千葉敬介
千葉敬介。
悠一と涼太の担任教師。数学担当。
気さくな性格で生徒や保護者達に人気。
小さい頃から肉が食べられなかった。
豚肉鶏肉牛肉ラム肉一般的な肉はおろかワニ・ラクダの特殊な肉も駄目だった。
体が肉を受け付けず匂いを嗅いだだけで気持ち悪くなり無理に食べようものなら激しい嘔吐に襲われ吐き続ける。
赤ん坊の頃何も知らない母親が食べさせた鶏肉により嘔吐し病院に緊急搬送され分かったらしい。
一応検査はしたが嘔吐の原因は不明。母親は偏食なのだろうと軽い考え方をし事ある毎に肉類を食べさせその度に俺を病院に搬送させていた。
これには母親を溺愛していた父親も怒り、親族に至ってはブチギレし母親を責め立てた。
母親はただの好き嫌いだと思い躾をしただけだと反論。食べる度に嘔吐するのにただの好き嫌いなだけの筈が無いのは分かるだろうに母親は自分は悪くないと泣きわめいたらしい。
結局、両親は離婚し暫くは父親と2人で暮らし育った。
両親の離婚から数年後。俺が小学校に上がった年。
父親が再婚した。新しい母親はベジタリアンらしく肉類を一切食べない人だった。俺は安心して食事をできる様になった。
再婚してから1年経たずに弟が生まれ俺は初めての兄弟に感動し率先的に弟の世話をやった。
弟も俺になついて仲の良い兄弟だった。しかし弟が成長するにつれ問題が起きる。肉を食べるのだ。
両親は俺の為にできるだけ肉料理を食卓に出さない様にしてくれていたが、そうすると弟が癇癪を起こし両親を困らせた。
俺は両親を困らすのも弟に不自由な思いをさせるのも嫌で自室で食事をする事にした。最初は両親も反対していたが最終的には納得してくれた。
給食を避ける為に弁当制の私立に通い家では野菜を中心にし完全に肉から離れた生活をしていた。
肉の匂いなど数年嗅いでいない。おかげで謎の嘔吐もせず快適に暮らしていた。
しかし安心した暮らしは突如崩壊する。
弟が悪戯気分で昼寝をしていた俺の口の中にミートボールを入れたのだ。意識がない俺はそれでも肉に拒絶反応を起こし嘔吐した。慌てて母親が救急車を呼び俺は病院に担ぎ込まれた。
その日から兄弟の間に溝が生まれた。
弟は俺を気持ち悪いモノみたいに見る様になり俺は弟を見るとあの日のトラウマか吐き気を感じる様になってしまっていた。
それに伴い両親の中もギクシャクしていた。母親は泣きながら何度も何度も俺に謝る。それを見た弟が癇癪を起こしそんな弟に父親が怒る。また母親が泣き出す。悪循環だ。そんな家族が嫌で中学から大学まで寮に入りその間実家には1度も帰らず卒業後すぐ社会に出た。
俺は教師になり忙しいが充実した毎日を送っていた。
俺が25歳の年。転校生がきた。弟だった。
弟を見た瞬間あのトラウマが体を襲った。
体から血の気が引き震え喉の奥が苦酸っぱくなり突き上げてくる嘔吐感。その場で立っていられず座り込む俺を周りが心配する。そのざわめきが聞こえたのだろう。弟が此方を見て、笑ったのだ。
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噎せかえるほど甘い香りに誘われ目を覚ます。
瞳を開けた先にあった光景は不気味で異質な雰囲気の室内。白で統一された壁や床。室内の真ん中に白のテーブルクロスがかかった大きめのテーブル。
これからディナーでも始めるかの様にセットされているシルバーに丸皿。バケットが入った籠に少し飲み口の広いワイングラス。
そしてテーブルの中央には銀色の大きめなホテルパンが空の状態で置いてある。
「...ここ何処だ?」
見覚えのない部屋。一見、清潔間のある個室のレストランの様だが普通のレストランとは何かが違って見える。しかもこの匂い。普通の飲食店では考えられないほど甘く気持ちが悪い匂い。部屋の中には窓や通気孔は見当たらない。あるのはセットされたテーブルに椅子が2脚。そして閉まったドア。
試しに近付こうとして気が付いた。
足首に忌まわしく装着された鉄製の拘束具に。
拘束具の鎖の先は床に打ち込まれており一定の距離以上動けなく設定してあった。
鎖はどんなに揺らしても床に叩き付けてもびくともしない。
代わりに掌が擦れ血が滲む。じわじわと痛い掌に促される様に目尻が熱くなる。床に力無く座り込み自身の体を強く抱き締める。
傷み不安恐怖。どろどろのマイナス感情が混じり溶け絶望を形作る。
「...何でこんな。」
思い出せるのは、強く押し付けられた薬品の匂いがする布地と締め付けられる首の圧迫間。あと酷く形の崩れた笑う口元。
あの笑みはまともな人間の笑みではない。
思い出すだけでも鳥肌が立つ。
できるだけ早くここから逃げ出さないと。
足に力を込め立ち上がろうとして、異変に気付く。
視られているのだ。あの視線に。
真っ直ぐ目の前から此方を嘗め回しなぶる様に恍惚な瞳で視ている。
奴の手に握られている鋸の刃が鈍く光った。
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「マジで気持ち悪いんだよ。あんた。」
弟と再会したあの日以来、弟は俺の前に姿を現せなかった。正直、ホッとしていた。
弟との再会は最悪だった。あの出来事はもう何年も前の事だから大丈夫だと考えていたがあの日はあの後も気持ち悪さが続き見かねた同僚が仕事を肩代わりしてくれた。
本当に最悪だ。自分の醜態を晒した挙げ句に周りに迷惑をかけてしまった。そんな自分に自己嫌悪してしまう。出来れば暫くは弟と会いたくない。それが無理な話だとは分かっているがそう願ってしまう。
そんな駄目な俺の思いを弟は軽々しく踏みにじってくる日は唐突に訪れた。
放課後の廊下。弟は俺を見るなり俺を強く罵る。
静かな廊下に弟の声が響く。換気の為に開けてあった窓から吹く風が弟の香りを此方に広げる。
気持ち悪い。
込み上げてくるモノを必死に抑え込む。
気持ち悪さと息苦しさで目尻に涙が溜まる。冷や汗が全身を包む。
何分そうしていただろう。
気付くと弟の姿はなくなっていた。
その場に座り込み額から流れ落ちる汗を袖で拭いた。何も考えたくなかった。
その日を境に弟は俺の前に姿を表し始めた。
俺を罵り俺の滑稽な姿を笑いに。
弟は必ず俺が1人の時に現れる。だから可能な限り1人にならない様に頑張った。同僚に頼んだり生徒達と一緒に居たりした。そうすれば弟は俺の前には現れない。
平和な日々が戻ったと思っていたのに。
弟はとことん俺を苦しめたいらしい。
「義理の母親に自宅の合鍵渡しとくとかあんたの頭沸いてんじゃないの?」
溜まった仕事をなんとか終わらせ1人暮らしの自宅に帰ると中には弟が居た。
「..なん..で?!」
絞り出した声は掠れ震える。
「なんで?そんな事も言わないと分からないわけ?」
にたりと笑う弟。徐にポケットから1枚の写真を取り出す。写真にはしゃがみ込む俺とそんな俺を心配し顔を覗き込む同僚が写っていた。
「これさぁ、事情を知らない奴が見たらどんな風に見えるのかね?」
「...っ!!」
その言葉の意味に血の気が引く。
つまり弟はこう言いたいのだろう。
男性教諭達がキスしているみたい、だと。
実際、そんな事実は無い。同僚には可愛い奥さんと子供がいる。仲の良い家族だ。
でも、もしそんな噂がたったら。
「あはっ。良いね、その顔。」
弟は嬉しそうに笑う。
その姿は幼く愛らしい。でもそれ以上に気持ちが悪い。
一体何が彼をこんなに歪めたのか。
気を抜いたら吐き出しそうな口元を抑え耐える。
この場から逃げ出したい。でも今逃げ出したら弟は写真を躊躇なく学校中にばら蒔くだろう。そんな事されたら俺も同僚もただでは済まない。学校や社会は異物を嫌いそれが真実であろうとなかろうとお構い無く排除する。
同僚は家庭がある。こんないざこざに巻き込む事など絶対にしてはいけない。
俺は震える手で財布を取り出し弟に差し出す。
まだ給料日前だが高校生が遊ぶぐらいの金銭は入っていた筈だ。
「..金なら好きなだけ用意..するから。だか..っ!?」
衝撃と一緒に口内を鉄の味が広がる。
続いて肩と腹にも衝撃がくい込み、その衝撃が引き金となり今まで我慢していたモノが一気に溢れ出てしまう。
「...おぇ....っ。」
消化されきれていないモノと一緒に流れた出る胃液が喉を焼き口内を荒らす感覚。
痛くて苦しくて涙が止まらない。
「本っ当に気持ち悪いよね、あんたって!!」
そんな俺などお構いなしに弟はヒステリックに叫ぶ。
昔から見馴れた、癇癪を起こす弟。
「そんなにあの男が大事なわけ?年下のガキにほいほい財布渡すほど?それとも俺が舐められてる?馬鹿にしてる?ざけてんじゃねーぞ!!」
胸ぐらを掴まれ無理矢理上を向かされる。
吐ききれなかったモノが喉の中で逆流してしまいむせ返ってしまい苦しい。
「そんなに大事なら、俺が壊してやるよ。」
滲む瞳の先にある弟の表情は酷く冷たかった。
頭を掴まれ首筋に顔が埋められる。冷えた表情とは裏腹の熱い唇が鎖骨に当りその箇所を強くそして乱暴に吸い上げ印を刻む。赤い花を咲かす。
弟は何度か印を舐め満足気に顔を上げる。
そしてスマホを取り出し、今しがた自分で着けた印を撮影すると弟は掴んでいた手を離した。殆ど自分で立っていなかった体は支えを失い重力と一緒に床に叩きつけられる。
背中から倒れた為近くの台や花瓶も巻き込み足元に破片が散らばる。
「今撮った画像とさっきの写真。一緒に見られたら逃げ場、ないよね?」
その後の記憶は酷く曖昧だった。
兎に角、気持ちが悪くて気持ちが悪くて。
気持ちの悪いモノを排除する事しか考えれなくなった。割れた花瓶の破片を握った掌から血が流れていて痛い。でも破片は全体が真っ赤に染まっていてとても綺麗だった。
ちらっと視線を動かし足元を見る。
首に赤い花を咲かす弟。さっきまでの気持ちが悪い笑みはなく呆然とした表情は幼く見える。
あぁ。コレどうしようか。
家に置いておくのも問題だし、家に帰す訳にもいかない。外に棄てるのも手間だろうし...。
「...おなかすいたな。」
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「あの時、初めて肉が美味しく感じたんだ。」
震え縮こまる体を優しく撫でテーブルに固定する。
邪魔な衣服は全て引き裂きテーブルの下に投げ捨てる。邪魔なモノが無くなり、目の前にさらけ出された肌は以前に比べると細く青白い。
体の隅々まで撫で回したがやはり以前あった肉は痩せ細くなってしまっていた。
「..やぁ....あぁっ!!」
「だいぶ痩せちゃったみたいだね?ストレスで食事しなかったり吐いちゃったりしてたから仕方ないのかな。あまり痩せすぎだと食べれる所少ないから残念。」
震え喘ぐ事しか出来ない悠一の指を1本1本丁寧に舐める。飴の様に舐める指は少ししょっぱかった。
「体が動かないし全身熱いよね?それはね、部屋の中に充満してた香りの効果。長く嗅いでると神経麻痺が起きて動けなくなるし副作用で全てが気持ち良くなる魔法のお薬なんだよ。」
試しに指を1本食べてやる。
口内に鉄の味が広がり脆い骨ごと噛み砕く。
ゴリゴリした食感が癖になる。
悠一は今まで1番良い声で鳴いてくれた。
その後は無我夢中で悠一を貪った。
弟の時と同じだ。
白い柔肌にかぶりつき肉を引き千切る。口一杯に含んだ肉をよく噛み味わいのみ込む。
噛んだ箇所から流れ落ちる赤い滴を丁寧にすすり舐め回し喉を潤す。
小さく開いた口から微かに聞こえる喘ぎ声と一緒に熱く熟れた赤い舌を愛撫しながら咀嚼する。
あぁっ。なんて美味しいのだろう!!
甘く蕩ける味わい。ずっとずっと食べていたい!!
でも先程から悠一が死期硬直なっている。
これでは非常食にするしかない。非常食は冷凍保存だからどうしても味が落ちてしまう。
生存中に暴食を止められたら1番良いのだがそううまくいかない。
「美味しいと止まらないんだよね。」
やや怠い体を起こし食べ残りを冷凍保存。
味は落ちるけど暫くは食べられる。
今度はどうしようか。
確か悠一には可愛がってる弟と後輩がいた筈だ。
悠一の弟なら兄と一緒で美味しいかもしれない。
後輩は女子だから男よりもっと柔らかいモノを持っているだろう。想像しただけで喉が鳴る。
どっちから食べようか。
「...おなかがすいたなぁ。」
手に持っていた悠一をかじる。
食べても食べても癒えない飢えに笑いが込み上げ声を出して笑うその姿は...。
先生end《偏食人食家の晩餐会》
補足ですが先生の弟君は先生ラブです。純粋ではなくやや歪んでいますがラブです。
特に泣き顔や苦痛の表情をする先生が大好きなドSです。脅して孤立させ自分のモノにしようとした結果、先生に首を刺されて絶命しました。そして先生の人食が覚醒。
ちなみに悠一を食べた場所は先生の自宅(地下室付き一軒家)です。地下室は食事用の部屋。
先生の食事ターゲット標準は弟に似てる事。見た目や声が似てる人が対象。それ以外は食べても一般の食肉と同じで受け付けず嘔吐してしまいます。かなりの偏食人食家さんです。
一応、先生も弟君が好きだったのでそれが影響されてます。小さい頃の事件がなければ先生と弟君はラブラブで幸せになれていたかも。多分。