五:咎人の世界
エライジャも治療の後片付けをしながら問いかけてきた。
「丈之助、お前も〝神落とし〟だろう?」
「旦那もですかい?」
「あぁ」
そして俺はある事を聞いた。すなわち神落としは〝咎人〟だと言う。
「エライジャの旦那は何をしでかしたんですかい?」
旦那は少しだけ沈黙すると静かに応える。
「親父の敵討ちだ。親父がやってた医院が焼かれてな、親父もお袋も撃ち殺された。その敵を10年かけて追い詰めて皆殺した」
「医者が焼き討ちにあったんですかい?」
「あぁ――、ときに丈之助、お前は〝奴隷〟って知ってるか?」
「話には。まぁ、奴隷と呼ばれないだけでそれに近い生き方の悲惨な奴らは居ましたけどね」
「どこもそうか――、俺の国では〝黒人奴隷〟ってのがいるんだ。外国から無理やり連れてきて、家畜のように働かせる。病気になってもほったらかし。死んだら別の奴隷を買ってくるんだ」
「人間を?」
「そうだ――、人間だ。俺と俺の親父は、そんな悲惨な奴隷たちを積極的に治療した。しかしそれが気に食わない奴らが居たのさ」
「それで病院ごと――」
「そうだ、それを10年かけて裁いた。国と法律は許しちゃくれなかったがな」
「それでお尋ね者に?」
「あぁ、荒れ地のど真ん中で心臓を撃たれたよ」
俺れはため息を付いた。
「あっしと同じでござんすね」
「お前もか」
「へい、あっしは鍛冶屋のせがれ、鍛冶屋は薪を取るため山を持ってます。その山を狙って焼き討ちされた――役人の手引でね」
「敵討ちしてお尋ね者か」
「へい」
「どこも変わんねぇな、クソ役人ってのは」
俺とエライジャは笑い合う。エリザは店の方から持ってきたのか、きれいな水を陶器の器に入れて持ってきてくれた。
「飲める?」
「今はまだ」
「飲めるようになったら言って」
エリザは陶器をテーブルの片隅に置く。そいて、椅子に座って語り始めた。
「ここいらの街だって同じだよ。領主や貴族が偉くて、そいつらに横暴をされてもあたしらみたいな下手の街の住人は黙って我慢するしか無いんだ。なんたって物事の善し悪しを決めてるのは領主様と貴族様なんだから」
「そいつぁ違いやすぜ」
「え?」
俺は思わず本音を口にする。
「人間誰だって傷を追ったら血が出る。命をなくせば死ぬんです。偉いか偉くないかなんてねぇ、人の心が有るか無いかの違いだ」
「そうだ、人の心がないやつは生きる資格はない」
エライジャも俺と同じ気持ちだったのだ。
「だったら――死なないで生きとくれよ」
「死にやせんよ、エリザの姉さんと寝るまでは」
「まぁ!」
俺の軽口たたきにエリザは笑ってくれた。そして俺はその夜をエリザの看病を受けながらエライジャの診察室で越した。
「熱は引いたな。感染症も、敗血症もない、出血も止まってる。あとは傷が塞がるのを待つだけだな」
「ありがとうございやす」
「なに、丈之助の生命力が怪我より勝っていたってだけさ」
気づけばエリザの姉さんは俺の膝にすがるようにして眠り込んでいた。一晩このままだったのだ。
「姉さん」
「――え?」
俺が起こせば俺の無事な姿を笑顔で喜んでくれた。
「よかった! 助かったんだね。それじゃお腹すいたろ」
「飯でも食いに行きますかい」
「行こう! エライジャも!」
俺とエライジャは互いの過去を共有するとまた日々の中へと戻っていったのだった。
荒事の末に命を拾った――
そこに待っていたのは女の笑顔
しかし、喜びと悲しみは隣り合わせだった




