あるトラベラーの物語~大外れの異世界:導入編~
コメディー:喜劇と思われる小説
ファンタジー:夢や冒険を描いたもの
~小説家になろうマニュアルより~
世の中、予想できないことが平然と起きてくれる時代になったもの。
そう、例えば…
今日は天気いいから近所のスーパーでも行って買い物もしようかしらん、と外に出てみたら。
ここはどこの外国ですかと突っ込みたくなるほど広大な草原と丘、トドメに西洋の城なんて壮観な景色が待ち構えてたりする、なんて。
理解不能な状況に動きが止まってると、白い壁にどこかの国の紋章みたいな幕が下がった城、そこから重苦しい鎧なんか着ちゃった、兵士っぽい人たちがわらわら出てきたりして。
思考停止状態の私の前で兵士っぽい人たちはテキパキと深紅の絨毯敷いて、左右に並んで花道作ったりして。
目に痛いほど鮮やかな赤がどこまでも続いてるのを見て、ようやく意識が戻ってきて。
あまりの展開に怖くなって家へ戻ろうとしたら、そこにはそれはもう立派な樹がせり立ってたり。
ガチャリ、と物騒な音が聞こえたから振り返ったら、とてつもなく嬉しそうな顔をしたオジサンが、ささどうぞと絨毯を示してたり。
虹色の鱗を貼り付けた鎧なんていう、見た目完全に異国…どころか世界が違うオジサンなのに、普通に言葉が通じちゃったり。
まるでアニメやゲームみたいな世界に来ちゃうなんて、世の中、予想できないことが時代になったものねえ……だなんて思うわけ、ないでしょうが!
といっても、ほとんどパニック状態で何か出来るはずがない。あれよあれよという間に城へ連行された私。
花道は城内に入っても続いていて、誰もが友好的な笑みを浮かべてて怖いのなんのって。
そんな状態の私を、兵隊の中でも偉そうなオジサンが案内すること数分。
一際巨大な石造りの扉を、左右の門番っぽい槍持っちゃった兵士が開いた先。
そこが、私の災難の始まり。
…そもそも、『こんなところ』に来ちゃったこと自体が災難なんだけど。
「は、はなよめぇ?」
城に入って、初めての台詞がコレ。この台詞で、全て分かってくれると思う。
「は、はいぃっ!」
「はなよめ……花嫁って、嫁ってことよね…? は? 誰が? 誰の、嫁?」
数分前に、自分がナントカ国のナントカ王子だとか、怖気が走る自己紹介をした男。でもって、数分後にプロポーズっぽい発言してくれちゃった男。
…この方、今何と? なんだか、嫁とか、花嫁、とか聞こえたような気がするんだけど?
アナタノコトヲズットサガシテイマシタ、オレノハナヨメニナッテクダサイ……
初対面どころか、この状況を全く理解できてないのに、薄気味悪い発言をしてくれた王子サマ。その声が脳内でリピートされて悪寒が走る。
「…なに言ってんの?」
「っ? その! ぜひともっ! ぜひとも、俺と結婚してください! お願いしますっ!」
私、貴方の言ってること理解できなくて、にらみ付けてる状態なんですけど?
にらんでるはずなんだけど、王子サマといえば嬉しそうに目を輝かせて、顔赤くしてるのはナゼかしら?
「ぜ、絶対に不自由させません! 幸せにしてみます! ですから、どうか!」
………膨らむ嫌な予感で、背筋に悪寒が走るっ! ちょっと尋常じゃなくキモイんですけど!
絶え間なく押し寄せてくる異常事態も処理しきれてないってのに、私をドン引かせた発言をした男。
見た目はそう、凛々しい王子サマ。
短く切られた柔らかそうな茶色い髪に、ほどよく焼けた肌。吸い込まれそうなほど澄み切った碧眼に、艶やかな唇。全体的に精悍で誠実そうな感じ。
加えて、いかにも王子サマっぽい深紅の服には黒の刺繍がされてて上品さが……って、解説してても鳥肌立つ! きもいわっ! 頬を染めたコスプレ男をじっくり観察だなんてしたくないわっ! そんな趣味、私にはないっ!
ゴメン、生理的にNGなモノを凝視したせいで、頭痛と吐き気してきた。
この実害あるモヤモヤを解消するために机か壁をぶん殴りたかったけど、当然あるわけないし。溜め込むしかないの? このモヤモヤ。
「ええ、ちょっと…それ冗談よね? あ、えっと…冗談でも止めて欲しいんだけど」
「俺は本気です!」
「…やだもう、止めてくんない? 家でたら『異世界』? でもってワケ分からないこと言われてさ。もうどうすればいいのよ…」
「な、なぜだっ? なぜ、俺の本気が相手にされない!」
私の嘆きに対して、頭を抱えて大げさに嘆き返す王子サマ。似合ってるけど、気味が悪い。そして、会話がかみ合ってないんだけど…?
そんな、謎の失望をしてくれる王子サマに集まるのは無数の視線。なぐさめるような、なだめるような、応援してますよ、的な視線。最後はいらない。
「王子、落ち着きましょう。さすがに一言目がプロポーズでは、こちらの女神…いえ、女性は納得しませんぞ、うむ」
「その通りです。まずは、こちらの女神…いえ、この方に詳しい事情を説明するのが先かと」
赤い背凭れに金縁なんていう巨大で立派なイス、いかにもな玉座に座った王子サマ。
彼の周囲に立って話を聞いてた数人の偉いサンぽいオジサン、オニイサンがそんな王子サマをなぐさめたり、アドバイスにならないアドバイスを送ったりする姿は、本当に王子らしいんだけど。
…現実、っていうか三次元で見ちゃうと鳥肌立つほど恥ずかしい。見てるこっちが恥ずかしいとか、どんな拷問よ?
何度見直しても、『ココハイセカイデス』と言われて『アア、ソウデシタカ!』と納得できない私にとっては、大の大人が集団でコスプレして劇をやってるようにしか見えないのよ。
たまらない人にとっては、たまらんシチュエーションなんでしょうけど。
「ワタクシの経験からしては…」
「…え? ちょっとオジサン、なに語りだしちゃってんの? 私のことは?」
「王子、第一、プロポーズまでの道程というのはとても長いもので…」
「そ、そうなのか? いや、だが、俺は…」
「あ、あのぉ?」
「一目ぼれ、結構です。実際、我らもクラリときましたからな。ですが…」
「おおい、おいこら」
このオッサン共、真剣に会話してるように見えるけど、中身はまるでどうでもいい内容だったりしない?
一応当事者らしいのに、何回も声かけて無視されてる私はさ、怒っていいんじゃない?
「つまり、この先の方針としては…」
「あ、あんたら…」
「それは遠回りしすぎじゃないのか?」
「王子、まだまだですな。このぐらいしなければ、女神…いえ、女神を攻略するなど…」
「ちょっとあんたら! そろそろ人の話を聞きなさいよ!」
「な、なんだっ?」
「はいっ?」
そして、この態度である。冗談じゃない。
「あんたらねえ…」
確か、あんたらから『呼び出した』とか言ったくせに、当事者放置とはいい度胸じゃない!
一度口あけたら、あとは勢いあるのみ。眼前の男共に指を突きつける。
「なんだ、じゃない! そもそも誰がアンタみたいな変態と結婚するかっての! 第一、コッチは買い物する気で家でたのに、目の前が城とか! 初対面で求婚とか!」
「そ、それは…」
「ああもう! ホントいい加減にしなさい! 一体なんなのよ、コレ! そろいも揃って人の話に耳貸さないし!」
「……ッ?」
まだ、まだ言い足りな…って王子サマ、なぜか目を見張って硬直中。
「えっと、あの」
「………」
「………」
もしかして私、勢いに任せて余計なこと言っちゃった?
気付いたら、私たちのやり取り見てたオジサンたち、全員動き止まってるんだけど。
「だから、その、とにかく、誰か、この状況、詳しく説明、してって、話、で…」
「………」
「………」
耳が痛くなるほどの静寂が、とっても胸に痛いんだけど…ど、どうしたものかしら。
「……て、てへっ♪」
「………」
「………」
やだ、渾身の微笑みにも無反応。しかもちょっとさ、まるで私がヤバイこと言ったような空気じゃん。
揃いも揃って口と目を開いた姿で固まってるとか、気まずすぎてどうしようもない。
「………」
「………」
不気味な沈黙が続く中、必死に考える、考えます! 考えさせてください!
…分かった。そう、きっと私と向こうで何かこう、すれ違いがあったのよ。それを正せばいいのよ。
私を凝視するオジサンたちから目を離して、コホンと咳払い。
原因は多分、王子サマの発言なんだから…
「初対面で、しかも中身完全アウトな気味悪い人間と結婚とかないでしょ。ンなの、テメエの頭で考えりゃ分かるでしょうが」
さらに追加で。
「っていうか、そもそも結婚有り得ないし。女なら誰もが結婚夢見てるとか、テメエの価値観押しつけんじゃねえよってカンジ?」
最後にアナタの言ってること全っ然わからないんだけど、と笑ってあげれば完璧。
よし、これでやっと平和的でマトモな話し合いができ…
「はうぅぅぅっ? やはり貴方こそ! 貴方こそ俺の、俺の理想の花嫁っ!」
「……は?」
…でき……
「お、追い求めていた、お、おおお俺の理想! 理想がここにいるっ?」
「………」
おいソコ! どうして悶絶する! 反応おかしいでしょうが!
王子サマが興奮した様子で玉座の肘掛を叩き出す……ええと、発狂モード…?
数秒後、私に焦点合わせた王子サマ。なのにすぐさま目を逸らして顔を赤く染め……うわぁ…うわぁ…
「ああ、なんて可憐な…」
「かっ…? 可憐とかその姿で言うな! 気色悪いわ!」
「くぉぅっ?」
「はひぃぃぃっ!」
「なっ? ちょっと! オイコラ、お前らまでなんですか!」
「は、はぅん!」
「も、もう無理ですぅっ!」
つうか、周囲! ギャラリー!
お前らも、どうして目を潤ませて前屈みになったりしてるんだよ! 乙女の前でンな格好すんじゃねえですよ!
なんか、嫌な予感しかしないじゃん! 不安になってきたじゃん! 異臭までしてきたじゃん! マジヤバイじゃん!
一瞬で異様な空間に化けたこの城内。そう、城の中なのよココ。普通、城っていえば荘厳で厳粛なものじゃないの?
そして悶えるオッサンたちを前にした私に、怯えるなって言わないで。無理、絶対無理だから!
だってさ、だって目の前には言葉にならない、文字通り嬉しい悲鳴が行き交う、逃げたくなるような空間が広がっているわけで。
…そう。私は今、まさに未知と遭遇してる……誰か助けてヘルプミー!
「ちょ、ちょっと何よ突然アンタたち! ま、まさか病気? そ、そう、そうね! 医者! 医者よ!」
「あの、ササイ様」
「普通の医者じゃダメよ! あ、頭の医者! 頭の医者じゃないと!」
「ササイ様、落ち着いてください」
「はいっ? なにっ? 医者きたっ?」
「残念ながら、コレに対処できる医者はいません。その、大変言い難いのですが…」
「はいっ! な、なに、ですかっ?」
と、そこで王子一同を蔑みの目で見ていたロウさんが口を開く。
ちなみにこのロウさん、ファンタジーで言うところの冷血な宰相って感じの男性で、今まで私の後ろにいた。ここまで無言だったから存在忘れてた。ゴメン。
どんな役職についてたかは、ワケ分からない世界に迷い込んだ衝撃で素通りしたけど、とにかく偉い人。
そんなロウさんは毎日仕事三昧な、どこか疲れて廃れた顔をしている。だけど、地面から沸いて出てきた変態の中で、普通にマトモで普通に信頼できる人という印象が変わるわけがない。
…ただ、その時の私は周囲の発狂モードについていけなくて、何を言ったかも、何を言われたかも覚えてなかったんだけど。
「この国なのですが」
「は、はい、ですね!」
「落ち着いて聞いて欲しいのですが」
パニック状態の一方で、この強引過ぎるプロポーズ、実は断ったら処刑されたりね? とか思ってた私。
ありそうでそうでもない、でもありそうな嫌ぁな予感に顔が引きつって、心臓バクバク。頭が痛くなるほど、鼓動の音が聞こえてきたのはこれが始めて。
そんでもってロウさんの神妙な顔が、より一層嫌ぁな予感を補強してくれちゃうわけよ。
数秒の沈黙の後、ゆっくりと、疲労のせいか血色悪い唇が開いて、どっかに跳んでた私の思考が現世にカムバック。
「実は」
「は、はい…」
ロウさん、貴方、一体何を言ってくれちゃうの?
「実はこの国ですが……その……肉体的、精神的に責められて、その…悦ぶ人間が非常に多いのです」
「せめ、責められ? え? よろこ…え?」
「特に、そこの、人目も気にせず悶絶してる王子など、近年稀に見たくも無いほどの変態で…」
「ずいい、ち? へん、たい?」
真剣な表情で告げられた言葉が、脳内で少しずつ形を成していく……責められて悦ぶ……多い……悶絶……変態……変態…
生涯でも羅列して聞くことの無い、信じられない単語の数々。
パズルのピースがはまったように、ある瞬間、私はロウさんの言ったことを理解してしまった。当然、思考は停止するし、動きは止まる。
「………」
「重要なので何度も言わせていただきますが、この玉座に座っている変態は特にその傾向が強く、何を言っても…」
「ロ、ロウっ?」
豪華な玉座から動揺の声を上げる王子。そうだったわね、そういえば居たのよね、アンタ。
まあ、人前で変態だの変態だの暴言吐かれちゃ、さすがに怒る…
「も、もっと! もっと俺を罵倒してくれぇぇぇっ!」
「反応違うでしょうが! ヤ、ヤバイ……コイツ、ヤバイわ…本当にヤバイ…」
王子が、本気でヤバイ顔してるのを見て、上ずった声をあげたのを聞いて、確信した。
これは真性だ、と。
思わず天を仰いでも、そこには白亜の石壁が見えるだけ。天井は染み一つなくて綺麗なのに、この空間にいる男共ときたら…
「ないわぁ…」
「はぅううっ? そ、その目つき、その口調に込められた可憐さと威圧感! ま、まさに花嫁に……ッ」
「だから、それはねえって言ってるし。っていうか可憐さって何なの? 意味分かって言ってる?」
「あ、ああぁ……も、もっと! もっと!」
「だ、か、ら! 反応違う! そこは怒れよ! 信じられない…」
「ああっ? も、もう終わりなのかっ? 足りないんだ! た、頼むっ! もう一度、いや、五度ぐらい俺をなじってくれぇぇっ!」
原因は全然知りたくもないけど、目を潤ませて頬を上気させた王子サマ。憧れの人に会ったようなその態度は精神的にクル。
玉座から身を乗り出して、今にも飛びかかってきそうで怖い、怖すぎる! 檻とか用意しといてよ!
「……や、やだ。なにこれ怖い」
「これでも常識や礼儀は存在しているので、襲い掛かることはありません。ですが見ての通り、この国には変態が多いのです。本当に、何故か多い…」
「なっ? ろ、ロウ、変態って、それ、お、俺のことか? 俺のことなのかっ?」
うんざりした様子で、とうとう玉座から転げ落ちたもののヨロコビの声を上げる王子サマ。それをゴミでも見る目向けるロウさん。
でもって、一応主君らしい変態の前でため息ついちゃってるし、最後は口調さえ地に戻ってるし。
「はぁ……ロウ様の視線に癒される…」
「素晴らしい、素晴らしいっ!」
「…貴方たち、せめて彼女の前では普通に対応出来してくれませんか?」
変態の集団を前に、ロウさんは頬を引きつらせつつも忠告してくれるけど。
「ああ、ロウさま……ああっ」
「相変わらず、凶悪な視線…たまらんっ!」
「罵ってくれるロウ様も素敵だけど、こっちのロウ様も素敵過ぎる…うぅっ」
「やはりこの職場、最高だ…っ!」
変態王子を筆頭に、周囲の男共まで、ロウさんの凶悪な目つきを見て悶えてる。
悶えてるわけよ…ムサ苦しい鎧着ちゃったオッサンから、真面目そうな若者までさ。一様に恥らう乙女のようなポーズをとる。もうヤダ、この世界滅びていいと思う。
「現実に、えっと、ここが現実かどうか知らないけど、いるのね、こういうの」
「はい、腐るほどいます。残念なことに、この国は石を投げても変態にしか当たりません」
答えるロウさんの顔は、真剣そのもの。
つまり。
収拾つかない状況を前に、私は一度きつく目をつむって、考える。結論出すのに一秒もいらない。
「分かったわ」
「なにが、ですか?」
「この部屋でマトモなのは、ロウさんだけってこと」
そして、この人以外、マトモな人間がいないということを。
「………」
「………」
ロウさんと見つめあうことしばし。
気付いたら、がっしりと手を取り合っていた。
「うふふふ…」
「はははは…」
この国でマトモのは、彼しかいないと。
この城内で正常なのは、『外』から来た彼女しかいないと。
共に凶悪な眼差しで、引きつった笑みを浮かべるその姿を前に。
王子含めた側近たちは新たな神の誕生に、恍惚の表情を浮かべていたそうな。
そんなこんなで、私の辛く険しく過酷な異世界生活が始まったとさ。
…ホント、誰か助けてぇっ!
後ろ向きで根暗っぽいって言われたから、今回だけは後書きもテンション高めにいきますとも! これでどうよ!
内容がシュールすぎる? シニカルな笑いしか出てこない? そもそもコメディーじゃない? 結構!
これがテンション上げた結果なんだから仕方ない!
これ以上テンション高めの内容&後書きは不可能! 断言します!
と、こんな感じで感嘆符使いまくれば、テンションごまかせると踏んだ作者でございます。もう限界です燃料切れました。いつものローテンション後書き入ります。
今回は自分なりのハイテンションで頑張ってみました。他と比べて漢字量ダウン、横文字アップ、感嘆符の連続だけども、書いてる人間が同一なので、あまり変わらない気がします。つまり、「ハイテンション」と言ってもこの程度だということです、ハイ。
それでも目を通してくれた方、本当に有難うございます。
コレに対して続きを期待する方はいないと思いますが、期待した方がいたら嬉しいものですね(他人事)。
以上




