九:ゴブリンと南蛮娘
とっさに受け身をとって立ち上がれば――
「鬼?」
目の当たりにしたのは数人の小鬼に襲われている見知らぬ南蛮娘の姿だった。人間の子供程度の背丈の緑色の肌の小鬼どもが乱暴狼藉を働こうと南蛮娘に掴みかかっていた。当然、彼女には抵抗する事もできなかった。
その理不尽に俺の中で怒りが湧いていた。
見知らぬ森の中で俺は思うよりも早く、脇差を抜いて駆け出した――
振り分け荷物を投げ捨てて、頭にかぶった三度笠を左手で脱ぎ、三匹の小鬼に投げつける。
「ギャッ!」
「グギャギャガ!」
「ガウッ!」
一匹が三度笠を投げつけられて南蛮娘から慌てて離れる。残る二匹が驚いて俺の方に視線を向けてきた。小鬼どもの手には血錆で汚れた小さなだんびら刀が握られていた。
「ギャギャーーッ!」
3匹そろって叫び声を上げると俺の方へと向かってくる。3対1だったので勝てると思ったのだろう。俺は足を止めることなく小鬼たちの方へと向かう。と、同時に左手で道中合羽の襟元の紐を外して振り回すと、投網のように広げて小鬼どもに投げつける。
「ガギャ?!」
二匹が道中合羽の下になり、残る一匹が俺の眼前で立ち止まる。俺は手早く小鬼の頭を脇差で叩き割った。
――ドカッ!――
まずは一匹、残る二匹のうちの一匹を道中合羽越しに真上から突き刺した。残る一匹が道中合羽の下から這い出てきたところを右足でその頭を踏みつけて背中から突き刺す。人間の赤子に毛の生えた程度の背丈の三匹だったので造作もない。ただ、この小娘では多勢に無勢で逃げ切ることは難しいだろう。
道中合羽を拾い上げ三度笠を拾うと身につける。緑の血を流す小鬼の亡骸を蹴飛ばすと俺は南蛮娘に歩み寄った。
薄布の前合わせの袖なし衣に、編上げの履物、髪の毛は結い上げておらず、頭の額のあたりで紐でまとめてあった。髪は金色、目は青く、明らかに俺とは違う国の人間だった。だが、俺は死んでから出会ったあのカロンと言う男に言われたことを思い出していた。
――こちらの世界での言葉を話せるようにしておく――
そうだ、言葉は通じるはずだ。俺は脇差を一振りし、刃峰についた血を振り払うと鞘に収める。
――パチン――
鞘の鯉口が涼しい音を立てた。
「お嬢さん、立てやすかい?」
見た目には大きい怪我はしていないようだ。俺の言葉に彼女は頷いた。着衣の乱れを直しながら彼女は立ち上がり頭を下げてくる。
「ありがとうございます、助かりました」
だが、警戒――と言うよりは恐れの色はその目からは消えてない。それでも俺を理解しようとしているのは見て取れた。
「お強いのですね」
「長い間、命のやり取りをしてましたんでね」
俺は当たり障りのない言葉を返していた。