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参:女の過去

 俺も元の世界で女を買うことはあった。あるいは流れた先で情をほだされて行きずりに肌を重ねたこともある。いずれにせよ俺が触れ合う女は大抵がろくな人生を歩いていなかった。それはエリザの姐さんも同じだった。部屋に入って互いに服を脱いでベッドの寝具に入る。するとエリザの姉さんの右脇腹が見えた。そこにひどい火傷痕があったのだ。

 俺の目線に彼女の顔に怯えが浮かぶ。

 

「あ、ごめんよ――気持ち悪いだろう?」

「いえ、傷のない人間なんておりやせんぜ」

「ありがとよ、昔、娼館に居たときに折檻されたんだ。焼きごてを押し付けられてね。他の店に逃げられないようにって――」


 女に傷をつけてあえて価値を下げる――、そう言う悪漢は当たり前に居る。耳を傾けながら俺も着るものを脱げば、肩の彫り物は当然として、背中には矢傷の跡が残っていた。

 

「これ――どこで?」


 驚く姐さんに俺は答える。


「あっしは〝神落とし〟です。前に死んだときに追手の役人に射られたんでさ。7本目で心の臓を一突きです。もともとお尋ね者だったんでね」

「――殺しかい?」


 俺の矢傷あとに触れながら姐さんの声が聞こえた。

 

「へい、親の仇に役人を斬りやした。そのあと高札に名前が出ました。それからはずっと流れ旅です」

「でも、仇は取れたんだね。アタシはだめだった」


 俺は背中を向けたまま姐さんの言葉を聞いた。

 

「川の向こうの商家の娘だったんだけど、親が騙しに会って身代(しんだい)乗っ取られた。親父は首をくくって、母親は私を捨てて逃げた。5年後に騙しを仕掛けたのが今の領主のマルクスの手下だって分かったけど、女の私じゃ――、親父の墓もないのに」


 そう語りながらエリザは泣き始めた。そんな姉さんに俺は語った。


「仇を取ったところで人殺しのその先には何もありませんぜ。敵に対してしてやったりとするなら幸せになってやることです。見てみろ私はこんなに幸せになったぞと、胸を張ればいいんですよ。そうすりゃ、お天道さんの向こうで死んだ親父さんも笑ってくれるでしょうぜ」

「ありがとう」


 姉さんはそうポツリと漏らすと俺の背中で滝のような涙を流し始めた。俺は彼女の体を抱いてやり慰めたのだった。そして俺と姉さんは濡れた一夜を過ごしたのだ。


 翌朝、日が昇るよりも少し前に目が覚める。これは流れ者として生きているがゆえに身に染み付いた癖だった。俺の動きに気づいて隣でエリザの姉さんが目を覚ました。


「随分朝は起きるのは早いんだね」

「癖でしてね、よそ様が動く前から歩き出さねえと命があぶねえんでね」

「そういう暮らしをしてたんだ」

「へい」


 ベッドから起きてきたエリザの姐さんがドレスを身につけ直すその傍らで俺も着物を着ながらあることを尋ねた。


「一つお聞きしやすが〝エマ〟って鍛冶屋の女、知ってやすかい?」

「エマ? ああ、知ってるよ。この界隈じゃ有名だからね」

「どんな御仁で?」


 俺が問いかければ姐さんは迷ったようだった。だが俺の視線に彼女は答えた。


「ここの領主に鍛冶屋の工房を狙われててね。自分の知っている商人に売り飛ばそうとしてるんだよ。それを食い止めるのにエマの親父さんは自分が生きているうちに娘の名義に書き換えたのさ」

「名義を書き換えた?」

「ああ、工房を売れと脅されてたのを無視して娘のものにしたのさ。親父の持っている借金のかたに取り上げるつもりだったのが目論見が外れた。それで頭にきたここの領主は腹いせにその親父さんを――」

「やっちまったってわけですかい」

「ああ、それからエマは1人で親父さんの形見の工房を必死に守ってんだよ。いい刃物を作ってよその街の商人ギルドにでも売ればマルクスの野郎も手を出せなくなるからね」


 俺はそこで合点がいった。


「それで今までにない刃物を作ろうとしてたのようですかい?」

「多分ね、何しろ彼女と絡むとここの領主に脅される。生活だってかなりきついはずよ」


 事実を知った俺の心の中に理不尽に対する炎と、現実にしっかり向き合わなかった罪悪感がいっぺんに襲ってきた。俺は無言で立ち上がる。


「ちょっとどこ行くのさ?」

「ちょいと野暮用です。ホルデンズの旦那には今日は休むと伝えといてください」

「お待ちよ! エマの所に行くんじゃないだろうね? 丈さん!」


 俺はその声を無視した。俺が今までで歩いてきた道、人の道を外した理由、7人もの役人を斬った理由、その全てが今の自分に戻ってくる。俺はもう目を背けることはできなくなっていた。


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