五:雷精を越える者 ―たどり着く丈之助―
「馬鹿な!? ライディナの雷光をまともに食らっていて立てるだと? そんな馬鹿な! ありえん! あり得んぞ!」
栗毛の髪に白髪が混じっているその男――現当主のマルクスは、俺が生きていると言う事実を否定すべく必死に叫んでいた。
「ライディナの雷光魔法は誰にも打ち破れなかった! 儂を殺そうとしてきた刺客や殺し屋はすべて返り討ちにしていた! 逆らう者はすべてことごとく焼き払った! 逃れられた奴は今まで一人も居ない! 一人も! なのになぜお前は立っている!?」
マルクスの怒号が響く中、俺は一歩一歩踏みしめながら歩き出す。
「御高説ありがとうござんす。ですがどうやら――」
――ビュオッ!――
「――今度ばかりはそうはならなかったようで」
俺は右手に長脇差を握りしめて気合を入れるように一気に振り下ろす。どうやらイリスの姐さんが俺が体に貼り付けた半紙に施してくれた魔法が効いてくれたようだ。マルクスの野郎、俺がよもや紙の鎧を見つけているとは思うめぇ。奴は俺の攻撃の意思を目の当たりにしてその表情は一気に凍りついていた。
「ラ! ライディナ! 貴様何をやっている! 手を抜いたのではあるまいな?」
奴の悪態の矛先は奴が使役している哀れな雷精へと向かった。
「そんな――、マルクス様!? お疑いになるのですか? 貴方の宿敵を、貴方のご意思通りにことごとく討ち滅ぼしてきたこの私を!」
「しかし、現にやつは――」
「お待ち下さい! 今一度!」
マルクスの背後に控えていた雷の精霊はその両手を斜め左右に掲げると、今一度、呪文を唱えた。
「雷鳴魔法! 紫電の矢!」
呪文とともに空間に球体の雷――雷球が光り、そこから俺めがけて光の矢が降り注ぐ。俺はそれを長脇差を真っ向正面に垂直に構えて受け止めた。あのエマが魂こめて鍛えに鍛えたあの長脇差だ。込められた魂は、雷如きにもびくともしなかった。そして何より、俺の身には何の掻痒もない。そのまま俺の周囲に拡散して拡がってしまう。
まるで俺が何者かの巨大な力に守られているかのようだった。
「そ、そんな――私の雷が――、まさか?」
ライディナの視線は、俺の背後にしっかりと付いてきていセシリアの方に向いた。
「あんたの仕業か?」
「はぁ?」
焦りを見せるライディナからの思わぬ詰問にセシリアは戸惑い気味に答えた。
「私は風精だよ! 雷をどうこうできるわけ無いだろう!」
「でも、現に――」
「ライディナ! なんとか、なんとかしろ!」
「し、しかし――」
ライディナは二度仕掛けた。そして、二度も俺を仕留め損なった。つまりはこの状況では俺を雷で打ち倒すことはできないことを意味していた。そしてなにより、ライディナは何かに怯えていた。
「使えん奴め!」
「ひっ――お――お待ちを! 今すぐに!」
それは無能呼ばわりされることへの怯えだった。使えない存在とみなされれば、激しい責苦か、身の破滅が待っているのだろう。あるいは捨てられるか――、この冷血領主なら十分に考えられる話だ。
再度魔法を使おうとするライディナを止めたのは意外な声だった。
「ライディナ――、もう大丈夫だよ。そんな奴の言うことに怯えなくても」
情のある温かい声だ、さしづめ、母親になった事の有る貫禄のある女性の声だった。
「カイラ?」
セシリアの母、火精のカイラだった。そして、さらに聞いたことの有る若い女の声――
「ウォルフガングは死んだ。私の母さんも開放された。グレゴールってやつがこき使ってた地精のガイアナってのも自由になれたようだよ」
「フレイア?」
「残るはあんただけさ、ライディナ!」
そしてさらに聞こえたのはあいつの声だ。
「そう言うこった――」
「エライジャの旦那?」
「おう、こっちは片付いたぜ。残るはあいつだけだ」




