開幕 って奴です
side エルシア
見慣れない風景、見慣れない人達、そして嗅ぎ慣れない臭い。
それは酷く鉄っぽい臭いがして、生々しく鼻を突く
「うっ・・・」
眼前に広がるのは多数の人間が殺しあう風景
いや、片方は人間と呼べるかは疑わしい。
紅の炎をその身に宿しながら、人とは思えない速度で剣を振っている。
剣技の善し悪しは私には分からないが、石床を砕く程の威力が常識外である事くらいは分かる。
(これ・・・争っているの?)
転がる死骸、亡骸、骸、死体
床に滴る血は一面を染め上げる、人間のあの体にどうやってこれ程の血が。
私を見つめる瞳が4つ
死体と、瞳と、戦争と・・・
私は先程自分自身がした質問に回答を得た気がした。
要するに....人同士が殺し合う場所
”戦場”に私は来てしまったのだ。
思わず息を飲み込む
体が戦慄すると共に、先程までの記憶が一気に蘇った。
(私、あの黒い部屋に飲み込まれて・・・それで)
ゆっくりと靄の掛かった頭にエンジンが掛かってきて、こちらを見つめる2人と目を合わせる。
すると2人のうち片方が顔を赤くして視線を逸らし、もう片方はじっとこちらを凝視して来た。
思わずたじろぐ。
片方は女性のようで、肩まで届くきめ細やかな髪を持ちその色は炎の様に紅い。
所々に痛々しい傷を負っており、それでも尚整った顔立ちは凛とした雰囲気を纏っていた。
対してもう片方の人物は男性
全身を鎧で覆い、少し乱雑にカットされた髪
なにより幼さの残る顔立ちが少し頼りなさげな雰囲気を醸し出すが、剣を握る手から感じる魔力はかなりのもの。
恐らく実力者だろう。
なんてことを思っていたら、話し掛けるタイミングを失ってしまう。
何とも言えない重苦しい空気の中、剣戟の音だけが響き渡っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
互いの呼吸の音。
酷く血生臭い、人が簡単に命を落とす場所に居る筈なのに
何も出来ず、静かに佇む自分が半分信じられずにいる
何か声を掛けようと、口を開いては閉じ、数度繰り返した後意を決して顔を上げたとき。
2人の背後に迫る存在に気付いた。
「ッ!」
ゾッとした感覚が体中に巻き起こる
まるで大切な何かを削り取られるような感覚、体の一部が無くなる感覚。
出会って一言も交わしていない筈の相手を、私は条件反射に近い反応速度で助けようとした。
『妨害障壁』+『魔鏡』
手を地面に添え、魔力を送り込む
2人の3歩後ろに、見えない壁が生まれた。
振り下ろされた剣は壁に拒まれ、甲高い音を立てる。
そして剣は勢い良く弾かれた。
「うぉっ!?」
たたらを踏んで一歩後退する男
赤髪の女性は剣を構え、青年は素早く振り返った。
「っ!?将軍!?」
青年が声を上げる
その声には驚愕の色が含まれていた。
「・・・やぁ、勇者王」
弾かれた剣をまじまじと見ていた将軍と呼ばれていた男は微笑を浮かべる。
剣をそっと下ろすと背後を指した。
「”灰の宿命”は破れそうにない、故に頭を潰そうと思ったんだが・・・」
そう言って目線を動かす
その先には赤髪の女性
「それは、分かりますが・・・何故将軍自ら?」
ちらりと赤髪の女性を一瞥する”勇者王”と呼ばれる青年
その懸念すべき対象は既に”将軍”へと移っていた。
将軍は苦笑いを浮かべて、天井を見上げる。
「本陣に居た兵の多くが”天から墜ちてくる何かを見た”と言うのでね、心配になって君の所に来たんだ」
「そんな不明瞭な理由で・・・」
「君は我が軍の切り札と言っても良い、そんな君を気に掛ける事はごく自然なことだよ」
言葉は優しく、温厚だが、私は居心地の悪い何かを感じていた。
這い上がって来る不快感がどうしようもなく鬱陶しい。
「それよりも・・・今のは”魔術”か?」
「魔術?」
「ああ、今”紅の王”に斬り掛かろうとしたら」
剣を突き出す
「壁か何かに拒まれた様な感触だった」
剣の先端と中腹が僅かに刃こぼれしている。
それを見た勇者王は顔をしかめた。
「紅の王が防御の魔術を?」
「私が操れるのは炎だけだ」
ここで無言だった赤髪の女性...「紅の王」が発言する
剣には炎が巻き付き、威嚇するように空気を炙っていた
「炎一つあれば、貴様等の相手など事足りる」
一振り、焼けるような余熱が熱気として肌に伝わる。
将軍がわざとらしく肩を竦め、勇者王が再び剣を握りしめたとき将軍は”私”に目を向けた。
「・・・じゃあ、彼女かな?」
私は思わず身を縮めた。
6つの瞳が私を射抜く
「彼女は?」
「いえ、自分にもわかりません ただ・・・」
勇者王は穴の空いた空を指した。
「空から降ってきました」
将軍は目を細め、じっと私を見つめる。
その表情は苦笑いの様な、引き攣っている様な笑み
とにかく見ちゃいけないものを見てしまったような顔だった。
「・・・こういう場合はどうすれば良いのでしょうか?将軍」
「俺に聞かないでくれ、前例が無いんだ」
「敵か味方か分からない以上、放って置くのは危険です」
「じゃあ勇者王、君が聞いてくれ」
「え」
「敵か味方か、君が聞いてくれよ」
途端に表情を紅くする勇者王
忘れてもらっては困るが、一応此処は戦場だ
後ろじゃ兵士たちが絶叫しながら剣を振り回している。
生憎と戦況は膠着状態にあるみたいだが、紅の王は「こいつら戦う気有るのか?」みたいな態度を取っている。
具体的に言うとジト目であった。
「じ、自分がですか!?」
「うん」
「し、しかし将軍!自分は、その・・・」
「ん?」
「そ、そのっ・・」
顔を伏せて、伏せながらちらっとこちらに顔を向ける勇者王
将軍はそんな勇者王をしばらく見ていたが、ふと何かに気付いたように目を見開いた。
「勇者王、君・・・」
「え・・?」
将軍はがっちりと勇者王の肩を掴んで、紅の王と私から遠ざかった。
何度も言うが、戦場である。
(・・・一目惚れか?)
将軍から放たれた一言
恐らく極限まで声を小さくしたのだろうが、紅の王は兎も角
森の傍で育ち、比較的耳の良かった私は聞き取れてしまった。
「「っ!?!?」」
今の心の悲鳴は自分のモノだったのだろうか
それとも勇者王のだろうか
きっと両方だ。
私は今、赤面しているに違いない。
勇者王を見れば、小さく肩を震わせていた。
紅の王は「?」を頭上に浮かべている。
(将軍、そ、そのっ)
(良い、皆まで言うな、大丈夫だ、勇者王・・・俺は嬉しいんだ)
(え?)
(今まで女の一人作らなかったお前がなぁ・・・うん)
(将軍・・・)
(・・・・まぁ、歳はアレだが)
(ぐっ!)
勇者王が呻いた
(勇者王がロリでも気にしないぞ!)
(しょ、将軍!)
笑いを噛み殺した表情でバシバシと肩を叩く将軍
結局勇者王は俯き、その後将軍が少しずつ私に歩み寄ってきた。
「すまないが、君・・・いや、名前はなんていうんだ?」
まるで元より友人だったような口ぶり
私は震える唇で言葉を紡ぐ
何故震えているのか、嫌な不快感が止まらなかったからだ。
そっと目線を上げると、いかにも温厚そうな表情が兜越しに見て取れる
「・・・・エルシア」
そっと呟いた
それでも耳には届いたのだろう。
「エルシア・・」
噛み締めるようにそう言った。
先程より深い、満面の笑みを浮かべる将軍
勇者王がやっと顔を上げて、こちらに歩み寄る
その表情は未だ赤いままだが・・・。
紅の王はそっと成り行きを見守っていた。
そして彼は言った。
「そうか、なら死んでくれ”エルシア”」
一瞬煌めいた剣は、呆然とする私の胸を簡単に穿った。




