弐:エマの魂
俺はそのあと、瓦礫の中から掘り出した砥石や道具を使いながら刀を仕上げた。刃の部分の最後の仕上げの磨きが終わっていなかったからだ。
「これさえできればこいつは使い物になる」
そうつぶやきながら俺は満月の光の下で仕上げの磨きを始めた。
見つけた砥石は粗磨きから、中磨き、仕上げの磨きの石がさらに3つ。合計、5つの段階を経る。職人街の連中が遠巻きに見ていたが咎めるやつは1人もいなかった。
月明かりの薄暗がりの下に金属を砥石でひたすら磨き上げる音が響く。
水で砥石を濡らしながら、仕上がりの具合を確かめつつ俺は黙々と磨き続けた。そして、満月が頭上に差し掛かる頃、納得のいく仕上がりになった。
そして俺が使っていた長脇差を取り出すと、それを組み合わせる作業を始めた。
「――さてもまあ、こいつは見事なモンだ」
俺は焼け跡から掘り出したエマの作った長脇差をそっと撫でた。粉塵と灰にまみれ、土の中に眠っていたそれを丁寧に磨き上げた今、その姿がはっきりと浮かび上がってきた。
切先は中切先ながらも、ほんのわずかに鋭角が強めに造られている。突きの力を活かすための拵えだ。エマの奴め、西洋剣の突き技術を応用しやがったか。反りは浅く、ほとんど真っ直ぐに近いが、これもまた剣技に馴染む工夫だろう。
俺は柄を仮止めしたまま、刀をそっと構えてみる。振った際の重みの帳尻の具合がいい。切っ先に余計な重みを感じさせず、それでいて刃筋がぶれねえ。斬りの動作だけじゃねえ、突きにも適応した刀身――まるで、ホルデンズの身内衆が腰に下げているバスタードソードみてえな仕上がりの具合だ。
焼きの甘さも心配していたが、それも問題ねえ。鎬の部分がしっかりと硬度を保ちつつ、刃の部分は鋭さを損ねない絶妙な焼き加減――。日本刀の〝地鉄の粘り〟と、洋剣の〝耐久性〟を掛け合わせたような造りだ。鉄の重ねも申し分ねえ。他の洋剣との斬り合いでも負けることはねぇだろう
何より――、
俺は刃文に目を落とす。満月の月明かりを得て、すらりと伸びる直刃に、波のようなゆらめきが混じり、そこに龍が這うように彫金細工が施されていた。
「ほう――、こいつぁ、面白ぇ」
俺の右腕と肩に刻まれた昇り龍の彫り物。それと同じ意匠が、まるで刀身の中を駆け上がるように描かれている。これはまた、粋な真似をしてくれたもんだぜ。俺の〝印〟でもあり〝生き様〟そのものを映したような一振り。まるで、この世で俺が生き抜くための定めを背負わされたような気分だ。
俺は無意識に頬を緩めた。
「いいモンを遺してくれたな、エマ」
鞘は長年使い続けた自分の古いものを流用し、柄や鍔やハバキも俺の使い慣れたものを合わせる。こうすれば、まるで昔から相棒だったように馴染むはずだ。
最後に、抜き打ちの動作を試す。
――シュッ――
――ビュオッ!――
鞘から滑るように抜け、空気を裂く感触が心地よい。
「これなら、もう一度、やれる!」
焼け跡の工房で、月明かりに照らされながら、俺は新たな相棒を静かに手にする。
「待ってろ! エマ!」
必ずあいつを救い出す! 俺は生まれ変わった相棒を腰に下げて立ち上がった。




