壱:刀剣鍛冶のエマ
その後、領主のマルクスの手下どもがやってくる気配は無かった。リカルドとの果たし合いで怪我をしてから数日後に傷口から抜糸となり、仕事も順調にこなしていた――とある日の夜のことだった。
夕餉の飯を食ったあと、イリスの姉さんの店に顔を出して酒を飲んだ帰りのこと、俺は物陰から呼び止められた。
「あの――、あんた丈之助さんだろ?」
周囲を振り返り声の主を探せば、脇路地からそっと顔を出している奴が居る。頭から被り物をしているのでわかりにくいが少なくとも大柄な男性ではない。俺も振り返らずに声だけで反応する。
「どちらさんで?」
「刀鍛冶のエマ――、多分名前は聞いてると思う」
エマ――、その名は以前に警告を受けている。
「なんのことでござんしょう」
「今は知らんふりをしてくれて構わない。ただ、少しだけ教えてほしいんだ」
「―――」
俺は沈黙を守った。それは否定の意味の沈黙ではない。その事を察したのかエマは再び語り始めた。
「刀の作り方を教えてほしい」
「――――!」
それはまさにホルデンズの旦那に警告を受けていた事そのものだった。
「即答できないのは分かっている。あんたが難しい立場なのも、だから今夜下手の町の南の外れ、そこにアタシの工房がある。どういう形でもいいから〝折れない刀〟の作り方を教えてほしいんだ」
俺は返答に困った。だが、エマの言葉は更に続いた。
「カタナの剣はとても難しい。刃を固くすれば折れてしまう。折れないようにすれば硬さが足りない。何度作っても失敗する。でもあんたが、マルクスの手下の剣をぶった切ったときのように鋭くて折れない刀――、あれがどうしても作りたいんだ」
カタナへの執着――それが俺の魂を揺さぶった。それはまさに、俺が幼い頃から父親の背中に見た光景、そのものだったからだ。
(――親父どの――)
俺の脳裏に亡き父が鍛冶場で玄翁を振るっている姿が蘇った。頑固で寡黙、教えを請うてもめったに答えてくれない。自分なりに試行錯誤して、成功した時は笑顔で褒めてくれた。あの笑顔が嬉しくて俺はおやじの背中を追った。だが、それは永遠に奪われた。悪党どもに焼き殺されて――
「見ていたんですかい」
「リカルドとの戦いもね。ちなみにリカルドの剣はカットラスって言ってね、もともとは軍の歩兵用に作られた剣だ。船の上でも取り回ししやすいように短いんだよ」
「やはり船乗りだったんですかい」
「おそらくね、でも、切れ味はあんたのカタナのほうが上だ」
そこに人の気配が近づいてきた。エマは慌てて離れていく。
「じゃ――、待ってるよ」
俺の返事を待たず気配は消えていく。振り返ればすでにそこには居なかった。俺は迷った。答えはすぐには出なかったのである。




