六:決闘 ―ホルデンズ 対 ウォルフガング―
そして、ウォルフガングはホルデンズと一騎打ちの状況になっていた。ホルデンズが手にしていたのは愛用のバスタードソード、常日頃から腰に下げていた愛用の剣である。かたや、ウォルフガングは細身のロングソード、斬撃を重視するか、刺突を重視するか、それぞれの剣技の特徴が明確に武器に出ていた。
双方に、離れた位置から突進して、剣を突き立てる。交差する瞬間、互いの剣の切っ先が、それぞれの鎧の上で火花を散らすが、敵の急所を仕留めるには至らなかった。
「ちぃっ! 硬い鎧だ!」
「今日こそ決着をつけるぞホルデンズ!」
「望むところだ!」
「尋常に!」
「勝負!」
そして再び、勢いをつけて馬を走らせると、疾走る機動を交差させつつつ、互いの剣を振るう。刺殺を狙うウォルフガングの剣を横薙ぎにホルデンズのバスタードソードが薙ぎ払い、ウォルフガングが馬を突進させてぶち当てようとすれば、軽妙な乗馬術でこれを交わしつつ、剣の柄尻でウォルフガングの兜をしこたまに殴りつける。
――ゴッ!――
「ぐっ!」
意識が飛びそうになりながらも、ロングソードの切先をホルデンズの鎧の脇腹の隙間にねじり込む。致命傷には至らないが、脇腹に深い傷を負わせる。
――ブシュッ!――
血が吹き出して鎧の隙間からにじみ出る。苦痛を感じるもホルデンズはそれを表情には出さなかった。そればかか、チャンスとばかりに、剣を握る敵の右腕をその肘の関節から切り落とそうとする。
――ガァアアンッ!――
鎧の篭手の装甲に阻まれて、切断には至らないが、その衝撃はウォルフガングからロングソードを奪った。激し打撃に思わず剣を握る手から力が奪われてロングソードを取りこぼしたのだ。
「もらったぁ!」
ホルデンズが叫んだ瞬間――ウォルフガングはにやりと笑った。
「なにか忘れてねぇか?」
「!?」
ウォルフガングの言葉にホルデンズははっとなる。するとウォルフガングの背中に姿を表したのは炎の精霊のカイラだった。そして――
「燃えつきろ! ホルデンズ!」
――カイラの両手からほとばしる炎がホルデンズを鎧ごと炎熱で包んだのだ。
「頭!」
「旦那!」
精霊の炎は鎧の隙間から浸潤して全てを焼き尽くす。それだけにウォルフガングにとってはいざという時の切り札だったのだ。
「残念だったな! これで終わ――」
腰裏から予備のダガーを引き抜くととどめを刺そうと肉薄する。だが――
「終わるのはてめぇだ!」
「なに?!」
ホルデンズは燃えていなかったのである。
――ブオッ!――
バスタードソードを懐から振り上げてウォルフガングを剣の側面で横殴りに殴りつける。
――ガァンッ!――
そしてそのままダガーを握る右腕の根本向けて一気に振り下ろした。
――ブンッ! ドズッ!――
総鎧の右肩の装甲の隙間――そこを正確に狙ってバスタードソードを突き立てた。刺して良し、斬って良しのバスタードソードだ。いかなる状況にも即座に対応可能だ。敵の右腕を封じて、攻撃手段を完全に奪った。形勢は一気にホルデンズ有利に傾いていた。
「残念だが、てめぇの炎は対策済みだよ」
全身鎧の兜のバシネットを跳ね上げて素顔を出してにやりと笑う。顔にはわずかに火傷の跡があったが、ほぼほぼ無傷だった。
「ば、馬鹿な? なぜ? なぜ焼けない?」
「策を練ったからに決まってるだろう! 腕の良い魔法使いに頼んで、炎よけの護符呪文を鎧に仕込んだんだよ! お前ならば、馬鹿の一つ覚えみたいに炎の精霊をけしかけてくるのは分かってたからな!」
「くっ! クソっ!」
腕の良い魔法使い――それがだれなのかは明白だった。酒場の女将のイリスである。兜のバシネットを閉じて、馬の動きを整える。
「さぁ、覚悟決めろ! 裏切り者のウォルフガング! ヴァレンス公にあの世で詫びてこい!」
馬を突進させてウォルフガングの鎧に真っ向からバスタードソードを突き刺そうとする。対するウォルフガングは止まったままそこから動こうとしない。二人の勝負に決着が付くか――と思ったときだ。
「だからてめぇは甘いんだよ! ホルデンズ!」
そう言い放つウォルフガング――その握りしめていた左腕を眼前へと突き出す。そして、彼自身が火炎魔法を使えるかのようにその手のひらから豪熱を吹き出したのだ。
――ブヴォワァッ!――
「ぐっ?」
それは火炎と言うよりは爆風だった。ウォルフガングの手のひらの中で火炎魔法が吹き上がったのだ。
――ボォオオオンッ!――
「がぁあっ!?」
ホルデンズは馬ごと吹き飛ばされた。ウォルフガングの奥の手にまんまとしてやられたのだ。




