ラストホイッスル
「さよなら」
芝生を踏みしめる足音と、涙声。
「また今度ね」
そんな嘘、吐かないでよ。
「バイバイ」
最後のホイッスルが鳴った。
滴り落ちた汗は、雨に紛れて消える。
歓声の嵐、涙の洪水。
複雑な恋は、終わったんだ。
時は遡り、1週間前―――
「引退試合ってどことだっけ?」
「覚えてないの? 里崎高校だよ」
サッカー部員の刈羽 眞輝と、マネージャーの私、矢島 千流。
部室棟の扉の前、私たちは目前に迫った引退試合の話し合いをしていた。
「シュート決めてえな~」
「眞輝はFWじゃないでしょ。SBなんだから、しっかり守備してよね」
私の言葉に、眞輝は不満そうに言い返してくる。
「だってさ、シュート決めたらかっこいいじゃん?」
気持ちはわからなくもないけどね。
サッカーの試合で一番おいしいシーンは、やっぱりシュートを決めたところ。
「シュート決めたらモテること間違いなしなのに……」
前言撤回!
モテるためにサッカーをやるなあ!
「千流! 眞輝! 早く集まれ。集合かかってるぞ?」
「幸斗先輩! すみませんでした。ほら行くよ、眞輝!」
「は~い」
あくびをするんじゃない!
なんでこんな適当なやつが、スタメンとれるの……。
「疲れた~」
自宅に戻り、私はマイルームのベッドに倒れこむ。
マネージャーの仕事はかなりハード。
「あっ!」
明日の練習メニュー先輩に渡してないや。
明日部活前に渡すか……。
早くしないと部活始まっちゃうよ~。
幸斗先輩、幸斗先輩っと。
部室かな? だったら入れないじゃん。
とりあえずノックでもしてみるか……。
そう思った矢先、サッカー部員―――綾南 龍と眞輝の会話が聞こえてきた。
「眞輝~。おまえまだ加久藤に告んないの?」
えっ……。今なんて言ったの?
告白する? 眞輝が?
ふるえる指で、ドアをそっとノックしてみた。
「幸斗先輩居ますか?」
重い鉄扉が、音を立てながら開く。
出てきたのは、さっきまでボーイズトークをしていた眞輝。
嫌だ。顔、見たくない……。
「千流? 幸斗先輩なら、職員室に……、なんかあったのか?」
「なんでもない。ありがと」
うつむいたまま、私はその場を立ち去ろうとする。
そのとき、私はうっかり涙を落としてしまった。
「なんで泣いてんの?」
「泣いてないから。なんでもないから」
捕まれた右手を振り払って、校舎へと走る。
手首にうすら残る感触は、なかなか消えなかった。
「疲れた~」
今日はいつもよりつかれちゃった。
思いっきり泣く……! はできないし。
携帯のプッシュ音の後に、すぐ聞こえてくる呼び出し中の音。
「もしもし、千流?」
「……うぅ。妃奈子ちゃ~ん!!」
「千流!?」
電話の相手は、夢前 妃奈子ちゃん。
中1からのつきあいで、よき相談相手。
「なるほど……。刈羽が告白しないのかって話を、綾南としてたってわけか~」
しどろもどろに伝えても、妃奈子ちゃんはいつもわかってくれる。
話さなくてもわかりあえるって、こんな感じなのかな?
「失恋確定だよね……」
「でも、月子ちゃんが刈羽を好きかはわかんないよ?」
妃奈子ちゃんの言葉に、私は揺れていた。
図々しいかもしれないけど、好きになってもらえるかもって。
「恋は図々しいぐらいがちょうどいいんだよ」
その一言が、私にとどめを刺した。
「私……、頑張る!!」
「頑張れ!!」
そんな感じで、妃奈子ちゃんとの電話を切った。
頑張ると言ったはいいけど、やっぱり内心後ろ向き……。
眞輝の好きな女の子、加久籐 月子ちゃんはなかなかかわいい。
人当たりもよくて、ふつうにモテているから、勝ち目があるなんて、簡単には言えないよ。
昨日の事件現場―――部室前。
今日は妃奈子ちゃんと一緒にきた。
「よーし、決めた!! 引退試合でシュート決めたら、告白する!」
その言葉を聞いた瞬間、私は手に持っていた部誌を落としてしまった。
「千流?」
妃奈子ちゃんが、私の顔をのぞき込んでいる。
作り笑いも、繕えない……。
「どうしよう、妃奈子ちゃん。私、もう眞輝を応援できないかもしれない……」
震える声で、私は妃奈子ちゃんにそう告げた。
「落ち着いて、千流。自分の思いは一回切り離して、今は部活に集中しな」
「……うん」
子供みたいに泣きじゃくってうなずく。
でも、心は納得してなかった。
そして、来てほしくなかった引退試合の日が来てしまった。
0―0のまま、後半に入る。
お願い、勝って。
でも、眞輝が決めないで……。
私が目をつむった瞬間、運命は決まってしまった。
「ナイス、眞輝!」
「よく決めたな~」
「おいしいとこ、持って行きやがって!!」
ふと目をやった相手側のゴールには、立ちすくむキーパーと、動きの止まったボール。
「決めちゃった……」
そのまま残り5分、一点を守りきった眞輝たちは、引退試合で勝利をおさめた。
審判のホイッスルで終わったのは、試合だけじゃない。
私の恋も、終わらせたんだ―――。
『また、今度ね』
今度は来ないから……。
『さよなら』
恋のフィールドに。
『バイバイ』
眞輝への思いに……。
ラストホイッスル――――
私は、一粒の涙を零した。




