参:精霊と魔法 ―魔法使いの心尽くしと贈り物―
イリスの姐さんの話はなおも続いた。いや、そこからが核心だった。
「だが、これには神の思惑があってね、精霊が心から反省し神と和解を求めた際に、人間がその審判役として役割を担うために、もたらされたのが精霊使役の術であり、そのための物だったのさ。
しかし、人間は長い歴史の末に本来の役目を忘れ、精霊を奴隷のように扱うようになったのさ」
「今じゃ人間が、神の教えを忘れてやりたい放題やってるってわけでござんすね」
「そういうこと――、精霊使役の術は本来の名称ではなく、〝精霊契約の術〟が本来の名称なんだ。
精霊に対してかけられている他者の理不尽な精霊使役を解除し、精霊と信頼に基づいた契約を交わすことで、精霊の自由を約束する――それが精霊契約の術の本来の姿であり使用目的だったんだ」
どうやら彼女の必要な話は終わったようだ。
そして古びた革製の紙を取り出した。羊皮紙と言うやつらしい。
「これが、精霊契約の魔法さ。ここで一字一句読んで頭に叩き込んでくれ。それと絶対に他人には伝授しないこと。それが条件だ」
俺たちは書かれた魔法の呪文を頭の中に叩き込んだ。これが戦いの突破口になると信じていたからだ。
「仔細承知しました」
「俺もだ。思ったより簡単なんで安心したぜ」
そう言いながら俺たちは魔法の呪文の書かれた紙を返す。
「もっといっぱい書かれてると思った?」
「ああ、本1冊分あるのかと思ってた」
「そんなことないだろ。そもそもこれは神様が人間を精霊よりも上位の存在として位置付けるための魔法だったんだ。誰でも簡単に気軽に使えるようになってる。でもだからこそ世界中の権力者はこれを危険視した。それで取り締まられた。その余波で魔法使いは怯えながら暮らしてる。いつ権力者にとっ捕まるだろうかってね」
「精霊契約の魔法を漏らすかもしれないからでごさんすね?」
「そういうことさ」
そしてもう一つ、彼女は立ち上がると部屋の棚の中から水晶の首飾りを2つ取り出した。
「これを持ってお行き。精霊は自然に溶け込むことで身を隠すことができる。もともと自由自在に姿を変えられるんだ。そうした時に精霊の姿を察することができる。弟が死んでから8年の歳月をかけて作ったとっておきだよ」
そこにはイリスの姐さんの後悔そのものが詰まっていた。無碍にしてはいけない代物だった。
「ありがたく頂戴いたしやす」
「恩に着るぜ」
答えたとき彼女はやっと口元に笑みを浮かべたのだった。
「覚えておきな。精霊契約は確かに力を与える。だが、契約に至るには試練を伴う。だが精霊を服従させるのではなく精霊と心を通じ合うことさ。それができた時、本当の意味で精霊と契約することができるんだ」
「承知しやした。この世界において精霊という存在は、いわば神によって獄につながれた咎人のようなもの。どんな世界でも咎人が求めるのは〝自由〟――それをお山の精霊とじっくり話し合ってきますぜ」
「しっかりおやり」
俺たちはその言葉に頷いた。そして、彼女に迷惑がかかることを避けて店の裏側から出て行ったのである。




