五:ゴロツキ再び
しかし揉め事というやつは黙っていても向こうからやってくるものらしい。
「いらっしゃ――」
酒場女の出迎えの声が途中で止る。その嫌な気配に俺は視線を向ける。するとそこにいたのは昼間のあの連中だった。
「邪魔するぞ」
半ば入り口の扉を蹴破るような勢いで入ってきたのは川の向こうのクソ領主の腰巾着だった。腰に剣を下げていっぱしの剣士気取りだが昼間の振る舞いから見ても頭と心の中身はお察しだった。
人数は5人ほど、1人頭数を上げて気持ちが大きくなったのかやけに態度がでかかった。いや理由はそれだけではないだろう。俺はさりげなく他の兄貴連中の腰を見る。半分くらいは腰に剣を下げていない。
ホルデンズ親分の館からそう離れちゃいない場所なので、よもや川の向こうの連中がやってくるとは思わなかったのだろう。近場で飲みに行くだけだからと腰の獲物を置いてきてしまったのだ。
川の向こうの連中の1人が、腰の剣の柄を握りながら、ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべて俺たちのところに絡んでくる。
「これはこれは、ホルデンスのお兄さん方」
「みんなで楽しく、酒盛りですかい」
「いいご身分じゃのう」
「俺たちにも奢ってくれよ」
ごろつき剣士たちはニヤニヤと笑いながら俺たちに絡んで来ようとする。店の中の空気を見れば面倒には関わりたくないと視線をそらすか、遠巻きに恐れをなして見ている。
どういう流れになるかと見ていれば、ソーンスの兄貴が口を開いた。
「ここはカタギの街の連中が飲みに来る場所だ、頼むから大人しく帰ってくれねえか?」
穏便に済まそうと下手に出ているのがわかる。ソーンスの兄貴たちは剣を持ってきていない。武器の獲物があるのとないのでは、こういう場合敵に対しての威圧感が違う。向こうの連中に剣を抜かれたらこっちの命が危ないからだ。
だが相手は、どんなに騎士様の格好をしていても、性根がごろつきなのには変わらない。向こうの連中は意味ありげに右手を差し出した。
見下したようにニヤニヤ笑いながら、差し出すその右手には要求という意味が備わっている。つまりは金をよこせというわけだ。
「有金全部出せ。そうすりゃ町の連中に危害加えず帰ってやるよ」
「逆らったらどうなるか、丸腰のお前にも分かるだろう」
連中が陣取っているのは店の入り口だ、店の客たちは自分たちに火の粉が降りかかることを恐れている。ソーンスの兄貴たちが拳を握りしめて怒りをこらえている。
なかなか言う通りにしないソーンスの兄貴たちにしびれを切らしたのか、向こうの連中の1人が剣を抜いた。
――シャッ――
剣を鞘から出す際に軽い音がする。俺はその剣のこしらえに視線を注ぐ。なるほどこれなら行けそうだ。
「頭数揃っても、剣の使い方も手入れもできてないごろつきには大金はもったいねえでしょう」
俺はわざとらしく行ってみた。反応を見れば、即座に怒りの火がついているのがわかる。
「なんだてめえは?!」
「もういっぺん言ってみろ!」
俺は優しく丁寧に言ってやった。
「剣の手入れができてないって言ったんですよ」
俺はあえて指さした。
「錆が浮いてますぜ? 鉄は時々磨いてやらねえとどうやってもサビが浮くもんです。大方、鞘に入れっぱなしでほったらかしか、使った後、汚れを拭くようなこともしねえんでしょう?」
そして俺は上目遣いににらみながら言った。
「腰の獲物が泣いてますぜ?」
それが連中の怒りに完全に火をつけた。5人全員が剣を抜いたのだ。ならば俺も答えてやろう。俺も立ち上がり左腰に下げた〝長脇刺し〟を抜いた。
だが――
「ぷっ!? なんだそりゃ?」
「ガキのおもちゃかよ?」
「えらい、細い剣だな? そんなんでまともに人が切れるのか」
長脇刺しのような〝打刀〟はダンビラのような分厚く太い剣とは違い、細身で薄い造りだ。剣と刀の本質的な違いに頭が回らないやつは俺の刀には恐怖を感じないだろう。
俺は連中に告げる。
「5人全員、お相手いたしやしょう。しかし、カタギの衆に迷惑はかけたくねえ。表でやりやしょうぜ」
「いいだろう。河に浮いて渡守のカロンに挨拶することになるぜ」
ごろつきの1人が顎をしゃくるようにして仲間に外に出るように促す。俺は連中の後をついていく。
カロンと言えば、俺がこの世界に落ちるときに拾ってくれたあの神様みたいな南蛮人だ。なるほど言われてみれば三途の川の渡守と言われればしっくり来る。
俺の背中では兄貴たちの1人で腰に剣を下げていた御仁が立ち上がろうとするが俺はそれを制した。
「お兄さん方はここにいて下せえ」
この人たちにはいざという時にお店の連中を守ってもらわなきゃならねえ。
俺は店の外に出ると右手に握りしめた刀を再び鞘の中に一旦収めた。




