壱:城塞楼閣内部 ―第1階層―
一方――
下水路をT字の分岐点にて左に折れた俺とセシリアは悪臭に耐えながら先を急いでいた。
「この匂いなんとかならないのかしら?」と、風の精霊セシリアは鼻を抑えて丈之助の背中にしがみつく。
「今少しです。ちいと堪えてください」
「わかった」
セシリアは鼻を抑えて涙目で頷いた。
「丈之助、あなたは大丈夫なの?」
「戦いで血と臓物の匂いにまみれるのは慣れておりやす」
「……すごいわねあなた」
そしてセシリアは確信となる言葉を突いた。
「あなた今まで、どれだけの人間斬ってきたの?」
「さぁ、昔のことなんか忘れちまいましたぜ」
俺は過去を振り切るようにニヤリと笑った。
「戦いが終わったら、風呂でも入りましょうや」
「そうね」
脇目で見ればセシリアの表情が柔らかくなる。俺の軽口が効いたのだろう。下水路をある程度走ると、頭上に登り階段が見えてきた。頭の中で砦の敷地の位置関係を思い浮かべると、砦の中心となる楼閣の基底部分に差し掛かっているのは間違いない。
「どうやらここでござんすね」
「そのようだね、人間の魂の気配がたくさんしている」
「それじゃ、ひと暴れしやしょう」
「あいよ」
俺が口元に笑みを浮かべると、セシリアもニヤリと笑った。
細い螺旋階段を登ると体の幅1つ分の狭い扉に差し掛かる。右手に長脇差を持ち扉に手をかけて扉を開けて一気に飛び出す。
するとそこは、砦の本体楼閣の1階部分だった。楼閣の中を四角を描くように伸びる長い廊下、そこは守備兵で溢れ返っていた。突然、砦の建物の内部に突入してきた俺と言う侵入者に辺りは騒然となる。
「なんだこいつ?」
「こいつ? 神落とし!」
「疾風の丈之助!」
「武器を持つものは集まれ! 討ちとれ!」
10人も20人も、軽装鎧と剣を身につけた守備兵たちがわらわらと集まってる。それらを前にしても俺には怯む理由は無かった。
「雑兵さんがご苦労なこってす」
「一気にやっちまおうよ」
「もちろんです。姐さん――力貸しておくんなせえ」
「あいよ」
精霊としての半透明な体の状態でセシリアは俺の背中にまとわりつきながら、その右手をかざして俺の長脇差に加護の力を与えた。
「行きやすぜ」
それを受けて一声叫ぶと俺は一気に駆け出した。目指すは2階への登り階段だ。
唇を噛み締めて周囲を睨みながら長脇差を振るいつつ円を描くように一回転する。長脇差の剣先から風の刃が広がり、俺たちを囲む兵士たちをざっと10人はまとめて切り伏せた。
――ズザッ!――
――ザシュッ!――
――ズバッ!――
剣を構えているものも、槍を持っているものも、一切合切構わずに、牛や豚でも屠殺するかのように十把一絡げにまとめて命を奪う。否、俺はそれを命とは思っていなかった。
「いつも思うけど、命ってあっさり消えるね」
セシリアの姐さんのその言葉に俺はニヤリと笑った。
「そいつは違いますぜ、姐さん」
「え?」
「立ちはだかる者は、所詮は肉の壁、切り伏せたその先に明日に続く道があるだけです」
俺は走りながら、目の前に槍を構えて立ちはだかる守備兵3人を、風の刃で撫で斬りにする。血しぶきを吹き上げて崩れ落ちるその肉体を、何の感慨もなく踏みつけて乗り越えた。
その時セシリアは悟ったように言葉を漏らした。
「――あんたには敵と味方と言う二つしかないんだね」
そうかもしれない。そして俺は、敵と言う存在は人間として認識できないのだろう。だからこそ修羅のような人生を息抜いてこれたのだ。




