九:逃亡者 ―荒波のリカルド、トンズラする―
そこは誰も使ってないような朽ちた木の陰だった。そこに埋もれるように設けられていた腐った木の扉を開けて苔だらけの石階段を降りる。その先待っていたのは――
「何だこの匂い?」
「下水――ですかい?」
「そのようだな」
――下水、すなわち〝ドブ〟だった。
俺達が連れている精霊の二人も文句を口にする。
「なにこれ?」とセシリア、
「くさーーーい!」とフレイア、
精霊とは言え、女二人、こう言う場所は苦手なはずだ。視線の先には砦の地下から引き出された排水路の隧道があり、その排水路隧道の両側に歩道がある。その歩道の先に俺達を手招きしたリカルドの姿があった。
頭に巻いたバンダナと片眼の眼帯が目印の海賊だ。人懐っこい笑顔で俺達を見ていた。
「こっちだ! 丈之助!」
「あんたは――荒波のリカルドの旦那で」
「覚えててくれたか?」
「へい、あの時の剣さばきは見事でしたんで」
「うれしいねぇ! そっちの居合抜刀も見事だったぜ」
そう言うとリカルドは右手を差し出してきた。握手を交わすと、先を急ぐように事情を話し始めた。
「悪いが俺は先にトンズラさせてもらう。彼女を街に戻したいんでな」
そう言うと顎でしゃくるようにして有る場所をしめす。下水隧道の歩道の脇、壁の一つに脇に彫り込んだ穴が有る。そこに荷物や人を待機させるためのものだろう。するとそこには汚れた衣類を着せられた鍛冶屋のエマの姿があったのだ。
「エマ!」
「生きてたのか?」
俺とエライジャがいきり立つ中で、当然、俺達の関心は別のものに移る。俺は不安をにじませながら、リカルドに尋ねた。
「怪我はなさそうですが――無事だったんですかい?」
エマは女だ。それがあのゴロツキ連中に引っ立てられて連れて行かれたとなればただではすまないだろう。エライジャもそれを危惧していた。
「尋問ついでに何かあったんじゃないか? とは思ってたんだが――」
エライジャは片膝を付いてエマの体を診察する。
「外見に怪我はないな、寝てるだけだ」
俺たちはひとまず胸をなでおろした。だがやはり、乱暴はあったようだ。リカルドが口調を変えてすまなそうに答える。
「流石に、何もなしというわけには行かなかかった。裸に剥かれて尋問されて、嬲りものにされた。助けてやろうにも俺1人ではどうにもならねえ。だが、あんたらが殴り込んできたんで砦の中が騒ぎになってよ。見張りも駆り出されたんで、これがチャンスとばかりにエマを連れ出したんだ」
「そうだったんですかい」
「ただ――、女としてはつらすぎる」
そうエライジャが呟いたときだ。
「大丈夫だよ。あたいが傷と記憶を消しといたから」
リカルドの背後から声がする。それは俺たちのセシリアやフレイアと似た気配だ。
「え? まさか?」とフレイア、
「もしかして、マリネア?」とセシリア、
「お久しぶり。治療と記憶操作は私の十八番だからさ」
そうつぶやきながらリカルドの背中から姿を表したのは、細身の緩やかなシエルエットの水色の輝きの女だった。胸と腰回りには水しぶきと濃い霧がまとわりつき衣類代わりになっている。
「マリネア姐さん!」とフレイア、
「生きてたの? 6年前に連れてかれたと思ったのに」とセシリア、
二人の旧知の仲だったようだ。




