五:戦支度 ―紙の鎧と魔法の呪文―
翌朝、まだみんなが寝静まっている頃、館の裏手の水場の方へと向かう。
左腰に長脇差を落とし込み、肩には振り分け荷物を載せている。日が登りきらない薄明かりの中、釣瓶井戸を見つけてそのそばに荷物を置く。
洗い場の片隅にそこの浅い平たい桶が置いてあるのを見つけると、井戸から水を汲んで桶の上に浅く水を張った。
――ザァッ――
振り分け荷物の行李の中から取り出したのは元の世界から持ってきた〝半紙〟の束だ。それを貼った水の上にそっとおくと水に濡れるのを待つ。その間に上半身の上着を脱いで肌を晒らす。
俺は呼吸を整えて気持ちを落ち着けると、右手に濡れた半紙を1枚載せる。そして――
――パアアンッ!――
俺は勢いよく自分の左肩に濡れ半紙を貼り付けた。次は左手に濡れ半紙を載せて右の肩、
――パアアンッ!――
これを左右交互に何度も繰り返す肩から胸にかけて、急所を守るように何枚も重ねた。そしてそれを内側に着込む形で上着を元通りに着直す。
――キュッ!――
そして帯を閉めて出来上がりだ。その時背後から声がした。
「戦支度かい?」
声の主はイリスだった。
「姐さん――、へい、荒事のときには必ずこれをやります。切られたり矢傷を受けても、多少は傷を浅くできるんで」
口ぶりからすると、悲しみのどん底からは多少は立ち直ったようだった。
「紙なんかで役に立つのかい?」
「馬鹿にしたもんじゃありませんぜ、敵の刃物が肌に食い込まないようにするだけでも、命を拾うことがあります。それにあっしの戦いは足の速さが命、無駄に重いものはむしろ邪魔です」
「あんたらしいね」
そう言いながら彼女は俺の背中の側に立った。
「餞別だよ」
そう言いながら彼女は何やら呪文を唱えていた。
「魔道士イリス・エンビアンの名において、かの戦士が身にまとう紙の鎧に魔法の加護を与える」
――キュィイイイッ――
「――防護――」
――キィイイインッ!――
イリスの姐さんの呪文と共に力のようなものが俺の体を覆う半紙に広がっていくのがわかった。
「私ができるのはここまでだ。頼むから生きて帰っておくれ」
「へい、お約束いたしやす」
そう言いながら俺は振り分け荷物を彼女に預けた。
「後で取りに戻ります。預かっといてください」
「ああ」
そして彼女に一礼すると俺は、腰に長脇差、手に手甲、脚に脚絆、革マントに三度笠と言う渡世人としての旅姿で、そこから歩き出したのだった。




