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弐:折れない刀

 そしてその日の深夜――、誰もが寝静まったときだ。

 一度だけ――、俺は、一度だけ助言をする覚悟を決めた。空には月はなく闇夜だ。幸いにして俺は夜目が効く。夜の道は歩きなれている。凶状持ちとして人の気配を避け続けた経験を活かして、指定された場所へと向かう。そこは町の南の際であり、職人や物作りの技術者たちが集う場所だった。その一角にエマの工房があった。

 煙突のある作業小屋、川沿いに有り水車もある。中では水車の動きに合わせてゴンゴンと大槌が動く音がしていた。それは周囲を確かめながら近づくと、その窓から小石を投げ入れた。


「誰?」


 中から若い女の声がする。俺は壁際に背を向けて寄り添うと、中に向けて話し始める。

 

「静かに」

 

 中で気配がする。俺の立つ位置の壁一枚向こうにエマが居るのが分かる。


「今から言うのは独り言です」


 俺の言葉に向こう側からは返事はなかった。俺は言葉を続けた。

 

「俺の持っている長脇差――、あんたさんの言っているカタナですが、作り方のコツは〝異なる硬さの鉄の組み合わせ〟です」

 

 俺の言葉に向こう側では息を呑んでいるのが分る。

 

「刃物として堅い刃となる鉄は折れやすく脆い――、逆に折れにくく粘り強くすると硬く出来ない――だから、刃の部分だけを堅い鋼で作り、柔らかい鉄を背骨にするんです。さらに両側面を削れにくい堅い鋼にする。これで3枚重ねになります。こうすることで折れにくく切れ味の良いカタナになりやす」

「そう言う方法が――」


 俺は彼女のつぶやきに答えなかった。

 

「鉄と鉄を張り合わせるには〝藁灰〟をつかいやす。加熱して藁灰を振りかける。そうして張り合わせて形を整える。硬さの異なる鉄を作るには鉄を折り曲げて重ねる〝折り重ね〟の技法がいります。折って重ねて延べる、コレを繰り返すと硬さが増すんです。そして、肝は焼入れ――いったん赤熱するまで均一に焼いて、そのあと水に入れて冷やしやす。そのときに独特の反りができれば成功です。あとは――あんたさんの努力次第でしょう」


 俺は言いたいことは伝え終えた。あとは職人として技の程度の問題だ。ここから離れようとした時、壁越しに――

 

「ありがとう」


――と、若い女の声がしていた。


「刀ってのは、持つ者の生き様を映す鏡みてぇなもんです。お嬢さん、あんたの刀にもその心が映るようになりますぜ。それじゃごめんなすって」


 俺はそれだけ言い残してそこから離れていったのだった。

 


§



 そしてそれから数日が過ぎた。日々の仕事をこなし、仕事明けには仲間たちとイリスの姉さんの店に行く。そしてうさを晴らして次の日に備える。静かだが和やかな日々が続いていた。俺の怪我の看病をしてくれたエリザはその間もイリスの店で働いていたがどうやらそれなりに給金が溜まったらしい。ある日、雰囲気を変えて酒場にやってきていた。

 いつもは木綿の簡素な衣装だったが、今日は派手目な服を来て化粧もしっかりしていた。


「エリザさん、その格好――本業に戻るんですかい?」


 唇に赤い紅を引いたエリザは胸の谷間もあらわに誇らしげに席についていた。

 

「あぁ、それなりに衣装代が溜まったからね。古着だけどいいのみつけたからそろそろと思ってさ」

「花代は一晩いくらで?」

 

 その一言にエリザの顔が嬉しそうに笑った。

 

「あら買ってくれるのかい?」

「商売はじめの祝儀でさ」

「だったら、4銀貨(セント)でいいよ。いつもは6銀貨(セント)はもらうんだけどね」


 そう笑うエリザは愛嬌たっぷりだった。化粧がないとまだあどけなさが出るが、紅一つで大人の女性にガラリと変わる。

 

「そいじゃ間を取って5といきやしょうか」

「いいね! それじゃ行こうか!」


 姐さんは笑いながら俺の手を取ると立ち上がった。一緒に居合わせたソーンスの兄貴はにやりと笑いながら、見送ってくれた。

 

「たっぷり楽しませてやってくれ」

「勿論だよ!」


 冷やかしの声を受けながら俺は姐さんと宿へと洒落込んだのだった。


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