四:医者の技
だがエリザが悲鳴を上げた。
「あんた! 怪我してるじゃない!」
俺の左のこめかみからは派手に血が流れていた。医者という肩書のエライジャも近寄る。
「血管が切れてる。治療するぞ」
「お願いいたしやす」
するとホルデンズやグスタフの旦那もついてくる。
「怪我の治療なら男手は必要だろう?」
その話からするとかなりの深手のようだ。酒盛りはそのままに俺の治療が始まろうとしていた。
§
エライジャの医療所はホルデンズの旦那の仕事場の並びにあった。倉庫の一室を流用して作られたそうだ。オイルのランプが天井から複数吊るされていてとても明るい。部屋の中央には診察台と思しき寝台があった。ホルデンズとグスタフの手を借りて寝台に横になる傍らで、エライジャは腕を丹念に洗うと準備を始めていた。エリザも不安げな表情で俺についてきていた。
「まず、消毒、そのあと縫合だ。麻酔は――酒を飲んだばかりだから無理だな」
「じゃぁ、体を抑えるか」とホルデンズ、
「俺が足を」とグスタフ、
「あたしは?」とエリザ、
「エリザは俺の指示した道具を渡してくれ。治療中はいちいち道具を探すのも面倒だからな」
そう言いながら診察台脇のテーブルの上に医療道具を並べていた。俺は尋ねる。
「蘭学医ですかい?」
「お前の国ではそう言うらしいな。俺のところだと外科医っていうんだ。丈之助、傷を縫うのに麻酔無しでやる。痛みはこらえろ」
「へい」
そう呟く俺の頭をホルデンズの旦那が掴み、体をグスタフが押さえる、ふたりともかなり手慣れていた。俺は白い布を口に咥えた。エライジャが陶器の瓶を取り出しそこから清潔な綿に酒精を染み込ませる。それで俺のこめかみの傷を拭く。激痛が走るが俺はこらえた。だがここからが本番だ。
「行くぞ」
俺の治療が始まった。
エライジャの治療は恐ろしく神がかりだった。傷の中を開いてその中を糸で縫う。切り裂かれた血管を縫うのだと言う。傷の痛みは凄まじかったが、俺には我慢できる範疇だった。グスタフの旦那が感心していると、ホルデンズの旦那が答える。
「悲鳴一つあげねぇえな」
「戦場や小競り合いで命のやり取りをしてると、痛えのなんのと言っちゃいられねぇからな。腹に刺さった矢を自分で引き抜いて酒で消毒するなんてのはよくある話だ」
「道理で傷跡がやたらとあるわけだ」
「死線の2つや3つ超えてるだろうぜ」
そう語られる間にもエライジャの手技は終わる。傷中の出血を縫って止めると外側の傷を縫合する。そのあと薬を塗って、清潔なあて布と包帯で巻いて終わりだった。
「できたぜ、熱が出るだろうから様子を見る。明日の朝まで生きてたら成功だ」
「傷を縫っても死ぬことってあるんですかい?」
「ある、敗血症って言ってな雑菌が入って体の中で繁殖する。そうなれば助からん」
だがホルデンズとグスタフの旦那は治療の成功を見越していた。
「後は任せたぞ。エライジャ」
二人は酒場に戻っていく。だがエリザがまだ残っている。
「看病は必要だろう?」
エリザは俺の油汗を拭いてくれる。その不安げな顔が俺を見ていた。




