六:2ヶ月目 ―男の挨拶―
そして俺はある人の姿を探した。この2ヶ月、ずっとお世話になった大恩あるお方、雷のホルデンズその人だ。
邸宅の中に姿はなく、寝室の方にも居なかった。どこに行ったのかと思えば窓の外に人の気配がある。もしやと思い、俺は中庭の鍛錬場へと向かう。この屋敷には外からは見えないように肉体と武術の鍛錬をする修練の場所が設けられているのだ。
するとそこには、丸太を半分に割って作った長椅子が据えられていて、そこに腰を下ろして物憂げに辺りを眺めているホルデンズの姿があった。
俺は足音を潜めながら静かに歩み寄る。
「ホルデンスの旦那」
「丈之助か」
「へい」
俺は一度頭を下げる。
「お話がありやす」
「なんだ?」
帰ってくる声は落ち着いていた。俺を冷静に見上げてくる。いつもとは違う旅姿の俺に何かをすでに察しているかのようだ。そんなホルデンズの親分に向けて、俺は腹をくくってある〝答え〟を告げた。
「旦那、今日が約束の2ヶ月目です」
ホルデンズの旦那と最初に会った時、2ヶ月間の猶予をもらったのだ。すなわちその間にここに腰を据えて正式な子分になるか、また新たな場所へと旅立つか、決断しろと。
今日はその最後の刻限の日だったのだ。感慨深げに旦那は問い返してきた。
「そうか――、そうだったな。で?」
「あっしは旅立たせていただきやす。短い間でしたがお世話になりやした」
俺はそう語りながら深々と頭を下げる。これだけ世話になりながら恩を返せない、不義理のようなものを感じずにはいられなかったからだ。
俺の言葉に、旦那は残念そうにため息をついて静かに言った。
「そうか――、行くか――」
「へい。ただ、旅立つには付けなきゃならねぇケジメがありやす。ですからちぃとひと暴れしようと思いやす」
俺にもメンツはある。やられたらやり返す。通すべき筋を通さずにケツをまくって逃げるのは俺の性分じゃない。そんな俺の一言にホルデンズの旦那は声を上げて笑った。
「馬鹿な野郎だ」
豪快に笑う旦那に俺も笑って答えた。
「この生き方しか、知りやせん」
そして再度、深々と頭を下げた。
「それじゃ、お元気で――、ごめんなすって」
すると、エライジャのやつも顔を出してきた。革帽子に革マント、やつも旅姿だ。俺に目配せしつつやつもホルデンズの旦那に声をかけた。
「ボス――、俺も行かせてもらう。長い間、世話になった」
「そうか、お前も行くか」
「果たすべき約束があるからな」
「死ぬなよ。お前も丈之助も」
そう告げると旦那は立ち上がり俺とエライジャの肩をそっと叩いた。親分というよりは〝父親〟と呼ぶにふさわしいお人だった。
胸の中から熱いものが込み上げる。もう一声、発したくなるのを抑えて俺は言葉を飲み込んだ。男ならばもうこれ以上余計な言葉はいらんだろう。
「それじゃごめんなすって」
「ああ。達者でな」
そして俺は最後にもう一度一礼してその後去っていく。その場から去るまでの間、旦那の視線を感じていたが、俺たちは振り返らなかった。
「行きましょうぜ、旦那」
「おう」
俺たちはホルデンズの旦那の邸宅を出ると一路、街の北側に向けて歩き出したのだった。そう、いよいよ決戦だ。




