9. シミュレーション
夏の猛暑から一転、肌寒くなってきた十一月。
「ねえ雫ちゃん。GRヤリスの本気、体感してみない?」
伊織ちゃんにそう言われた。
思えば、GRヤリスを買ってから半年が経つけど、一回も全開走行をしたことがなかった。
「でも、サーキットを全開で走ることはできないんじゃ?」
「心配ご無用!シミュレータがあるから」
伊織ちゃんの家には『リアルドライビングシミュレータ』があり、それを活用するのだとか。
「でさ、細部をじっくりと見せてくれない?」
翌日、シミュレータの準備ができたというので伊織ちゃんの家へ。
「これが、シミュレータ?」
バケットシートにハンドルコントローラー、GRヤリスのメーターなどが設置されていた。
「この状態じゃ、GRヤリスの車内に見えないけど、これを頭に付けるんだ」
伊織ちゃんの手にはVRゴーグルがあった。
「準備できてる?」
「た、多少は」
「じゃ、早速やろうか。場所は富士ね」
ふ、富士?
VRゴーグルを付けて目を開けると、GRヤリスの車内にいた。窓からは富士スピードウェイのピットレーンが見えた。
『ここなら、エンジンブローとかトラブルは起きないから、思い切り攻めちゃって!』
伊織ちゃんの声が天の声のように聞こえてきた。
「う、うん」
クラッチを蹴り、ピットレーンからゆっくりと走り出した。
アクセルを奥まで踏み込んでも、60km/hで一定だった。リミッターがかかっているのかも。
と思ったら、急に猛加速し始めた。
「わっ!?」
すぐにレブに当たってしまい、アクセルを戻した。
原因は単純で、ピットレーンから出たからだった。最初のカーブは角度がキツイのでゆっくり...そして踏み込む。
私が思うように、GRヤリスは素直に動いてくれた。
「なんか、周りの景色は動いてるのに、自分だけ動いてない感じ…」
コカ・コーラコーナーは難なく突破。けれど、その次の100Rが難しかった。
速度が出過ぎていて外側へ膨らんでいく。
「うわっとと…」
ブレーキを若干踏んで速度を落とした。すると、みるみる内側へ入り込んでいく。
「適切な速度で進入していかないと…!」
アドバンコーナーを抜けた先にある300Rはアクセル踏みっぱなしで抜けることができた。
『踏みっぱ!踏みっぱ!』って誰が言ってたっけ…?
ダンロップコーナーに向けて1速まで落とす。レブまで吹け上がっているエンジンサウンドが心地よい。
しかし、一瞬焦ることが起きた。
「や、やばい!」
13コーナーにて。右に曲がりながらブレーキを踏むとスピンしそうになった。
すぐに逆方向へハンドルを切ったからなんとかなったけど、これは注意しないと!
次のプリウスコーナーもスピンしそうになるGRヤリスを抑えて切り抜けた。
パナソニックコーナーを脱出した後は、エンジン全開!と思ったら。
『ピットに入ってきて~。話があるから』
伊織ちゃんにそう言われた。まだ走りたかったのに。
仕方なくピットへ入っていった。
「それで、話って何?」
VRゴーグルを外し、伊織ちゃんに話しかけた。
「13コーナーとかで『インホイールリフト』を起こしてたね」
「インホイール……?」
「内側のタイヤが浮き上がって、バランスを崩してるんだ」
…だからあんなにスピンしかけてたのか。
「峠みたいに毎回ブレーキを踏むようなところでこれが起きると、事故になりやすいよ。放置は危険かな」
「えっと、どうしたらいいの?」
「簡単なのは足回りの見直しかな。それだと数日預かることになるけどいい?」
「いいですけど、明日仕事が…」
「なら私のヨタハチ乗ってっていいよ」
さすがに伊織ちゃんのその提案は断った。
「だ、大事なものなんでしょ?バスで行くからいいよ」
「そ~お?」
GRヤリスが来る前はバスで向かっていたから慣れている。
「分かった。でも、キツくなってきたら言ってよ?」
「もちろん。じゃあ、うちの子をお願い」
「あいよ!」




