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七:渡世人、丈之助の最後

 凍てついた雨の降りしきる中、三度笠と道中合羽姿で、例幣使街道を西へ西へと向かう。黒松とその配下の男たちと戦った際に浴びた血しぶきが、三度笠と道中合羽に染まり、真っ黒な染みを作っていて容易には落ちそうにない。

 さらに、栃木宿から外に出たあたりで身の回りが怪しくなってきた。お役人や目明かしのような連中がちらつき始めたのだ。

 栃木宿を旅立ち、富田、犬伏、天明へと宿場町を流れ歩く。

 そして、八木宿を越したあたりから渡良瀬川沿いに脇道へと足を踏み入れた。


「脇道で追っ手を振り切るか――」 


 足利の郷の背後に控える山道へと、人目を避けるようにして分け入って行く。

 だが、ほどなくして俺は判断を誤ったことに気がついた。


「くそっまだ追ってきやがる!」


 数人の追手が着実に俺の足跡を追いかけてきている。まるで腹の減った野良犬のように。そして、巧みにその姿を匂わせながら、俺を追い立てている。

 寒さと飢えと疲れで頭が回らなかったのだろう。追手の連中が追い立てるままに、脇道へ、脇道へと、追いやられてしまった。

 人気の多い表の往来では腰に下げた脇差を抜くわけにも行かない。

 それなりに人気の少ない場所へと逃れてやり過ごそうとしたのだが、飢えた野犬のように着実に俺の足取りをたどってくる。

 ならば、さらなる山道へと足を踏み入れて、獣道にでも分け入って振り切るしか無い。否、それしかないと俺は思い違いをしていたのだ。

 名も知らぬ山道へと迷い込む。全身が凍てつきながらもひたすら歩く。

 いつしか、人里も家々もまばらになってきたときだ。


――ドッ――


 俺の左肩を背後から熱いものが貫いた。


「な――?!」


 驚きとともに俺を襲った熱い痛みの正体にすぐに気づいた。それは一本の〝矢〟だった。

 俺を追う追手の手勢の者たちが俺を狙って打ち込んだのだろう。


「嘘だろ?」


 おもわず喉元を否定の言葉が突いて出る。


――ヒュッ!――


 だが、俺の頬をかすめて飛んでいった2本目の矢が、それが現実であることを思い知らせていた。


「くそっ! 俺を射殺す気かよ!」


 どうやら追手は俺の生死は関係ないらしい。あるいは矢傷で穴だらけにして俺を生け捕るつもりやもしれない。


――ザクッ!――


 3本目の矢が右の二の腕に浅く突き刺さる。

 その痛みを感じつつも俺は更に足早に進んでいった。

 山道を分け入って、歩いて、歩いて、歩いて――

 それからどれだけ歩いた? もはや意識は切れかけていた。


――ドスッ――


 また俺の背中に矢が突き刺さる。雨に伴う霧が立ち込める中で、背後から聞こえる声がする。


「よいか! 〝疾風の丈之助〟はめっぽう剣の腕が立つ! うかつに近寄れば返り討ちとなる! これまでに役人が七人犠牲となった! もはや捕縛は困難としこの場において仕留めることとする!」

「はっ!」


 聞こえる声は数人分あり、執念深く俺を包囲しながら追いかけている様子が読み取れた。

 なるほど。奴ら、普通に正面から捕まえるのは諦めたってわけだ。こすっからい役人どもの考えそうなことだ。


――ドッ!――


 またもう一本、今度は右脇腹。

 腹の中の臓物がやけに熱いのは腸の中が傷ついているからだろう。

 やべぇ、視界がぼやけてきやがった。足も前へ進まねぇ。

 俺は終わるのか? もうこんなところで終わるのか?

 

 待ってくれよ――

 こんな、こんな人生送るために俺は生まれてきたのか?

 親を殺され、住む家も奪われ、世の中を恨みながら必死に生きて

 親の仇を討っても認められずに殺しの下手人にされ

 世間を爪弾きに遭いながらも流れ歩いて、


 そして、そして――


「ふざけんな」


 俺の喉の奥からその言葉が漏れたその時――


――ドスッ!!――


 ひときわ強い一撃が俺の左胸を背後から貫いた。

 肺を貫き

 心の臓を串刺しにされて

 俺の胸の中から熱い血がこみ上げる。


「ち、ちくしょ――」


 俺はついに力尽きた。

 前のめりに倒れると俺の体からすべての力が抜けていく。

 この降りしきる雨ですっかり冷えていた俺の体は、そのまま冷たい躯へと変わり果てるだろう。

 あぁ、連中、なんか言ってるぜ。

 生憎だったな生け捕りにできなくてよ。

 ザマァ見ろだ。あの世に逃げさせてもらうぜ。

 じゃあな。



――――――――――――――

こうして、一人の渡世人の命は尽きた。

その刹那、静寂は幕引きではなく、扉のように開かれていく。

異なる空の下で、まだ見ぬ世界が彼を待っていた。

ここから始まるのは、誰も知らぬ新たな旅路――。


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