沈黙
私は別れを告げて去ってゆく彼女を見送っている。
成長したな、息子も生きていれば、私よりも大きくなっていたのだろうか。
彼女の背中が見えなくなった頃、私は玄関の引き戸を開け、家に戻る。
家の中は線香の香りが漂い、しんと静まり返っている。
居間に入ると妻が食い入るようにアルバムを見つめているのが目に入った。
辛さからか、妻は息子の思い出を振り返るのをあまり好まないが、一度思いを馳せると止まらないのだろう。
妻は私に気づくと、アルバムを閉じ、お茶と茶菓子を下げて台所に向かう。
私はアルバムを手に取り、棚に仕舞うために廊下へ向かった。
息子の部屋に入ると、本棚の所定の位置にアルバムを戻す。
部屋はあの日から時が止まったように変わらない。
ふと床に目を落とすと、封筒が落ちていた。
アルバムを戻すときに、どこかから落ちてしまったらしい。
封筒の宛名を見ると彼女の名前が記されている。
どうやら息子が彼女に宛てたもののようだ、なぜここに……
封筒から便箋を取り出すと、震える文字で窮状が綴られていた。
どうやら息子は、彼女の関係者から暴力を背景に金を脅し取られていたらしい。
どういうことだ、息子は彼女を庇って事故に遭ったはず。
頭が真っ白になった。
とにかく彼女に確認する必要がある。
私は書斎に足早に向かい、年賀状から彼女の住所をスマートフォンで撮影した。
急いで外出の支度をすると家を出た。
「お父さん!そんなに急いでどこへ行くの」
妻の声が聞こえた気がしたが、それどころではなかった。
フラッシュバックが止まらない。
亡くなる直前の息子の顔、葬式の参列者、今日訪問した彼女。
私は己の不甲斐なさに憤り、それでも息子のためにやるべきことをやるため腹をくくった。




