壱:悪漢グレゴール ―リカルドの怒り―
リカルドは丈之助たちと別れてひたすら先を進んだ。下水の穴の中は歩道が一部崩れかけているところもあったが、海賊という経歴を持っているリカルドにとってはさした問題ではない。この程度の面倒は昔からよくあることだからだ。
「こっちの方で間違えねえんだな?」
「うん、グレゴールの命の気配も感じる」
「よっしゃ!」
エマを肩に担ぎながらひたすら先を進む。薄暗い、下水の穴の中、ひたすら進むとようやくに先に明かりが見えてきた。出口に近づいてきたのだ。
さらに先を進む。崩れかけの下水道は急に斜め下の方へと角度を増す。階段状になった歩道を慎重に降りていく。すると急に明るくなったその先の場所に4人ほどの人の気配が見える。
「リカルド、何かがいるよ」
「ああ、グレゴールの下っ端だろう」
リカルドは左腰に下げている愛用の肉厚な剣カットラスを右手で引き抜いた。
「逃がしゃしねえぞ、人の生き血をすするように税金吊り上げて私腹を肥やしていたあいつらだからな」
慎重に距離を測りながらあとを追う。2人ほどが出口を遮るように立ちはだかっている。
「マリネア」
「うん」
2人の会話はそれで十分だった。これでもう3年以上もともに過ごしてきているのだから。
「水霧、目くらまし」
マリネアのつぶやきとともに2人の後衛は急に見えなくなった視界に戸惑っているようだった。
「うわ? なんだ」
「見えねえ! くそっ」
チャンスは今だ。
海賊船の甲板の上で鍛えに鍛えた足腰で一気に間合いを詰めるとカットラスで急所を一突きにする。1人は喉笛を、もう1人は心臓を、切ってよし、刺してよしの、勝手の良いカットラスだからこそできる芸当だった。
あっという間に2人が崩れ落ちてその先が見えてくる。
「出口だよ」
「おう!」
下水の出口から外に出ればそこは崖の斜面だった。下水はそのまま川へと流れていく。緩やかな斜面を悪漢大臣のグレゴールが汗をかきながら必死に歩いて行く。ブクブクの太っているため走るのが容易ではないのだ。
4人いた取り巻きの部下たちは残り2人。リカルドの姿を見つけてロングソードを抜いて警戒を始めた。
「ありゃ見つかっちまったか」
「いいんじゃない、まとめてやっちゃえば」
「だな」
リカルドは肩に担いでいたエマを、近くの岩場にそっとおろす。
「ちょいとここで待っててくれよ」
そう囁きかけると崖を降りて行き大声で叫んだ。
「待ちやがれ! グレゴール!」
腹の底から驚くような声が響く。荒波の上で鍛えに鍛えたこの体だ、波の音にも負けないように大声は慣れている。荒れた崖の上で放った言葉は雷鳴のように轟いた。




