一般人が来ました -”呪われました”の2作目-
6人は”怪物”が多数出現する、”魔の山”へ足を踏み入れました。
先導するのは、小柄過ぎる人です。身長が”平人族”(世界の最多人種です)の10分の1ほどで、背中に透明な二対の羽が生えて、宙をとんでいます。人の一種で”羽妖精”さんです。その装備から見ると、偵察兵的な立ち位置でしょうか?森の中、周囲を警戒しながら、進んでいます。
7~8歩ほど後を歩いているのは黒く固そうな革のような素材の鎧を身につけた”平人族”の青年さんで、右手に腕より少し長いほどの両刃の剣を抜き身で構えて、左手を開けています。
その、剣の青年の数歩ななめ後方左に、身長が”平人族”の5分の3ほど、ちょうど青年の胸の下あたりの大きさで、お腹回りにボリュームがあって、がっしりとした筋肉質の、長い髭を生やした男の人がいます。彼は”山妖精”とも”坑道妖精”とも呼ばれる人です。彼は、全身を金属製の板で作られた鎧に身を包み、両手で大きな斧、木を切るのではなく戦う為の斧を構えながら、油断なく周囲に目を配り、歩を進めています。
”山妖精”とは剣の青年を挟んで線対称側にいるのは、全身をこれまた金属の鎧に包んでいる、若い女性です。自分の体の半分以上を隠すことのできるほどの大きさの盾を左手に構え、右手には自分の身長を少し超えるほどの槍を持っています。
そして、その盾を持つ女性と、”山妖精”との間、剣を持つ青年の後ろには、すっぽりと体全体を、いくつかの布で、覆い、服に付いているフードを背中側へはねのけた、耳が細長く、身長が”平人族”の5分の4ほどの、華奢な美しい少女が、自分の身長より長い装飾された杖を両手で持って、きょろきょろとまわりを見ながら、歩いていました。彼女は人の一種で”森妖精”と呼ばれています。
最後に、最後尾で背後を含めて警戒している、弓を持った青年が1人おりまして。少し長めの耳と、”平人族”にしては華奢な体型は、彼が”森妖精”と”平人族”の混血であることを意味していました。
先頭を行く”羽妖精”が背後の仲間に合図を送ります、同時にスキルで声に出さないで意志を伝達します。
「先より、敵、数並3」という内容が5人の心に響きます。”羽妖精”は後方に下がり、他の人は武器を構えます。薮の先に現れたのは、”平人族”より一回り大きいくらいの、白い毛むくじゃらな”怪物”で、姿は猿に似ています。
「”吠猿”です。分類は”獣”、弱点は”炎”です」緊張した声で、”怪物”をスキルで鑑定した中央の”森妖精”が仲間に伝えます。そして引き続き、魔法スキルを使用し呪文を唱えます。魔法の対象を一定範囲に拡大するスキルと、攻撃に”炎”の効果を乗せることのできる、魔法スキルを併用して、仲間の攻撃の属性を”炎”に変更させます。
”森妖精”の魔法スキルが使われたのち、弓使いが素早く矢をつがえて放つ。スキルによって1本の矢が複数に分身し、3体の”吠猿”へ降り注いでいきます。矢達は、敵の毛皮の近くで、半透明な障壁のようなものに命中し、その勢いを減らし、地面に落ちました。落ちた矢は、いつの間にか、1本に戻っています。そして、”吠猿”の障壁はこころなしか、その強さを減らしたような気がします。
矢の一斉掃射にひるんだ”吠猿”に両刃の剣を持つ青年が駆け寄り、その勢いのまま、”炎”の属性を乗せた剣を強打のスキルを使用してうちこみます。敵に命中した時、半透明の障壁が瞬時に黄色から、赤色に変色し、消えます。同時に敵の胴へ袈裟がけに斬りこまれた剣が、”吠猿”を両断します。敵は、断末魔の悲鳴をあげたあと、親指の先ほどの水晶をその場に残して消え去ります。
”吠猿”の1体は剣の青年にその太い腕で殴りかかります。青年は黒い革鎧の小手で受けます。青年が敵から拳を受けた所に半透明の障壁が発生して、その衝撃を受け止めます。
「回復いる!?」盾を持っている若い女性が青年に声をかけます。
「HPにはまだ余裕があるから大丈夫、先に敵を削って!」青年が応え、指示を出します。
もう一体の”吠猿”は大きく叫びました。すぐに同種の吠え声が周囲から数体分返ってきます。
「敵、増援、並、左2、右2」”羽妖精”の声なき伝達スキルが、敵の増援を伝えます。
盾と槍の女性は、最初にあらわれた”吠猿”へ槍を突き刺します。スキルの効果で多段突きにとなった攻撃が、敵の半透明の障壁=HPを削りきり、その巨体を串刺しにして、倒します。
”山妖精”の斧使いは右から出現した2対の増援へ進み、両手で斧を振りかぶります。スキルの影響で体の筋肉が瞬間的に増量され、体躯が大きく見えるようになりまして、そして大きな斧を振り回し2体まとめてスキルの薙ぎ払いで攻撃します。”吠猿”のHPは大きく削れて、障壁の色が赤く光ます。が、まだ倒せませんでした。
「く、わずかに足りぬか」悔しそうに言う”山妖精”の側に、”羽妖精”が飛んでいきます。「まかせて!」そして、スキルの残響を使用します。そうすると、瞬時に半透明の”山妖精”が出現して、一瞬前の攻撃を再び繰り返します。僅かしかHPが残っていなかった”吠猿”は胴を薙ぎ払われて倒されました。
幸い残り2体の敵は新たな増援を呼ぶことも無く、6人によって打倒されたのでした。
***
敵を倒して、見通しの良い、いくらか安全な場所まで進んだ6人は、休憩することにしました。
「HPを回復しておきますね」盾の女性が魔法スキルで回復魔法を唱えて、剣の青年のHPを回復させます。一瞬青年の周囲に半透明の障壁が浮かびあがり、青色に染まります。
「……おー、全快だ、ありがとうホリィ」青年が礼を言います。
「”吠猿”を倒したことで結構経験値が入ったようじゃな。どうやらワシはレベルが上がったようじゃが、他のみんなはどうじゃ?」”山妖精”が金属で作られた水筒から、水を飲みながら尋ねる。
「少し、鑑定してみますね……」”森妖精”の魔法使いがスキルを使用します。
「現在、ビアは96レベルですね」”山妖精”へ伝えます。
「リーダは95」剣の青年へ言います。
「ホリィも同じく95ですね」盾を持つ若い女性に言います。
「ハミングは?」小さな”羽妖精”が”森妖精”へまとわりつきながら言います。
「97ですね、で、ヨイチが96です」弓の手入れをしている”森妖精”と”平人族”との混血の青年に言います。
「ミントは?」リーダが”森妖精”へ尋ねます。
「96レベルです、だいたい1~2レベルくらいUPでしょうか?で、とくに新しいスキルを手に入れた人はいないようですね。既存のスキルレベルが伸びたくらいです」鑑定の結果をみんなに伝えました。
「水晶はどうだった?」リーダが”羽妖精”のハミングへ尋ねます。
「1体あたり千くらいの単位だね、良い稼ぎです」可愛く笑いながらいいます。だいたい水晶値が100前後で贅沢しなければ一日の生活費(宿泊費込)になります。
「いい狩り場じゃないか」髭をしごきながら、”山妖精”のビアが言いました。
「浅い所で、敵数が多すぎる。増援が少なかったから良かったが、過信は禁物だ」弓使いのヨイチが言う。
「まあ、今回の目標は全員100レベルだからな、無理しないように行こう」リーダがまとめる。
「100レベルになったら上位称号が手に入るのだよねー。楽しみー」ふわりふわりと飛びながらハミングが言います。
「ええ、上位称号がないと手に入らない魔法スキル、最初に選ぶものは、3つまでに候補を絞り込んでいるのですよ」あやしく笑う”森妖精”の魔法使い、ミント。彼女は少し魔法マニアの気があります。
「本来の目的はこの”魔の山”に住む”隠者”へ手紙を届けることだからな、忘れるなよ」と、ヨイチがくぎをさしますと、とたんに目をそらすその他一同。「……おいおい」苦笑いする、苦労人のヨイチ。
***
「わざわざ遠くまですいません」6人の前には、”平人族”の少女がいました。動きやすい革製のチョッキや、厚手の布のズボンをはいた、12歳前後の小柄な少女です。
リーダ一向が手紙を届けた先は、山の中腹にある2階建ての小さな家でした。その1階のリビングで、6人は、お茶と、甘味でもてなされています。
「いえいえ、十分な報酬はいただいていますので」そう言って、リーダがひょいとお茶のカップをとり、口に付けます。そのカップの横には、低いテーブルに、置いてある甘味を両手でつかんで頬張っている”羽妖精”のハミングがいます。
「……師匠からの手紙ですか」少し眉をひそめながら読んでいる少女。
「どうしましょう?返信がありますなら、ふもとのサンヒルの街の取次所まで持っていきますが?ああ、報酬はそれこみで貰ってありますので」
「これから戻るのですか?山を下る前に日が落ちるかもしれませんよ?」少女が心配そうに言います。「泊って行かれませんか?」
「ははは、大丈夫ですよ。足は”山妖精”に合わせても早い方ですし、少々暗くなっても魔法スキルがありますから、問題ありません」
「そうゆうことなら……」少女は、では返事をしたためますので、と言って別室へ退きます。
リーダは彼女が去った後、”森妖精”のミントを見ます。
「ええと、一応鑑定はしたのですけど……自信がないのよ」不審な表情のミントさんです。
「どうしたのじゃ?とうとうボケたか、若づくりのばーさん?」”山妖精”のビアがからかいます。
「私は、本当に若いの!じゃなくて、異常にレベルが低いのよ、彼女」数百歳でも見た目が変わらない”森妖精”の体質をからかわれたミントが、怒りながら言います。
「具体的には?」ヨイチが尋ねます
「1」
『へ?』全員の声が重なります。
「だから、1なの、1レベル!ちょっと信じられないのですけど」
「普通に生活するだけでも5,6歳で2~3レベルになるよね!?」驚いた声を上げる”羽妖精”の
ハミングさん。
「……もしかしたら、何かしらの呪いかもしれませんね。複雑な事情がありそうですから、あまりその点には触れないでおきましょうよ」癒し手のお姉さんである、ホリィさんがみんなを見渡しながら言います。
そうしよう、そうしようと、基本的に善人な6人はうんうんと、うなずきました。
「本当に大丈夫ですか?」午後に入って、少女(名前はシルフィと言いました)は、家から出発する6人へ、声をかけます。「良ければ、道案内しましょうか?」と続けます。
「いえいえ、大丈夫ですよ」まさか、1レベルの少女に一緒についてきてもらうわけにもいかないよなーと内心思いながら、リーダは言います「ちょうど、帰りがけにでる”怪物”を狩っていけば、レベルアップもしますしね」と頼もしそうに笑います。他のメンバーも自信たっぷりです。行きに遭遇した”怪物”のレベル帯なら問題ないと考えているのです。
「……まあ、日が落ちるまでに山を抜ければ楽なのかな?日が落ちるとこの辺りは少しめんどくさいですよ」心配そうな顔で言う少女。
「忠告ありがとうございます」盾持ちの女性、ホリィさんが言います「でも大丈夫ですよ、私たちこれでもそろそろ上級称号レベルですから!」
シルフィは思います。えーと、正直田舎者ですので、どれほどすごいのか分からないのですが、これだけ自信たっぷりなら問題ないでしょうね。山の奥へ行くのじゃなくて、下るなら、まあ、まず問題ないはずですし……、と、口に出さずにいます。
「それでも日が落ちると怖いから、そろそろ行きますね」
「はい、分かりました、お手紙配達ありがとうございました、お気をつけ下さい」シルフィはぺこりと頭を下げて礼を言いました。
まあ……手紙と一緒にお守りも入れてあるから、面倒くさいことになっても大丈夫かな?とシルフィは思って、とくに強く止めるのをやめて、6人を、行かせることになりました。
***
声にならない雄叫びを上げているのは、リーダです。その姿は黒い皮の鎧をまとった、狼頭の巨躯へと変化していますが。両刃の剣は半ばで折れて、地面に転がっています。今の彼の武器は長く伸びた両手の爪です。そして、目の前の巨大な猿、”怪物”の”猩々”へと突進していきます。全身に半透明の障壁を纏わせて、まるで流れ星のように、赤ら顔の”猩々”の胴体、仲間の援護が作ってくれたがら空きのそこへ、全身で突き刺ささっていきます。”猩々”のHPが黄色から、真っ赤に変色し、間を置かずに消滅します。狼人間となったリーダの身体が、巨大猿の胴体を突き抜けて、大きな穴を作ります。
”吠猿”を率いてきた、一帯の首魁である”猩々”は、6人との長い戦闘の末に、取り巻きともども倒されたのでありました。
「うわー、キツかった~!」そういいながら、リーダは切り札のスキルである、半獣化を解きながら言いました。このスキルは一度使うと、一定の時間を置いて、月の光りを浴びないと再使用できないスキルですが、身体能力と攻撃力が格段に跳ね上がります。
「き、切り札をほとんど全て消費してしまいました」息を切らせながら”森妖精”のミントが言います。その持っている杖は、妙にくすんで見えます。「MPもほとんど残っていませんよ」MPとは魔法スキルに限らず、多くのスキルを使うための代償です。それは、集中力や、精神力を数値化したものです。
「私もです、回復薬もほとんど使い切ってしまいました……と、とりあえず、出来るだけHPの回復だけはしておきますね」盾持ちの癒し手、ホリィさんも、ボロボロになった盾を掲げて、HP回復スキルを使用しています。
「じゃが、実入りは多かったぞ!みてみぃこの大きな水晶を、これは、1万は越えるな」がははと笑いながら、”猩々”の拳大の大きさの水晶を手に取る”山妖精”のビア。
「ああ、確かに。レベルもこれは100を越えたな、日は落ちてしまったが、山の出口ももうすぐだ、特に問題はないだろう」嬉しそうに言うリーダ「しかし武器は新調しなければならないな、気に入っていたのに……どうした?ハミング?」
いつもと違い、戦いが終わっても、妙に静かな”羽妖精”へと視線を向けるリーダ。
***
一方こちらは、山の中の一軒家、シルフィのお家です。
「……まあ、あの辺りの”お猿さん”も”大きなお猿さん”もほとんど一撃で倒せるでしょうし。いっそたいした”怪物”でもないから、無視して進んでも問題ないでしょう。もっとも、タイミング次第では、逆に倒しちゃった方が面倒なんですよねー……。レベルアップも目的って言っていたし”狩り”に夢中になっていると、夜に入っちゃうかな~」師匠譲りの好みの熱い”コーヒー”を飲みながらつらつらと、6人が進んでいるだろう辺りの出現”怪物”について考えるシルフィさんです。
「夜になって、”あれ”が出てくると、状況がリセットされちゃうんですよね……ああ、経験値稼ぎなら逆に良い状況なわけですか……さすが、上級称号を得ようとしている人達ですね、私ももっと頑張らないと……」”コーヒー”にはミルクも砂糖も入れない派であるシルフィは、こくこくと黒く苦い液体を飲みながら、ぐっと、小さな握りこぶしを作って、思いを新たにします。
「……で、上級称号ってなんなんでしょうね?」シルフィは首をかしげています。
***
「くる……」小さな愛くるしい顔を真っ青にし、今にも崩れ落ちそうな、泣き出しそうな表情をしている”羽妖精”のハミング。
「どうした、ハミング!」リーダが尋ねます。
「くるくるくるくる!!!!」目を見開き、絶叫するハミング「”やつ”がくる!」
「……まずい!構えろ!、いや”逃げろ”」混血の弓使いが、弓矢を虚空に向けます。
「どうしたんじゃ、お前」らと言いかけた”山妖精”へ
「危ない!」盾持ちのホリィが駆け寄り、楯をかざします。そこには、いままでさんざん彼等を悩ませてきた、巨大な猿”猩々”の拳が突如として、襲いかかってきていました。およそ生き物がだして良い音では無いおとを響かせながら、盾を砕いた”猩々”の拳は、かばったホリィと、ビアをまとめて吹き飛ばします。二人は水平に10歩ほど宙を飛び立ち木に衝突し、動かなくなります。
”人狼族”のリーダ、”森妖精”のミント、弓使いのヨイチは、目を見開き、再び何もない空間から、”わき上がった””猩々”を見ます。それは、内臓が身体の外へ飛びでて、骨が所々露出しており、頭が半分欠けている、どうみても生きているものには見えない姿でした。しかし、その圧力は先ほど死力を尽くして倒した”猩々”に勝るとも劣らないものでありました。
「”死に損ない”に変化した!なんで!」まれに起きる”怪物”の変化に驚くミント、「変化するような属性はなかったし!そもそもこんなに早くには”転化”しないのに!」
「驚くのは後だ!」予備の武器である、二の腕ほどの長さの短剣を抜き構えるリーダさん。ちらりと、木の下で倒れ、全く動かない”山妖精”のビアと、癒し手のホリィを見て、言う。
「逃げるぞ!」一瞬も迷いなく言い切るリーダ、一瞬躊躇するミント、しかし、頷いて、じりじりと逃げるために間合いを計っていく。
「……無理だ」と言うヨイチさん。
「どうした!?ビアとホリィなら、もうダメだ!諦めろ!」悲痛な声で言うリーダ。
「そうじゃない、我々は、誰も逃れられない……”あれ”が来た!」と、ひょうと、虚空へ矢を放つヨイチ。
「きたきたきたきた!」壊れたようにわめき続ける”羽妖精”「死がやってきたぞ~」そして、次の瞬間けたたましく笑い出していきます。
ヨイチが放った矢は、”それ”に痛痒も感じさせず、すり抜けました。
”それ”は、長く黒いローブを身にまとい、で裏地は血の赤、表は夜色のマントをひるがえしています。そして、大きな麦を刈り取る為の鎌を手にした、”平人族”ほどの大きさです。そして、フードの奥の”しゃれこうべ”に双貌に青い炎をともして、宙に浮かんでいます。
「”死神”」ひと言、そう言って絶句するミント。恐怖の波動というスキルで、”恐れ”そのものをまき散らしていきます。感覚の鋭いものなら、それだけで精神喪失状態になるスキルです。
”それ”は、死という事象を容易く操り、死を与えることも、覆すこともでき、”運命を覆す”ことが息をするように容易くできる”神族”という存在です。
当然”猩々”の”死に損ない”への”転化”という現象も、”死神”によるいびつな死よりの復活スキルであったのでした。
「……ヨイチ」リーダは”死神”と”転化”した”猩々”から視線を外さずに言います「付き合え」
「ああ」新たな矢をつがえるヨイチ
「ミントを逃がす」「そんな!」「いいから聞け!”森妖精”のお前なら、この闇に包まれた森を利用して逃げられる可能性がある!」涙目、無言で首を横にふるミント。
「……惚れた女くらい、守らせろ」肩越しににやりと不敵に笑うリーダさん。
「……先にサンヒルの『止まり木亭』で待ってるからね……」言いつつ身をひるがえし、走りだすミントさん。
「これはなに?付き合っている私は道化か?」笑うヨイチさん。
「さーて、まだまだ俺の血は流れ切っていないぜ!」と言いつつ”猩々”を足止めするために突っ込むリーダ。
無言で牽制の矢を”死神”と”猩々”に放つヨイチさん。あたりに響くのは、”羽妖精”ハミングの狂笑。
***
鎧袖一属とはこのことでしょうか?”死神”のスキル、恐怖の眼差し、を浴び、動きが止まった二人を”猩々”の長い腕が薙ぎ払います。一瞬でHPが0になり、気を失うヨイチ、同じく撥ね飛ばされ、地に仰向けに倒れ、ショックで四肢が動かないリーダさん。
そのリーダさんのすぐ先の視線にあるのは、”猩々”のように”死に損ない”へと”転化”された無数の”吠猿”。それに、四肢をつかまれ、宙づりにされる”森妖精”の身体でした。ミントの表情は恐怖に染まり、声無き泣き声をあげいます。
次の瞬間には華奢な”森妖精”の肢体は、大猿達に無惨に引きちぎられ、血の雨が自分の身体の上へまき散らされるだろう!と想像したリーダは、絶叫を上げました。
その、絶叫をかき消すように、轟音が辺りに響きます。それは、あまりにも早くが故に一つの轟音と聞こえたる、連射された”銃撃”でした。そして、その轟音の連なりとともに、目にも止まらない速さで、撃ち放たれた、魔法の弾丸が、一瞬うちに、”森妖精”を拘束していた”吠猿(動く死体)”を打ち倒します。その弾丸は、正確に、”死神”のスキルによって作られた”死に損ない”として存在するためのもの、親指の先ほどの大きさの”核”を打ち抜いています。支えていた猿どもがいなくなったミントは、リーダの上に倒れます。咄嗟に抱いたリーダはミントに意識があることを確認して……意識を手放しました。
ミントは見ます。30歩ほど離れたところから、歩きながら、リズミカルに”銃”を撃つ少女を。
「……シルフィさん?」ミントが見るそこには……
幅広の帽子を斜にかぶり、茶色の革製のチョッキを身につけ、鋲うちされた、青い色の厚手のズボン(ジーンズです)を履き、両手に大ぶりの”拳銃”を構えた少女が、ほとんど対象を見ないで縦横無尽に魔法の弾丸をうち続ける姿がありました。
踊るように、魔弾を放っていきます。6発うつごとに、銃を回して、円筒形の弾倉を宙に飛ばし、胴体の動きのみで、身体に引っ掛けてある新しい弾倉を宙に飛ばし、流れるように弾倉が無くなった”拳銃”ですくいあげ、新しい弾倉を装填してい再び遅滞なく放っていきます。
小走りで近づきながら、撃つ少女は言います。
「えーと『どうしたどうした、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして』でしたかね?」軽く首をかしげながらいいます。
「それと確か『よろこべ、騎兵隊の到着だ、ヒャッハー』でしたっけか?」師匠に教わった登場する時の作法を思い出しながら実践するシルフィさん。
彼女は、手紙と共に入れたマーカーが、夜になってもまだ森の中にあることに気がついて、念のために様子をみにかたのでした。
ぽかんと見つめるミントさん。そして、無意識に人物鑑定のスキルを使っていきます
「……10……20……30……うそ、まだレベルが上がっていくの……しかも何この習得していく特集スキル山は……それに……なんだか、毎回の決まった道筋をたどるようなスキル構築が行われている……」何、え今私の目の前で何が起こっているの?100近くまで瞬時に上昇していくシルフィのレベルと大量に習得していくスキルの山に、目眩を起こしていくミントさん。
「とりあえず、周囲は片付きましたかね?」巨大猿の”猩々”でさえ、両手の拳銃の連撃でほとんど反応を許さず”核”を撃ち崩したシルフィは、くいっ、と幅広の帽子を銃口で押し上げながら、”死神”を見ます。
「……、は、気をつけて下さい、”あれ”は神族で、文字通りレベルが違います!」注意を喚起するミントさん。
「わかっています、あれは面倒です」シルフィは頷きます。”大鎌の骸骨”は面倒くさいのですよね~まともに削っていったら日が変わってしまいます、と内心つぶやきます。間違えずに言えますかね~
「えーと『かけまくも かしこきいざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちばなのおどの あわぎはらになりませるはらえどのおおかみたち』」ミントには意味不明の言葉が、シルフィの口から放たれていきます。シルフィは”それ”を唱えながら、背中に担いでいた”ライフル”を両手で構えます。
「『もろもろの まがごと つみ あらむおば はらいたまえきよめたまえと もうすことこきこしめせと』」恐怖の視線を放ちながら近づいてくる”死神”の額にひた、と狙いをつけるシルフィさん。
「『かしこみかしこみもうす』」で、轟音とともに”ライフル”の弾丸が放たれます。その弾丸にはまごうことなき”神”の威力がのっていたのです。そして、骸骨の額を打ち抜くと、”死神”はなんとも言えない満ち足りた声をあげて、消えていきました。
「えー」思わず脱力する”森妖精”のミントさん。
「ふう、間違えずに言えました……、『祓詞』は効果てきめんなのですが、面倒くさいのですよね」くるりと”ライフル”を回し、背に構え直します。
「さて、おねむになっている皆を起こして、街まで送りましょうか?」何でもないように無邪気に笑う少女に”森妖精”のミントは引きつった笑みを浮かべるしかありませんでした。
***
「何をいっているのかわからんのじゃが」ビアはサンヒルの街、止まり木亭の食堂で、エールを飲みながら言っています。
「頭悪いですね”酒樽”……とは言いません。あれは、ある意味悪夢でしたから……」とミントさん。飲まなければやって行けないと、果実酒のグラスを傾けています。
「うーまだ、あたまくらくらしる」ハミングもクルミのカップでお酒に付き合っています。
「話を整理するとだ、上級称号レベルに達しようとする、そろそろトップクラに足を引っかけている、6人パーティーが、ようやく苦労して倒した”猩々”の一団を、勇者の武器である”銃”ではあったものの、瞬時に壊滅させ、さらには、”神族”の、おそらく500レベルオーバの”死神”を謎のスキルの呪文を使用した一撃で打ち倒したと……」リーダが座った目で言います。
「ええと、最後の呪文は『祝詞』の一種で、技術だそうです、スキルでは無いとのことでしたけどね?それに私が見る限り、能動的なスキルは一つも使っていませんでした……驚くことにです」青い顔のミントさん。
「えーと、言っているいみがわかりませんのですが……」癒し手のホリィが冷や汗をかきながら言います。
「なんでも『スキルでできることはほとんど全てそれを使わなくても再現できる、と師匠が言っていましたので、何とかしてみました』だそうです」果実酒をあおるミントさん。
「世の中の常識がまとめてポイされてる~」けたけたと笑ながら、ハミングさんが言います。ええと私も早く酔うべきかな?とミントさんが思います。
「まあ、それもどうやらとある『呪い』のせいのようですが……」ミントは呪いと聞いて気になった、癒し手のホリィさんに説明します。
曰く、
前提1:呪いの効果で日が変わる時に経験値が0になって、レベルが1にリセットされ取得したスキルも無くなる。
前提2:日が変わるまでは通常通りレベルが上昇する、(各種能力値UP、スキルの自動習得をもちろん含む)
前提3(ここ注目):!!レベルが上昇したときに補正された各種能力は、日が変わってもリセットされない!!
「で、毎日”魔の山”で高レベルの”怪物”を狩って、レベル上昇からの能力値UP、で次の日になって1レベルに戻って、同じように、いえ、確実に前日より強くなっていますから、より強い”怪物”を狩って、さらに多くのレベルがあがるわけで……で、それが繰り返されていったというわけです」酔って、頬が赤くなっていますミントさん。
「ちなみに、だいたい一日どれくらい上昇するのかの」ビアの手が震えているのはアルコール中毒のせいではありません。
「ふふふ、つい先日の戦闘では250近くまで上昇していましたわ」遠い目をするミントさん。
「……そういう戦闘をどのくらいの頻度でやるんだよ?」リーダも声を震わせて聞きます
「ええ、なんでも7日に1日は休むそうですよ?『疲れを残さないように』!、で、あの”魔の山”で生活し始めて、7年だそうです……しかも、本来はあの日は休息日だったから、軽く運動をした程度、という認識らしいですわ」そろそろ私も酔いつぶれようかしら?と考えているミントさん。
「……これは、これ以上突っ込まないほうがいいな、私たちは何もしらなかったことにしよう」青い顔をしたリーダはそういって、強い酒をなみなみと酌んだジョッキを一息にあけました。「下手を打つと、国が滅ぶ」
「……というか、普通に世界の危機レベルだよなー」クルミのジョッキを抱え込んでうつろに笑うハミングさん。
「と、とにかく、無事に戻れたことを、乾杯しようじゃないか?」苦労人のヨイチがまとめてくれます。
やけくそのような乾杯の音頭が店に響きました。
それにしてもと、ミントはアルコールでぼんやりした頭で、思います。この能力値上昇のからくりとその結果についてシルフィさんは、おぼろげながらしか理解していないようでした。さらにまだ、彼女は何か大きな勘違いをしているような気がします……いえ、もう今日は飲んで忘れましょう。
***
一方そのころ、”魔の山”の一軒家では……
「つまり、彼等6人くらいが、一般人レベルの、駆け出しの狩人ということですか……。”上位称号”を得て始めて一人前と。では、まだその”称号”を得ていない私は、まだまだということでしょうね……がんばらなくちゃあ」
小さく拳を握りしめ、気合いを入れる、まだまだ自分が分かっていない、少女でありました。