軟弱って……」

「あら、あちらにいるのは猫かしら? だめね、勝手に逃げ出したら」

 うふふふと笑うと、つられて勇者もあはははと笑った。そうすると会話の内容は忘れたようで、彼が単純であって助かったものだ。猫には首輪をつけておかねば困る。


 とまあこのように、僅かな期間に私はイケメンをからかい、そしてイケメンを堪能するという実に有意義な日々を過ごした。




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