12. 初めての役柄『ヤンデレ』
「ねえ、すぐにかなでに会いたい?」
富山県内のサービスエリアで、白鷺さんがそう話しかけてきた。
あの後、雪が収まったおかげで途中から高速道路を走れるようになった。
「んっ…ゲホッ」
ちなみに、その質問をされた私はむせてしまった。突然なんてこと言い出すんだ。
「し、仕事で忙しいんじゃないんですか?別に時間がある時でいいですよ。休みは一週間取ってますから」
「ふ~ん。じゃあ私だけで行ってこよ~」
「………」
時間ならあるから明日でも明後日でも大丈夫、大丈夫……でも、待てない。
「や、やっぱり今日のほうがいいです!一緒に行きます!」
「……ふふ」
「な、何で笑うんですか!?」
「いや、なんかかわいいなあって。女優じゃなくて『普通の女の子』だなって……」
恥ずかしくなって、手元の空き缶を握りつぶした。
「お待たせしました~……あれ、顔真っ赤ですよ?」
「フユノセイデス」
お手洗いから北海さんが戻ってきた。頼むから気付かないでほしい。
「あ、恋バナですか!ずるい!」
「あああぁぁ……」
北海さんが答えを言った瞬間、私の体は脱力してGRヤリスにもたれかかった。なんで北海さんはこの時だけ勘が鋭いんだろう……。
「ここ……?」
「本当はじいちゃんばあちゃん家だけど」
翫さんが住まわせてもらっている家はまあまあ大きかった。もしかしたら私の家よりも……。
「でも、かなでの車がないんだよね……仕事かな」
駐車場にあるはずの翫さんの車が見当たらなかった。けれど白鷺さんはそんなことを気にせずにインターホンを鳴らした。
「来たよ~」
『あら、しらちゃん!ちょっと待ってて』
玄関から元気そうなおばあさんが出てきた。
「紹介するよ。うちのおばあちゃん……会ったことってある?」
「もしかして……雫ちゃん?」
「お、お久しぶりです」
実は私と翫さんのおばあさんは『初めまして』ではない。高校時代に何回か会ったことがある。
「大きくなったね~。最近は女優として活躍してるんでしょ?凄いわ~」
「ありがとうございます……!」
女優のことで褒められて少し恥ずかしくなった。
「ささ、上がって上がって」
「お邪魔します」
「翫さんとあまり話したことがない私も上がっていいんでしょうかね……?」
「ただいま~!」
今、私はドッキリをしかけている。ターゲットは翫さんである。
リビングの照明を消して真っ暗にしてもらい、ドアを開けた瞬間に飛び出すという古典的なスタイルだ。ただ、それだけじゃ物足りない(と、白鷺さんが言い出した)。
そこで、私の演技力を使うことになった。
「いっそのこと雫ちゃんにヤンデレになってもらおっか!」
サンルームで探し物をしていた白鷺さんがそう言った。ヤンデレの演技なんて、私は今までにしたことがない。概要は知っているけど。
「例えば、この絵の具を使って血を再現してさ、頬や手に塗りまくるの。で、極めつけとして『ずうっと一緒♡』みたいなことを言えば……」
「立派なヤンデレ!」
「なんで北海さんも乗り気なんですか!?」
ウッキウキで二人は赤色と黒色の絵の具を混ぜていた。乗り気なのはこの二人だけではなく……。
「邪魔にならないように、お父さんと二階で待機してようかしら!」
「ばあちゃんたち助かる~!」
翫さんのおじいさんおばあさんもだった。
「北海さん、この赤いポリ袋も使ってもらっていいわよ」
「ありがとうございます……じゃあ真っ暗じゃなくて真っ赤にしましょう」
「即席血のり完成!じゃあ雫ちゃん、目瞑って」
こうして、私は白鷺さんの手によって、ものの一時間で見た目がヤンデレになった。
午後五時半、翫さんが帰ってきた。白鷺さんと北海さんは隣の和室で待機している。
「居間はさすがに誰かいるはず」
翫さんはそう言ってドアを開けた。その瞬間、手にあったカバンが床に落ちた。
「おかえり、翫さん。これで、ずっと一緒にいられるね」
さて、翫さんはどんな反応を
「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
絶叫して後ろに倒れ込んだ……。
「かなでってたまに赤ちゃんに退化するよねw」(by 白鷺)
「オギャアって…」(by 北海)
「何か絶叫が聞こえたんだけれど?」(by おばあちゃん)
「かなでってあんな声出せるんだな。おじいちゃんびっくり」(by おじいちゃん)
そういえば、高校時代に数人(翫さんを含む)でお化け屋敷に行ったけど、かなりの序盤で気絶してたっけ……このドッキリは向いていなかったようだ。
「今日も女子会とは……最近の加賀谷は熱心だなぁ」
家までの帰り道で僕はそう呟いた。ミズハを着せ替え人形にでもしているんだろうか?
冬は視界が悪くなるし、窓ガラスは結露するし、スリップして踏切で立ち往生されるし、ろくなことがありゃしない。
「ん…?」
家の前に着くと、見慣れない車が一台停まっていた。
GRカローラはお姉ちゃんのだとわかる。ただ、その後ろに止まっているGRヤリスは誰のものなんだ?
お客さんが来ているのだと思い、僕は玄関の鍵を開けた。
「ただいま~……なんで真っ暗?」
いつもなら照明がついているはずなのに、今日はついていなかった。うっかり忘れているのかな?
ここで違和感に気付いた。いつもなら台所から音がするのに、何も聞こえない。
「……おばあちゃん?」
台所には誰もいなかった。なにこれホラー?
「居間はさすがに誰かいるはず」
そう思って居間に繋がるドアを開けた。
「おかえり、翫さん」
赤色の照明の下に、コートを着た女性が立っていた。照明のせいで何かは分からないが、手や顔に液体が付着していた。
「これで、ずっと一緒にいられるね」
女性が僕に向かってほほ笑んだ。
可愛いと思うよりも先に、恐怖がでてきた。ホラー映画どころでは収まらない恐怖体験に、僕は叫んだ。
「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
16分17打 ( ˘ω˘ ) スヤァ…




