6. 深呼吸
気が付けば、私は『お台場海浜公園駅』にいた。ゆりかもめの駅である。
…あれは本物だったのだろうか。こんな現実味を帯びた夢があるだろうか。数分間は信じられなかった。
どこからどうみても、『スマホを探していた北海さんが、犯人の男に鉢合わせた』状況にしか見えなかった。
「本当だったんだな…伊織ちゃんの言葉」
私は静岡で言われた言葉を思い出した。
『こういう車は盗難されやすいぞ〜』
もっと用心すべきだった。何してるんだろ、私。
そんなとき、低いエンジンサウンドが響いてきた。
「何してんの、姉ちゃそ」
「…真白ぉ」
私の弟『真白』が車から身を乗り出して声をかけてきた。
「わ、なんで姉ちゃそ泣いてんの」
「だって、だってぇ…」
「へえ、そんなことが…。はいこれコーヒー」
「ありがと…」
真白の車の助手席に座って、ついさっきの出来事を話した。真っ赤な内装が、私や真白を包んでいた。
「どうする?今から戻る?」
「…鉢合わせたら嫌じゃん」
「まあ、それもそうだけど。…まだ姉ちゃそが認めてないなら、北海さんは生きてるよ」
「え…?」
「人というのは、事実を認めることで『確定』させる。でも姉ちゃそは『北海さんが死んだ』なんて認めてないんでしょ?」
真白に言われた通りだった。私はあれをまだ認めていない。
「覚悟は決まったみたいだね。んじゃレツゴ―」
真白はアルミのシフトノブを握り、1速へ入れた。
「んで...よ」
「......」
駐車場へ着き、真白の車から降りた途端だった。
「「「すいませんでしたぁっ!!」」」
北海さんやさっきの収録のスタッフ、さらにはドッキリ番組のスタッフ総出で頭を下げていた。
「本当はもっと早くネタバラシして、こんなに驚かせるつもりはなかったんです!」
ついさっき、GRヤリスの車内から出てきた男...出本さんが代表して答えてくれた。
「...こちらこそすみません。盗難対策をしたことを伝えてなくて」
...謝る必要があるのか分からなかったけど、自然と謝ってしまった。
「姉ちゃそ、ガチギレしてる?」
「...ガチってほどじゃないけど。今ならリンゴを握りつぶせるかも?」
「「ヒェッ」」
「まぁ、ガチギレしたら今頃大変なことになってるからね〜。あの時はほんとに怖かった」
真白の言葉で、その場にいた全員が萎縮してしまった。
「盛りすぎだって、真白...!」
「はぁ、疲れた...」
夜、GRヤリスに異常がないことを確認した私は、安全運転で自宅へ戻った。
あの後、真白は除菌シートやスプレーを使って車内を掃除してくれた。おかげで今の車内は、買った時と同じで無臭である。
「おやおや、お疲れのようだねぇ」
車から降りた時、花壇にしゃがみこんできた伊織ちゃんに声をかけられた。
「実はドッキリにかけられたんですよ。かなり心臓に悪いやつです」
「へえ。大声で叫んだの?」
「...声が出なかったです」
うう、思い出したくない。
「ふ〜ん。じゃあこれ飲んで元気出して」
伊織ちゃんから缶を渡された。それは青とシルバーの塗装がされていた。
「私から『翼』のプレゼントさ。じゃあね〜」
そのまま彼女は家の中へ入っていった。
「......」
初めてのドッキリ。子供の頃は笑って見ていたけど、自分がひっかかるとなると話は別だ。
「北海さんに、ドッキリNGって伝えるべきかな...」
心の中で、そう決心した。
数週間後、あのドッキリがオンエアされた。
初めて知ったのは、エンジンルームにもたれかかっていた北海さんを見た時、私は表情が抜け落ちていた。
オンエア後、SNSはどんちゃん騒ぎだった。
『雫さんってあんな顔するんだw』
『叫ばなかったんじゃない。叫ばなかったんだ』
『マネージャーさんもいい演技してる』
一方で、番組に対しては厳しい意見も見受けられた。
『誰だってあんな反応になる』
『洒落にならない』
『俺だったら手が出てる』
そして真白からは...。
『姉ちゃそ、ドンマイ』
慰めなのか煽りなのか...はたまた別の意味か。変に解釈出来てしまうメッセージが届いた。




