四:魔法を継ぐのは誰だ? ―10年前の記憶―
「心当たりがあるんでござんすね?」
「ああ、1人だけね」
「そいつはどこのどなたで?」
「酒場の女将のイリスさ」
それはある意味、予想外の名前だった。そんな精霊や魔法とかが使えるような女には見えなかったからだ。エライジャも驚きの声をあげた。
「どこからどう見たって普通の酒場の女将だぜ?」
「当然だよ、もう10年以上前に魔法からは完全に足を洗ってる。特に今はあのマルクスが目を光らせてる。魔法が使えるなんてわかったら大喜びで捕まえに来るよ」
「だろうな」
エライジャがつぶやき、再び尋ねた。
「それじゃイリスの姐さんに聞けばいいんですね?」
「一応ね、でもそう簡単には首を縦には振っちゃくれないよ。何しろあの人が魔法をやめたきっかけは弟さんを死なせたからだよ」
その言葉はあまりにも重かった。そしてなぜ一筋縄ではいかないかすぐにわかった。
「精霊を使えるようになるには山に登って精霊たちが住んでいる森に行かなきゃならない。そしてイリスに精霊を調伏する魔法を教えてもらった弟は山に登って――精霊に負けた」
俺はなぜイリスが魔法に対して完全に縁を切ったか分かったような気がしたのだ。
「1つ聞きますが、その時、弟さんは亡骸だけでも街に帰ってきたんですかい?」
エリザは顔を左右に振った。
「そんなわけないだろ? 森にたどり着くだけでも大変だってのに、そこから物を持ち帰るなんてどこをどう考えたってできない相談だよ。まともな墓だってないはずさ」
「そうですかい」
だが俺にはこのことが問題の突破口になるような気がした。
「いいこと聞かせてもらいやした。ありがとうござんす」
エリザは俺たちの顔を見つめながら言う。
「行くのかい、イリスのところ」
「明日の日中行ってみようと思います」
「俺も付き合うぜ、現状を打破するためには精霊の力はどうしても必要だからな」
そんな俺たちにエリザは穏やかに微笑みかけた。
「話が通るのを祈ってるよ」
そうだ、イリスと話をするべきなのだ。
§
俺とエライジャは今の工房の片付けを終えてホルデンズの旦那の館へと帰ってくる。夜遅くだというのにホルデンスの旦那の部屋は明かりがついていた。俺が帰ってくるのを待っていたらしい。
気持ちを落ち着けながら旦那の部屋のドアをノックする。
「丈之助でござんす」
「入れ」
重く落ち着いた声が響いた。俺は迷うことなくドアを開けて中へと入った。
部屋の壁際近くにある大きな事務机、そこの席に腰掛けながらホルデンズの旦那は俺を鋭く睨んでいた。
「片付けは終わったのか?」
「へい」
「エライジャ、お前も行ったのか?」
「こいつを回収する必要があったんでね」
そう言いながらエライジャは拳銃を見せた。
「見事な仕上がりです。ネジ1本狂いありません」
「そうか」
ホルデンズの旦那は右の拳をしっかりと握ると改めて俺たちに視線を向けてきた。
「それで、この落とし前、どうつけるつもりだ? 今のお前じゃ太刀打ちすらできめぇ」
力不足――それは厳然たる事実だ。
「申し開きもできません。あのマルクスの手下の野郎どもには刀だけじゃどうにもなりやせん」
「だろうな。精霊に関する技術は今じゃ、あのマルクスが独占状態にある。精霊を使役する魔法が知れ渡らないように魔法使いを片端から捕まえちまってるんだ」
「魔法使いを?」
エライジャも驚きの声を上げる。
「精霊を使わせないために? たったそれだけの理由で?」
「あのマルクスだぞ? 自分が有利に立つためなら他人なんかどうでもいい。理由なく獄舎で繋がれた魔法使いが溢れてるぜ」
さすがにそれには俺も言葉を失った。
「なんて外道だ」
俺は怒りを隠せず拳を握った。だがホルデンスの旦那は言った。
「だからこそだ、この状況を何としても打破しなきゃならん」
「精霊の魔法を誰かから聞く必要があるんですね?」
「ああ、俺の知ってる範囲だと酒場の女将のイリスが元魔法使いだったという。10年近く魔法を扱ってないからマルクスの野郎も見落としてるようだ」
「じゃあイリスの姐さんだけが魔法を知っていると――」
「多分な。だが、口を割らせるのは楽じゃねえぞ」
俺たちはホルデンズの旦那との話し合いを終えてそれぞれの寝床の部屋へと帰った。俺はエマが鍛えた刀を眺めながらイリスの姐さんにどう話を切り出すか考えながら眠りに着いたのだった。
男が這い上がったその先に――
越えねばならぬ壁がある
男、丈之助、真っ向真剣勝負




