八:外道の終焉 ―丈之助、すべてを背負う―
「あ、あれは――ホルデンズ――」
マルクスはゴクリとつばを飲み込んだ。
「ヴァ、ヴァレンスの忠臣だった男だ――、騎士団として再起する力をまだ遺していたのか――」
「えぇ、あんたに一矢報いるためにね。長い長い屈辱の日々を乗り越えてきたんでござんすよ」
眼下から様々な視線が集まっている。不安げな視線よりも、敵意の視線が大半なのはこいつがやってきた事の結果そのものとも言えた。
「あんたの家臣はほとんど死にやしたか、蓄電しやした。残っているのはそれでもなお忠義を尽くそうという関心な連中でござんすよ。そして、残るのは――」
――チャッ――
俺は長脇差を抜いて刃を内側に向けると、それをマルクスの喉元の根元に押し当てる。刀の刃の冷たさがマルクスにさらなる恐怖を与えた。
「た、たのむ――金なら――金ならいくらでも有る! 好きなだけやる! 地位も住む場所も思いのままだ! だから! 命だけは! 命だけは!」
なかば泣いているような声でマルクスは懇願していた。だが――
「旦那、わすれちゃいけませんぜ。あっしは、流れ者――、こことは別の世界から流れてきた〝神落とし〟です」
「神落とし――」
「えぇ、あんたが殊の外、ご執心だった神落としです。そしてあっしは所詮は流れ者――、一つ所に安住できねぇ、無宿渡世の人生です。流れもんにゃぁね、旦那――」
そして、俺はマルクス喉に押しあてた長脇差を横に勢いよく引いた。
――ブシュッ!――
マルクスの喉から鮮血が吹き出す。
「金を持ってても使う場所すらねえんですよ」
――ザクッ!――
俺の長脇差の刃がマルクスの首を一気に切断した。そしてその背中に蹴りをいれるとその衝撃がマルクスの首と胴体を完全に切り離した。
――シュゥーーーーーッ!――
胴体から血が吹き出し、俺はマルクスの首を勢いよく放り投げた、眼下ではマルクスに忠誠を誓う忠臣たちだろうやつらが俺の顔を睨んで指差し叫んでいた。
「咎めるなら、この街のだれでもねぇ。あっしを恨んでおくんなせぇ」
俺のそのつぶやきが下の奴らに聞こえたかは定かでない。だが確かなのは、これで領主殺しの敵意は俺に集中するだろう。あとは、この街のことはホルデンズの旦那がどうにかしてくれるはずだ。
――ビュオッ! ビッ!――
長脇差を振るい、血糊を払うと、左腰の鞘に収める。そして俺は室内へと戻ってきた。
「終わりやしたぜ」
俺の言葉があたりに響いた時、皆の視線が一つに集まってきた。
エライジャが俺に感慨深い視線を向けていた。
「あぁ、やっとな」
エライジャはマルクスが懐に隠していた拳銃を拾って弄んでいた。
「クイーン・アン・ピストル――、高い命中精度を持つライフリング銃身仕様の携帯用拳銃か、まぁ、マトモに撃ったことは一度もなさそうだがな」
「貴族様の護身用ですかい」
「あぁ、一発しか射てないけどな」
そういいながら拳銃を床に置くと歩き出す。
「さて、後始末はホルデンズの旦那に任せようぜ」
「その方が、良うござんしょう。政は、慣れている御仁に任せやしょうぜ」
そういいながら部屋から出ていこうとする。エライジャはフレイヤとカイラを連れている。これからも一緒に歩むだろう。俺はセシリアだけでなくライディナにも声をかけた。
「そいじゃ、行きやしょうか」
「うん――、でも」
ライディナは意味ありげな笑みを浮かべる。
「少し、精霊の山に帰って休みたい。暫くは人間の顔も見たくないから」
「そうですかい。しかたありやせんね」
「ごめんね」
あのクソ領主に散々こき使われたのだ、心と身体をそっとしたいと思うのは当然だろう。
「でも――、私の力が必要になったらいつでも呼んで。貴方の左手に刻印した聖餅を掲げて私の名前を呼べば、どこでもかけつけるから」
セシリアが補足する。
「精霊召喚だね」
「うん」
そして、ライディナはかつてマルクスだった肉の塊に恨みの視線を向ける。
「あいつには本当に嫌な思いばかりさせられてきたから」
そう言いながら、ライディナは自分の体を抱きしめた。その仕草には、彼女がどれだけマルクスに汚されたかが滲み出していた。俺はそんなライディナの肩をそっと抱き寄せてやる。
「でも、そんな苦労の毎日もこれで終わりでござんすよ」
俺は彼女の肩を叩いた。
「さ、生まれ故郷におかえりなせえ」
「うん」
ライディナは地面を蹴るように、そっと飛び上がる。
「本当にありがとう――、またどこか出会おう――」
そして、窓から外に出ると、光の粒に拡散して空へと散っていった――
今こそ、悪党は死んだ。悪事は潰えた。
「さぁ、帰りやしょう」
俺たちはイリスの姐さんの酒場に向けて歩き出したのだった。




