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もう一度君に会いたくて【コズミックホラー】

貴方に会いたかった~とある老夫婦の場合~

作者: さつ。
掲載日:2026/02/20

 これはとある老婆のインタビュー記録である。



【前略】


 もう、どれほど前のことでしょうか。

 私には会いたくてたまらなくて、それこそ世界を壊してでもまた会わなければならないと思う相手がいたのです。


――熱烈ですね。恋人ですか?


(インタビュアー、老婆の隣でほほ笑む老爺に視線を送る)

(老爺は何も語らず、インタビュアーに視線を返す)


 いえ。それが分からなかったのです。


――分からなかった?


 はい。とても大切な人だったことは覚えています。

 そして会うために私はおぞましい儀式に手を出した。


――それなのに分からなかったのですか?


 ええ、分かりませんでした。名前しか覚えていなくて。

 声も顔も思い出も分からなかった。だけどどうしても会いたかったんです。


――写真や動画など、そういったものは?


 それもありませんでした。

 時代もありますが……映っていただろうものからも姿が消えていて。


――……ナルホド。


(インタビュアーは持った鉛筆の背で頭を掻く)


 ふふ、不思議ですよね。

 それに、ここまでの行動をするのが理解できませんか?

 まあそうですよね。


 私もきっと、体験していなければ信じられませんでした。

 実在するのかも定かではない相手のために、狂気の儀式に手を出すだなんて。


 愚かな老人の酔狂と思って、今回の取材はなかったことにしますか?


――いいえ。ここまで来たのです。こちらも覚悟がある。

――改めて、その儀式についてお伺いしても宜しいでしょうか?


 そうですね。


(逡巡するように老婆は視線を巡らせる)


 その前に記者さんはご存じでしょうか?

 矮小なる人の子に手を貸してくださる大いなる神についての噂を。


――はい?


 大いなる神の噂です。

 我々人間の醜い感情に興味を示し、気まぐれに手を貸してくださる。

 そんな慈悲に溢れた神の。


――えーっと。


(老婆、インタビュアーの湯飲みに茶をつぎ足す)

(インタビュアーは苦笑いでそれを受け取る)


 ご存じないのですね。

 ああ、安心してくださいな。

 私ももう、そんなものを信じていたのは何十年と前の話なのです。


 今ではもう、信じていない。

 いいえ、信じなくても良くなったので。


(老婆、老爺に視線を送る。老爺は静かに老婆の手を握る)


――と、おっしゃいますと。


 そうですね、儀式のお話にも関わってくるのですが……。

 その儀式というのは、かみ砕いて言うと『大いなる神に生け贄を捧げることで、神がこちらに興味を持ち、助けてくださる』というものなのです。


――生け贄ですか。


 ええ。

 先程申し上げた通り、大いなる神は人間の醜い感情に興味を示されます。

 そして他者を貶めても自身が幸せになりたいという感情は、醜い以外の何物でもない。


 だから、そのような愚かしい行動を取った人間に神は興味を示してくださると。

 そういった噂がとある場所では、まことしやかに囁かれていたんです。


――ダークウェブやオカルトサイトとか?


 現代ならそうでしょう。ただなにぶん、私はおばあさんですから。

 私の時代だと、図書館の片隅の書物だったり伝手を辿ることで手に入れた噂です。

 若い子達の言葉で言うのなら、そういった界隈で広まったお話ですね。


――ああ、なるほど。私もよく入り浸りますよ、オカルト界隈。


――それで、貴女はその儀式をされたという事でしょうか?


(一つ頷き老婆は続ける)


 当時の私は本当におろかでした。

 何も分からないのに、どうしても彼に会いたかった。

 だからとある夜、山に登ったんです。


――××山ですか?


 はい。

 その山に、一人で登りました。

 いっそのこと、私自身が生け贄になればいいと思っていたんです。

 それで彼が戻ってくるならばと。


――ならば何故貴女は今ここに?


 怖じ気づいてしまったんです。

 死という圧倒的な無に対して、恐怖した。

 あと一歩で死ねるところだったというのに、首に突きつけた刃がどうしても進んでくれなくて。


 そして私が悩んでいるうちに、一人の少年が私の側にやってきたんです。


(老婆、そっと老爺に微笑みかける)


――それがそちらの?


 はい。

 彼の存在に、私は救われました。

 言葉は喋れないけれど、表情は誰よりも雄弁で。


 私が首に向けていた刃を両手で握り込んで、首を振りました。

 ダメだ、死ぬんじゃないって。そう言ってくれているみたいでした。


――貴方にお聞きしたいのですが、当時彼女との面識は?


(老爺は少し悩んでから、静かに首を横に振る)


――だったらどうしてそこまで。その手のひらの傷、その時のものですよね?


(インタビュアー、老爺の両手を指さす。そこには真っ直ぐな傷跡)


(老爺は困ったように笑って頬を掻いた)


 男の勲章って、昔言ってましたよ。


――はあ。


(インタビュアー、ここで一度メモを見る)


――えーっと。これ聞いていいのか?


――ああ、すみません。あの、事前に伺った内容によれば、貴女はこの人を生贄にして儀式をしようとしたとか……?


 ええ、そうですよ。


(悪びれる様子もなくにっこりと笑って答える老婆と、それにまったく動揺しない老爺)


(インタビュアーは気味悪そうに二人を見つめる)


 この人が刃を握りしめた手のひらから流れる血を見て、「ああなんだ、ここに別の生贄がいるじゃないか」って漠然と思いました。


――それでは、なぜお二人は今も一緒に?


 初めは、生贄にするためにこの人の言うことに従ったんです。

 私は女で、彼は男。逆らって自らの喉を引き裂けなかったように、力でかなわないことは分かりきっていましたから。


 だけどこの人の存在は、いつしか私の救いになっていたんです。

 何度も、何度も私はこの人を殺そうと思って……だけど殺せなかった。


 そしてこの人はいつまでも私と一緒にいてくれたんです。

 だから私は、思い出せない彼を忘れることにしました。

 そんな人よりも、ずっと。この人が大切だと気が付いてしまったから。


(老爺、そっと老婆を抱きしめる)


――それが、貴女方の幸せの形ですか。


 そう思っています。

 若い貴方にはまだ、理解できないかもしれませんがね。


【以降、とりとめのない話題が続く】




 そしてこの一週間後。

 老爺と老婆は二人で寄り添うように息を引き取っていたとインタビュアーは語る。


――今でも私は、あの二人の事を忘れられません。


――だって彼らは今も、




――幸せな夢を見ているのでしょうから。


【貴女に会えなくなった~とある恋人同士の場合~】

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