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参:抗うつむじ風 ―風の名を持つその女は静かに笑った―

「はっ!?」


 俺は瞬間我に帰った、左足を軸にして真後ろへと長脇差を振る。


――ビュオッ!――


 俺の眼前に風の刃が迫っていた。それを愛用の長脇差で斬り伏せて弾き返す。


――ギィイイインッ!――


 俺の目の前にいたのは銀色の長い髪の美しい女だった。体は細身で恐ろしくしなやかな体だ。裸ではないが、人間が着るような着物や衣類というのはなく、霧や霞のようなものが胸や腰の周りにまとわりついている。

 目は青く、肌は色白、細表な顔立ちで、切れ長の目が印象的だった。


「驚いた、あそこで我に帰るとはね。大抵は正気に戻らないまま素っ首、切り落とすんだけどさ」


 言葉は鋭く敵意がそのまま満ちていた。当然だろう、負ければ奴隷みたいに連れて行かれる。それが精霊とやらの常識ならば、死に物狂いで立ち向かってくるのは当たり前の話だ。


「そう簡単に切られるわけにはいかねえんですよ。守らなきゃならないもんがあるんでね」

「そいつはこっちのセリフだよ、人の住んでいるところに土足で入ってきて洗いざらい持って行こうとする! そんな人間なんかにいいようにされてたまるか!」


 今まで何度も人間に襲われたんだろう。冷静に話を聞いちゃくれそうにない。


「そっちの納得いくまで相手してやりやしょうぜ」

「そういう上から目線が」


 その女は両腕を振りかぶる。


「ムカつくんだよ!」


 振り下ろした腕の先から〝風の斬撃〟が撃ち放たれた。


――ビュオォッ!――


「死ねぇええ!」


 その叫びとともに風を操るその女は幾重にも風の刃を放ってくる。

 だが俺は足を止めず、右手に長脇差を握りしめて一気に駆け出した。


――ギィイイインッ!――


 ひとつ! 右前方からの斬撃を切る。


――キィンッ!――


 ふたつ! 左前方からの斬撃を弾く。


――カキィイン!ー


 みっつ! 真正面からの斬撃を跳ね上げる。


 そして、


「ふんっ!」


 俺は足元から襲ってくる斬撃を左足で踏み潰した。


「えっ?!」


 女が驚いてるのがわかる。その隙をついて俺は一気に肉薄すると、彼女の首筋に長脇差の切っ先を突き刺そうとする。


「刃っていうのは真横から押さえれば止められるもんなんでござんす」


 命を取られる寸前で俺が攻撃を止めたことで、彼女はへなへなと地面に座り込んだ。驚きあっけに取られていたかと思うと、沈んだ表情で目線を落とす。


「負けたよ、好きにしな。戒めをつけて私を連れてくんだろ? こき使うなり、犯すなり、好きにすりゃいいよ」


 帰ってきたのは捨て鉢なセリフ。それが彼女たちの常識らしかった。だが俺は、


――パチンッ――


 長脇差を鞘に収める。


「あっしはあんたらを無理やり連れて行くためにここまできたんじゃありませんぜ」

「えっ?」


 驚く彼女に俺は言った。


「倒したい悪党がいます。そのために少しだけ力を貸しておくんなせえ」


 そう言いながら俺は彼女に右手を差し出した、彼女は右手を握り返してそれを頼りに立ち上がる。


「あんた何言ってんだよ? 精霊に戒めをつけて連れてくためにここに来たんじゃないのかい? 命がけで戦ったんじゃないのかい?」


 女は俺の言うことがいかにも信じられないというような雰囲気だった。どれだけひどい目に遭わされてきたというのだろうか。


「男に散々ひどい目に合わされた女には、簡単に話は聞いちゃもらえませんぜ。叩かれるのを覚悟で話を聞いて腹の底を打ち明けてもらうしかねえでしょう」

「たったそんだけのために?」

「へい」


 俺は静かに笑った。俺の笑顔がその女にはよっぽど面白かったらしい。彼女は声を上げて笑った。


「ははははは! 何を言い出すのかと思ったら――、あんたみたいなお人よし初めてだよ。あんただったらついて行ってやってもいいかもしれないね」


 彼女はニコリと笑って言った。


「私セシリア、見ての通り風の精霊だよ」

「渡世人、疾風の丈之助と言いやす。お見知りおきを」

「あんたも風の名前持ちかい?」

「へい、故あって流れ歩いてたんで」


 人と人とが連れ合うというのは〝なんとなく行けそうだ〟と言う、予感がするときがほとんどだ。

 予感が働かないやつ、悪い意味で予感がするやつ――、そう言うのは必ずしくじる。

 俺はセシリアを前にして、こいつならやれそうだと感じていたのだった。


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