4話 俺の無双、もう終わり?
カップ麺を握りしめたまま、カイトは森の中で立ち尽くしていた。
……お湯が、ない。
いくらスキルで麺を無限に生成できても、火も水もなければ、それはただの「乾燥した小麦粉の塊」だ。
空腹という名の現実が、容赦なくカイトの胃を締め上げる。
「……つけ……ついてくれよ……っ!」
*
数時間後。
カイトは川べりで、拾った石を必死に打ち合わせていた。
サバイバル知識ゼロの現代人にとって、火おこしは魔王討伐より過酷な試練だった。
手の皮が剥けそうになりながらも、ようやく火花が枯れ草に燃え移る。
小さな火が灯った瞬間、カイトは思わずその場に座り込んだ。
拾ったボロ鍋で川の水を汲み、火にかける。
湯が沸くまでの時間が、やけに長く感じられた。
「……やっとだ。プレーン醤油だけど、今はこれが聖杯に見えるぜ……」
震える手で蓋を開けると、香ばしい醤油とジャンクな香辛料の匂いが立ち上る。
原始的な森の空気に、その文明の香りが溶け込んでいく。
それだけで、死ぬほど心細かった心に、わずかな安らぎが灯った。
――だが。
その「文明の匂い」に引き寄せられたのは、人間だけではなかった。
ガサガサッ!!
「……っ!?」
茂みから飛び出してきたのは、三匹の野犬。剥き出しの牙から涎を垂らし、その飢えた視線は、カイト本人ではなく、手にしたカップ麺に注がれていた。
「来るな! これは俺の……俺の最後の……いや、最初の晩餐なんだよ!」
反射的に、足元に落ちていた木の棒を掴み、振り回す。
(あれ……? 思ったより、動ける?)
必死に振った棒が、野犬の鼻先をかすめる。
キャン、と悲鳴が上がった。
死神に設定された「ゴミカス」ステータスだが、火事場の馬鹿力を出した現代人なら、この世界の雑魚モンスター相手には、どうにかなるらしい。
「いけるか? 俺、もしかして実は無双できるタイプ――」
そう思った、次の瞬間。
森の奥から、空気を震わせるような重低音の咆哮が轟いた。
グオオオオオッ!!
野犬たちが悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
代わりに現れたのは、全身から禍々しい赤いオーラを放つ巨体――
『紅き魔狼』。
「…………嘘だろ」
一目で分かった。
あれは、木の棒を振り回すだけの元SEが挑んでいい相手じゃない。
逃げようとするが、恐怖で膝が笑い、一歩も動けない。
魔狼が大きく口を開け、カイトの喉笛を狙って跳びかかった――その瞬間。
「――『刻の断絶』!!」
鋭い声と同時に、世界から音が消えた。
視界の端を、何かが高速で通り過ぎる。
ドシュッ!!
魔狼の巨体が、目に見えない壁に叩きつけられたかのように、不自然な軌道で弾き飛ばされた。
舞い上がる砂埃の中。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
使い古されながらも手入れの行き届いた杖。
銀色の髪をなびかせ、鋭い眼光で魔狼を睨みつけている。
少女はゆっくりと振り返り、腰を抜かしているカイトを見下ろした。
「……お怪我はありませんか、旅の方?」




