四:契約の聖餅 ―生き別れの親子の涙―
俺がセシリアと和解したその時だ。エライジャが物陰から姿を現した。ただその右手には小柄な女の子が引きずられていた。
「旦那こっちも1匹捕まえたぜ」
「捕まえた?」
「ああ、昔倒した連中の幻影を見せてきたんだが、そっから後がお粗末だ。炎の玉を打ち込んできたんだが狙いが散々でな、一気に追いかけたら素手で捕まえられた」
「それで連れてきたわけですかい」
「ああ」
そう語るエライジャの右手の下で、赤みがかった肌に深紅の髪の毛の女の子がジタバタしていた。
「離せ! 離せよ!」
離せと言われてエライジャは赤毛のその少女を無造作に地面に投げ出した。外見からいえば年の頃12か13だろう。セシリアと同じように裸体の上に布状になった赤い炎を胸や腰に纏っている。どうやらそれが精霊の服装というやつらしい。
どうやらセシリアも彼女のことを知っているようだ。
「なんだフレイヤ、そんな簡単に捕まっちゃったの?」
「だって、刃物とか全然持ってなかったから行けると思って――」
「私と違ってまだあんたガキなんだから、無理しちゃだめだって言っただろ? 危ないと思ったらさっさと逃げなきゃ!」
「だって――お母さんの仇討ちたいし――」
仇討ち――その言葉が俺の耳に響いた。
「どういうことでござんすか?」
セシリアは俺やエライジャの顔を眺めながら語り始めた。
「最近人間の金持ちや貴族が精霊の山に土足で踏み込んできて、精霊を無理やりに連れてっているのは知ってるだろ?」
「へい、そのおかげで人間たちも立場の弱いやつはえらい苦労してますぜ」
涙目のフレイアを眺めながらセシリアはつぶやく。
「どこも同じだね。人間たちは精霊の力に苦しめられて、あたしら精霊は人間たちに自由を奪われる。そして無理やり連れてかれてひどい目に遭わされるんだ」
「精霊奴隷ってやつですかい?」
「ああ」
そしてセシリアはしゃがんでフレイヤの頭を撫でながら言った。
「この子の母親も10年前に無理やり連れて行かれたのさ」
「精霊でも、親子ってものがあるのかい?」
「ああ、あるよ。と言ってもそう数は多くないけどね。ごくまれに女性の精霊が精霊の種を宿すことがあるんだ。この子はまだ精霊として生まれて30年経ったか経たないかでね、人間で言えば10歳そこそこの子供だ。親に甘えたい盛りだよ」
それを聞いてエライジャが苦虫を過ごしたような表情をする。
「どうしたんだい?」
「ん? 昔の嫌なこと思い出しちまった。黒人奴隷の親子が別々の買い主に買われていく光景だ。奴隷市場で親子が別の買い主に買われた。当然無理やり引き離される。お互い泣き叫びながら鎖で引っ張られていく光景は今でも忘れられん。まさか別世界に来てまで同じ光景を見るとはな」
俺はあえて尋ねた。
「その無理やり連れてった野郎、マルクスってやつじゃござんせんか?」
「ああ、そいつの手下だよ」
俺はここに来た理由をあえて口にした。
「あっしらがここに来たのは、そのマルクスの野郎を討ち取るためですぜ。腕には自信があるが精霊の力だけはどうにもならねえ。だからこそ姐さん方の力を借りたい」
俺は真っ向からセシリアの顔を見た。彼女の表情が険しくなるの見逃さなかった。
「やることが終わったら、その後は、海でも山でも好きなところに行って構いません」
「やばいと思ったら見捨てて逃げるかもしれないよ?」
「その時はあっしに運がなかっただけの話でござんす」
「本気で言ってんのかい?」
「へい」
セシリアは大声で笑った。
「面白い男だねあんた。気に入った! いいよ力貸してやるよ! 最後まで付き合うよ」
そして彼女は言う。
「左手を出してくれ、契約の聖餅を与える」
俺は言われるままに左手の手首に巻いた手甲を外した。
「我、セシリアの名において疾風の丈之助に精霊の力を与えん」
――バッシッ!――
彼女が唱えた瞬間、俺の左の甲に光がほとばしり円形の文様のようなものが刻み込まれた。
「これは契約の聖餅――、あんたを契約の主としてちぎりを結び、あんたが死ぬか私が見捨てるかするまで私の力を自由に使うことができるようになる」
「ありがとうござんす。それじゃあっしからも」
俺も右手をかざして彼女に向けて唱えた。
「我、疾風の丈之助の名において、汝セシリアの戒めを解く」
俺は気合い入れて告げた。
「――外法!――」
次の瞬間、セシリアの首の周りに光の輪のようなものが浮かんだかと思うと、
――パキィイン!――
ガラスが砕けるようにその光の輪は砕けて散った。
「戒めが!?」
「あんたを自由にする――、それがあっしの戦いについていてくれる代償でござんすよ」
俺の笑みにセシリアは笑ったのだった。




