7. ヤリスと六連星と貴婦人と
梅雨が明け、気温が夏らしくなった。
そんな時期の朝、霧がかかっている山道を私は運転していた。もちろん、GRヤリスで。
ナビ画面には『群馬県』の文字が映し出されていた。
実は少し前から行きたかった喫茶店があったのだけど、行くタイミングがなかった。
「それにしても、霧がすごい...」
山の名前が書かれた看板は立っているものの、「秋」しか見えない。ヘッドライトはハイビームにしているのに。
すると、ルームミラーに白い光が反射した。
「事故は嫌だしなぁ...」
すぐにウインカーを出し、道を譲った。
その瞬間、白い光は猛スピードで近づいてきた。そしてあっという間に追い越していった。
「こんなに視界が悪いのに...大丈夫かな?」
白色のボディカラー、カーボンのような黒色のリアウィング、そして『AWD』のバッジ...。
「WRX...」
勉強しておいて正解だった。
あっという間にWRXのテールライトは見えなくなってしまった。
山道を登り終えた頃には、霧は晴れていた。
「わあ...」
駐車場に車を停め、外へ出た。
後ろには、ついさっきまで走っていた山道が一望できた。
意外と走ったなぁ...。
すると、視界の隅に何かが見えた。
「さっきの、WRX...」
駐車場の隅で、静かに息を潜めていた。
「もっと近くで見ても良いぞ?」
「ひゃあっ!?」
突然、背後から声をかけられた。すぐに振り返ると、白い髪のきれいな女性がいた。
「あの車はな、我のものじゃ」
「そ、そうなんですか」
「ああ、すまんな。我はラナ。お前さんは?」
「は、初めまして。雫と言います」
「ふむ、雫殿か。良い名ではないか!」
ど、殿で呼ばれるなんて...!
喫茶店がオープンするまでまだ時間があったので、ラナさんのWRXを見せてもらうことにした。
「これは『VAB型』でな。436馬力に510N・m、なかなかのスペックじゃろ?」
「そ、そうですね」
私は曖昧に返事を返した。後で、その数値がどれだけ凄いのか真白に教えてもらおう。
「雫殿のGRヤリスも、たくさんの愛情を注いでいるんじゃなあ」
「雨の日は助けられてばかりですけどね。オーナーとして不甲斐ないですよ」
「それでも良いんじゃないかの?」
えっ、と私は声を上げた。
「無理に『大人』になろうとして、怪我をするよりはよっぽど良いぞ。我も助けられてばかりじゃ」
確かにその通りだった。
「俺の場合は誰にも助けられないがな。逆に、助けてやってるくらいだ」
突然、男性の声がした。
「なんじゃ、お前さんもいたのか。『コージ』」
ラナさんは男性のことを知っているようだった。
「初めまして、お嬢さん。ただの老いぼれの『コージ』です」
「ふん、ただの老いぼれはそんなにモテんぞ」
「相変わらずだなぁ、ラナは」
コージさんは愛車のボンネットに腰掛けた。『Z』のエンブレムと共に、コージさんは輝いていた。まるで見えないオーラがあるような...。
「雫殿、此奴はコージ。我が言うのもあれじゃが...いわゆる『イケオジ』じゃ」
「は、初めまして」
そう言うと、コージさんは照れくさそうにボサボサの髪をかきあげた。
「こうやって、人気急上昇中の女優さんと知り合えるなんてな」
店の開店時間になると、私、ラナさん、コージさんの三人は席についた。大きな窓から、連なる山々を眺めることができた。
「ラナに誘われて来てみりゃ、良い穴場スポットを見つけられたな」
「我はそういうところは抜かりないのでな」
しばらく談笑していると、三つのティーカップが運ばれてきた。
コージさんはブラックコーヒー、ラナさんはカフェオレ、そして私はカプチーノ。
「コージさん、渋いですね」
「これが一番落ち着けるんだ」
「それでコージよ。『貴婦人』の調子はどうじゃ?」
「まぁ、ぼちぼちだな。最近は遠くに連れていってやれてないんだ。だからそのうち、旅行でもするつもりさ」
「あの、『貴婦人』って...」
私は思わず口を挟んだ。
「ああ、雫殿は知らぬのか」
「あれだ」
と、コージさんは外の駐車場に停めている車を指差した。
「さっき見せたあれが『貴婦人』さ」
「フェアレディ(貴婦人)Zじゃ」
「へぇ...」
言われてみると、確かにあの白い車が美しい女性に見えてきた。
「しっかし、こんなに白い車が集まるとなぁ...」
「鮮やかではないのぉ」
「...ですね」
駐車場にはGRヤリス、WRX、フェアレディZが揃っていて、それぞれが全く違う白色を持っていた。
写真に収めてみると、ラナさんたちも同じようにし始めた。
「...俺はそろそろ帰るよ」
「なら我も」
喫茶店に入ってから一時間。二人は席から立ち上がった。
「お二人に会えて良かったです。またご一緒しましょう」
「おう、またな」
「そのうち会えるじゃろうな」
こうして、私たち三人は喫茶店を後にした。




