Menu00:プロローグ
「ああ、暑い……」
私は歩きながら、額の汗をハンケチで拭った。
熱気を帯びた並木道を抜ければ、コンビニがあるはずだ。そこで何か、飲み物を買おう。
目的地までは、まだ距離がある。
別段、急いでいるわけではないのだから、ゆっくり歩けばいい。
「それにしても、今夜の暑さは尋常じゃないな」
私はハンケチを団扇がわりに、夜の熱気のなかを進んだ。
「はやく」
もう少しで並木道を抜けるという所で、何か奇妙な声がした。
蚊の鳴く程度の音量なのに、耳に付いて離れない。
幻聴だろうか。
あまりの暑さに、神経が参ったのかも知れない。
「そっちじゃない!」
気にせず前に進もうとしたら、先ほどの声に制止された。
いったい、どこから聞こえてくるのだろう。
か細いのに、魂を抉られるような鋭い響きだ。
周りを見渡しても、人の姿はどこにもない。
闇に浮かびあがる蒼白い銀杏の葉が、さわさわ、何かを囁きあっているだけだ。
「……」
暑さが嘘のように、その場から消えていた。
「お客様、大丈夫ですか?」
耳の近くで、やわらかい声がした。
鼻をくすぐる香り、閉じた瞼に感じる光が、私の意識をはっきりさせていく。
ゆっくり目を開くと、そこは喫茶店だった。
アンティークに統一された店内には、落ち着いた雰囲気のシャンソンが流れている。
私は店内の真ん中あたりの席についていて、目の前のテーブルには、小綺麗なメニューが置いてあった。
コーヒー、紅茶、オレンジジュース……等々、お馴染みの品名が書き連ねられている。
「ご注文はお決まりですか?」
ふいに、横から声がした。
顔を向けると、ウェイターらしき青年が、微笑を浮かべている。
栗色の髪に、同系色の瞳。彼の飾りない和かな表情は、不思議な安心感を与えてくれた。
「じゃあ、コーヒーを」
注文表を構えている青年に、とりあえずそう告げる。
「かしこまりました」
青年は軽くお辞儀をして、すっと私の視界から消えていった。
それにしても、何故、私は喫茶店にいるのだろう。
自ら来た覚えはないし、連れて来られた覚えもない。
私が悶々としていると、さきほどの青年が、
「お待たせしました」
テーブルにコーヒーカップをそっと置いた。受け皿に、ちょこんと角砂糖がふたつ乗っている。
「最初は、ブラックでお飲み下さい」
私が角砂糖に手をのばすと、青年が穏やかな口調で言った。
「なぜだ?」
「まずは、豆本来の味を、お楽しみください」
怪訝な視線を不快とも思わないらしく、青年は微笑んでいる。
そんな態度に反論する気になれず、私は言われた通りにすることにした。
洒落たコーヒーカップを持って、中身を少しだけ口に流し込む。
「……」
苦い。
だが、それとは違う何かが、私のなかに溢れていくのを感じた。
はじめまして、未熟ながら投稿させて戴きました…。読んでくださったら、それだけで、感無量で御座います。