壱:酒場とエリザと言う女
そして、夕刻、規定の仕事を全員で大喜びで仕上げると、日没前に仕事終いをする。そして、イリスの店に俺達は集まった。店にはソーンスの兄貴が先回りして予約を取っていて事実上貸し切りだった。
「いらっしゃい!」
仕事を終え次第、集まる俺達をイリスの姐さんは喜んで出迎えてくれた。
「準備はできてるよ、さ、入って」
よく見ると、酒場女がいつもより人数が多い。どちらかと言うと化粧の濃い派手めな女が居た。そして、そこに見慣れた女が居た。俺はテーブルの席につきながらその女を目線で追った。
「あれは――」と俺が呟くが、
「知ってるのか?」とエライジャ、
確か名前はエリザ・ヴェンディスだったか。俺が声を掛けるより、エリザのほうが俺に気づいた。
「あら? あんた! たしかあたしがさらし者になってたときに!」
「姉さんはたしか美人局の?」
それを言われエリザは屈託なく笑った。
「やめとくれよ! あはは! それ濡れ衣なんだよ!」
俺は驚いたが陽気に笑いながらエリザは語る。品の良い香水の香りが漂ってくる。化粧もし直したのか、大人の女としての色香も漂っている。化粧が剥げている時とは別人のような艶やかさだった。
「あたしが付き合ってた男が美人局やっててさ、そいつの相棒の女がコッソリ高跳びしたんだよ。それを川向うのごろつきが適当に容疑人を捕まえようとして、あたしを強引に連れてったのよ!」
「無実だったんですかい?」
俺には亡き父の記憶がある、理不尽や不当な権力にはどうしても引っかかるのだ。だが、エリザは強かな女だった。
「しかたないよ。クビを括られないだけマシさ。男の方は縛り首になったからね。あたしのことは捕まえてから別人だったって気づいたのよ。でも、間違いだったなんて認めたくないから晒し者にしたって訳! もういやんなっちゃう! ガキどもはいたずらするし! 夜になると襲ってくる馬鹿はいるし! 蹴って追い返すのに必死だったのよ」
つまり主犯の男は処刑された。濡れ衣だった女は開放されずに申し訳に有罪扱いにしたのだ。ただ、苦労は残っていたようだ。
「でも、取り調べのためとか言ってあたしの家の商売道具あらかた持ってきやがった。仕事になんないよ!」
「仕事? 何をしてるんで?」
「ん? 娼婦――夜の路上で立ちんぼしてるのよ。ドレスやアクセは商売道具なのよ。でも金になるからねぇ」
つまりはごろつきの騎士たちがまた小遣い稼ぎをしたのだ。あの屋台の女性のように。そこにイリスが告げた。
「それで文無しになったし、仕事もできないってんで家で当分働いてもらうことにしたの」
「そう言うこと! よかったら商売を再開したら遊んでやって!」
「へい、その時は」
春をひさいで生きる女はどこ行っても暗い影を背負っている。俺の元いた世界では〝女郎〟とか〝飯盛女〟とかいうやつだ。そう言う商売の世界を〝苦界〟と言うほどだ。だが、このエリザはそうした気配は微塵も見せなかった。
ホルデンズ旦那が宣言する。
「そいじゃ始めようか! 丈之助の歓迎会だ!」
「乾杯!」
こうしてイリスの店で俺達の酒盛りは始まったのだった。
喧騒と喋りを肴に酒は進む。俺は深酒はしないほうだが、この日だけはそうして良いと俺の中の警戒心が許してくれていた。
「それにしてもすごい筋肉だな! 体も小柄だしそうは見えねえんだが」
「鍛え方が違うよ! 向こうの世界じゃ剣士なんかやってんたんだろう?」
「トセイニンって言ったか、流れ歩いてたんだってな」
「へい、津々浦々、あちこち」
その話に食いついてきたのはエライジャだった。やつは意外なことを聞いてくる。
「丈之助、お前さんが居たのは〝ニホン〟って言わないか?」
「へい、日の本の国とも申しやす」
「そうか――、じゃぁ、同じ世界の生まれか」
エライジャが口走った言葉は予想外だった。つまりは――
「エライジャの旦那も〝カロン〟の旦那と?」
俺はあえて神落としの名は出さなかった。だが、意図は通じたようだ。