弐:同郷の男
「あぁ、3年前にな。ちなみに〝アメリカ〟って国は知ってるか?」
「いえ、エゲレスやポルトガルは聞いたことはありますが」
俺は無学だ。だがあちこちを流れていると人の話や噂話で色々な事を教えられる。日の本の国以外にも色々あるとは聞かされていた。
「アメリカを知らない――」
意外そうな表情をエライジャは浮かべる。そしてさらなる質問をしてきた。
「エドの将軍様って誰だ?」
「たしか――十一代様で」
「十一代――、てことは」
「どうした?」
問いかけてきたのはホルデンズの旦那だ。エライジャは答えた。
「あぁ、ボス――、丈之助のやつと生まれた世界が同じだったんで詳しく話を聞いたんですがどうやら四十年近く年代が違うみたいでね」
「どう言うことだ?」
エライジャの言葉は周囲の耳目を集めた。俺も興味が湧く。
「丈之助の生まれた国には将軍って支配者がいます。彼が生きてた頃は11代目、俺が生きてた頃は14代です。それくらいの時間差がある」
「ということは同じ時代から来ているとは限らないってことか」
「そう言うことです。つまり俺や丈之助のような〝例の存在〟は年代も場所もバラバラにやってくるって事です」
エライジャの話に俺はピンときた。つまりは〝神落とし〟についてだ。こっちの世界でも神落としについてはすべてが分かっているわけではないのだろう。だが――
「エライジャの旦那が江戸の将軍様をご存知とは意外でした」
「あぁ、それか。俺の親父が生前、日本って国に興味があってな、いずれ行ってみたいって言ってたんだ。まぁ、叶わなかったがな」
エライジャが俺と同郷なのは心強かった。海の向こうの他所の国だろうがそれでも故郷が同じ空の下なのだから。俺はエライジャに酒を注ぐ。
「同郷同士、よろしゅう頼みます」
「おう!」
エライジャと俺とでは目の色も肌の色も違う。だが、それでも彼が俺と同じ世界で生まれてた人間だというのは何よりも嬉しかった。
酒盛りは続き、場も盛り上がっていく。俺は確実に彼らの仲間として認められている実感を噛み締めていた。だが――
災いは向こうからやってくるのだった。
――バンッ!――
店の入口の扉が乱暴に開いた。イリスが対応する。
「ごめんなさい、今日は貸し切りなの」
「客じゃねえ」
乱暴な言葉が返ってくる。その声の主には威圧的な気配がした。ホルデンズの旦那が立ち上がり声を発した。
「お前ら! また来たのか!」
視線を向ければそこには数日前に俺が追い払ったあの5人が居た。否、もうひとり加わっていた。ニヤニヤ笑いの5人の雑魚の背後から現れた6人目は一風変わっていた。頭には〝バンダナ〟と呼ばれる布製の被り物を巻き、足には革ブーツを履いている。半ズボンにリネンのシャツ、いかにも動きやすそうだ。さらには左目には眼帯がある。片目なのだ。そしてその左腰には肉厚な剣が下げられていた。それは俺の打刀とも、こっちの世界の剣とも作りが違う。
「頼むぜ、リカルド」
片目の男はリカルドと言うらしい。奴は左の腰の剣を抜きながら出てきた。
「ジョウノスケって奴は誰だ?」
やっぱりだ。俺を名指しだ。ならば黙っているわけには行かない。立ち上がり進み出る。左腰の脇差しを意識しつつ名乗りでた。
「あっしで」
「そうかい――悪いが仲間内が世話になったな」
「先に抜いたのはそっちですぜ? 今日はめでたい酒盛り、ご遠慮願くだせぇ」
「そうはいかねぉ、マルクスの旦那がご立腹なんでよ」
マルクス――その名が出たとき緊張が走った。
「だったら、あっしだけを的にしてくだせぇ、この店の姉さん方は無関係、カタギの衆を巻き込みたくありやせん」
「いいだろう。外に出な」
「へい――」
俺は長脇差の柄を握りしめながら歩き出す。その背後からエリザの声がする。
「お待ちよ! 丈之助!」
だが俺は横目で振り返る。すでに俺の頭の中は渡世人として荒事をこなす侠客のそれに戻っていた。俺に睨みつけられエリザの怯えた顔が見えた。俺が外に出るのに、ホルデンズ、ソーンス、エライジャの3人がついてきた。
「丈之助、お前に任せる」
「へい」
ホルデンズの旦那の声が心強かった。