4. 発明家の少女
「いいねぇ、様になっているねぇ...!」
その少女に近づいてみると、何かブツブツと呟いていることが分かった。
「『昭和』と『令和』、こうもマッチするとは!」
「あの...」
「ん?もしかしてオーナーさん?」
「そうですけど...何してるんですか?」
「いや〜失敬失敬。ちょっと熱くなり過ぎてたよ」
そう言うと彼女は、赤い車に寄りかかった。
「私は『風原 伊織』。このスポーツ800、通称『ヨタハチ』のオーナーさ」
ラフな格好をした少女が、にこりと笑ってみせた。
「えっ、祖父の代から?」
「そう、おじいちゃんが若い頃に買ったんだ。で、お父さんと私が継いでいるんだ」
彼女に教えてもらったのだけれど、ヨタハチの販売が始まったのはアジアで初開催された『東京オリンピック』の翌年である1965年。この年に製造されたので、もう七十年くらい前の車なのだ。
「ちなみに、修理の回数は何回ほど...?」
「レストアのことかい?確か二回はしたはず。一回目は私が生まれる前、二回目は一年前に終わったんだ」
「たくさん愛情をかけているんですね」
「そりゃ、家族だからな」
家族...。
「ところで、防犯対策はしっかりしているのかい?こういう車は盗難されやすいぞ〜」
「あっ...」
「...マジか」
す、すっかり忘れていた!ドライブレコーダーくらいしか取り付けていない!
「どっ、どどどどうしたらっ!」
「私に任せてくれ!こう見えて『発明家』なんでね!」
伊織ちゃんの先導で、富士スピードウェイ近くの整備工場へ案内された。
「おじさ〜ん、整備リフトとか借りるぞ〜」
「お〜伊織か。いいぞ〜」
整備スペースの奥にある部屋から、男性の声がした。話し方からして家族か親戚なのだろう。
GRヤリスをリフトの上へ移動させている間、伊織ちゃんはヨタハチから工具箱と何かの基盤や配線を取り出していた。
「これは指紋認証システムで、少し前のスマホでも採用されていたようなものだ。これをドアノブとプッシュスタートボタンに取り付けるんだ」
「へぇ...」
「よし、早速やっていくぞ〜!」
ドライバーを握った彼女は、とてもウキウキしているようだった。
作業は一時間ほどで終わった。ずっと見ていたけど、手際の良さに見惚れていた。
「よし、完了と。指紋を登録するために、プッシュスタートボタンに触れてみてくれ」
指はどれでも良いそうなので、左手の人差し指で触れた。
[登録完了]
触れてから数秒、カーナビの画面に文字が現れた。
「うんうん、しっかり動作している!初めて作ったけど、良い出来だ!」
「は、初めてって...私のGRヤリスが実験台?」
「そ、そうとも言うな」
目線を合わせないようにしながら伊織ちゃんは言った。
「はあ...で、料金はいくらですか?」
「いや、いらないぞ」
「え、でも」
「ただし、条件がある!」
彼女はGRヤリスを指差した。
「月に一回の程度で、様子を見させてほしい!」
なぁんだ、そんなことでいいのか〜。
「もちろん、いいですよ」
「やった!」
「さて、私は帰るとするよ」
日が沈み切った夜七時、突然に伊織ちゃんはそう言い出した。
「え、こんな時間に?」
「なぁに、二時間の帰り道なんてそんなに苦じゃないさ。逆に雫さんはどうするのさ?」
「明日は仕事もないので、この辺りで一泊します。なので、帰るのは明日ですね」
「そうか、じゃあここでお別れだな」
ヨタハチのドアノブに手をかけた彼女の顔は、どこか悲しげだった。
「そ、そんなに悲しそうな顔しないでくださいよ。連絡先も交換したし、月一で会えるんですから!」
「...それもそっか。心配する必要はなかったな!」
すぐにいつもの笑顔を取り戻した。
「それじゃあ、また明日。おやすみ!雫ちゃん!」
「おやすみなさ〜い」
軽快な音を立てて、伊織ちゃんとヨタハチは走り去っていった。
翌日の正午。自宅がある吉祥寺へ帰ってきた。
「やっぱり落ち着くなぁ...」
車外へ降りて大きく伸びをした。長時間運転をするのはこの車を買ってからは初めてだ。
足を伸ばしていると、目に赤色が飛び込んできた。
特徴的な丸いヘッドライトが私を見つめていた。
「......ヨタハチ。いやまさか」
「言っただろう?『また明日』って」
隣の家から、聞き覚えのある声がした。
「い、伊織ちゃん!?」
「いや〜、こんな『偶然』ってあるんだねぇ〜」
「と、隣って伊織ちゃんの家だったんだ...」
「ん、うちは二十年くらい前からあるぞ?」
すると彼女は、黄色の高圧洗浄機を取り出した。
「今からヨタハチを洗車するんだ。してみるか?」
「なら...試しに」
この後、流れでGRヤリスも洗車した。




