四:エマの工房
俺は日の明るいうちから人目を避けるようにエマの工房へと足を運んだ。夜に来た時はよくわからなかったが工房のある場所は職人たちが集まる場所で朝も早いうちから道具を振るう職人で溢れていた。そうした場所の川べり、水車がついた小屋がありそこがエマの仕事場だ。
かつて来た道を歩いてその工房へと近づく。だがその中に人の気配が2つあることに気づいた。片方はエマ、そしてもう片方は――
「帰れって言ってるだろ!」
エマの鋭い声が上がる。誰かを追い返そうとしているようだ。
俺は壁に背を当てて物陰からそっと工房の中を覗いた。そしてそこにいたのは。
(――ガードナー!?――)
俺が仕事場で一緒になっていたガードナーの野郎だった。
(――なぜここに?――)
そう疑問を口にしようとした時、やつの声が聞こえる。
「意地を張るな。マルクス様に気に入ってもらえればこの工房をもっと大きくできるかもしれんぞ?」
「それこそお断りだ! ここにある道具一本、壁に至るまで全部親父が残したものだ! 新しくするつもりはない! 仕事の邪魔だ!」
「なぁ、エマ――」
「五月蝿い!」
そう叫んだ彼女は手に持っていた玄能を投げつける。避ける事もできずにガードナーは頭にまともに食らっていた。思わぬ反撃を食らって奴はさっさとこの場から逃げていった。やつはマルクス様と明確に口にした。俺はやつの存在に疑問を持った。俺はさらに慎重に周囲を見回すと人気がないことを確かめた。そして――
「ちょいと失礼いたしやすぜ」
「誰?――丈之助――さん?」
俺にやりと笑った。眼の前には髪を短く切りそろえた、赤い髪に茶色の目の活発そうな少女がいる。袖なしのシャツに男物のズボン。頭には厚手の布をターバンのように巻いている。歳の頃は十七だろうか。まだまだこれから世の中を知っていく年頃だ。
「へい」
「どうしてここに?」
「事情が変わりやしてね。お前さんの腕を見させてもらおうと思いまして」
「本当?」
「へい、ですが〝技〟を見せるのは勘弁してください。その代わり、あっしが〝目利き〟をします」
「それじゃ――」
彼女は喜んで、今の自分の技の成果を俺に見せてくれた。
「これだよ。やっと〝反り〟のある代物が出来た」
俺はエマが作り上げた〝刀〟を手に取る。まだ研ぎには入っていないが、見事なまでに反り返った、そして、峰と刃と切っ先をそなえた〝和刀〟だ。俺は自分の長脇差を抜いて、見比べる。
「かなりのモンですぜ。ですが、もう少しってところでしょう」
「えっ? どこが?」
俺はまず刀を床で叩いた。音で硬さを見極める。
「焼きが甘い。まだ刃が柔らかすぎる。それと、わずかに右にそれてる。焼入れ前の形成がまだ甘い」
俺は工房の素材を眺め、粘土を見つける。
「焼入れの前に〝焼刃土〟を塗るんです。砥石の粉、炭粉、藁灰を混ぜて練ったものを、刃文の形を意識しながら塗る。峰は厚く、刃は薄く――そうすることで、刃先は硬く、背は粘りを持つ仕上がりになります。」
そして、俺はエマの顔を見て告げる。
「あと少しです、頑張ってくだせぇ」
「うん! 絶対に完成させてみせるよ!」
エマの笑顔を見て、ふと俺は自分がまだ8か9のガキだった頃を思い出した。親父のマネをして刀鍛冶になるんだと夢を見ていた頃の俺だ。今の俺には、もう叶うことのない夢だ。
ならばこそ、このエマという娘の夢に、ほんの少しでも寄り添ってやりたい――。
その日、俺は夕暮れまでエマの工房で語り合ったのだった。
人は選ばなければならない――
戒めか、情けか、
どちらが正しいかは誰も知らない




