四:土地の酒
ソーンスとその他数人の若い衆と一緒に、ホルデンズの旦那の屋敷から少し離れた場所にある酒場に俺は連れてかれた。
上半分がない下だけの奇妙な扉が入り口にあるその店は、この界隈の若い奴らや人足衆がうさを晴らしに集まるような店だった。店の中には丸いテーブルがあちこちに置かれ、それを囲むようにして恰幅のいい男たちが酒を酌み交わしている。
俺とソーンスたちは、開いているテーブルの一つに座ると、若い細身の体の酒場女が注文を取りにやってきた。ソーンスの兄貴が指揮って語る。
「エール酒、それと食い物を見繕ってくれ」
「はい」
郷にいれば郷に従え、他の若い衆がじっと控えているので俺も沈黙を守る。ほどなくしてすぐに取っ手のついた陶器製の酒盃が人数分届けられる。
そこで俺が見たのは見慣れない泡立つ酒だった。色はやや黄色味を帯びており香りは悪くない。ソーンスの兄貴が問いかけてくる。
「こっちの世界の酒は飲んだことあるか?」
「いえ、これが初めてです」
「エールと言って、水みたいによく飲まれてるやつだ。一番安く飲めるのもこれだから慣れておけ」
「へい」
そして全員で主杯を持つと酒盃を持つとソーンスの兄貴は叫んだ。
「乾杯!」
「乾杯!!」
全員が乾杯の掛け声を上げ俺もそれに習った。そしてまずは一口、一気に喉に流し込む。染みいるようなその喉越しが、久しく酒を飲んでいなかった体には最高に気持ちよかった。
「うまい!」
たまらず漏らした言葉に全員の顔に笑顔が浮かぶ。
「好きに飲んでくれ!」
「はい! ごちになりやす!」
そして俺たちの酒盛りは始まった。
酒の勢いも手伝って俺たちの口は軽くなり気軽にお互いに言葉を交わし合う。
若い衆の1人が言う。
「それにしても、丈之助。あんたが入ってきた時は驚いたぜ」
「あっしの名乗り口上でござんすね」
「ああ、お前のところの故郷じゃ、旅をするやつはみんなあれをやるのか?」
ソーンスの兄貴を含めて皆の興味はあの名乗り口上にあるようだった。
「みんなというわけじゃぁ、ござんせん。あれをやるのは渡世人と呼ばれてる連中だけです」
「渡世人?」
「へい、言っちまえば人生の裏街道を歩いているような連中です。
土地土地の親分衆のもとで子分になって暮らしている連中です。真っ当な商売をやるやつもいれば、悪事を働く奴もいる、賭け事の仕切りをして寺銭を稼いでるやつもいれば、他の親分のお身内と喧嘩や争い事をやらかすやつもいる。そうした中で流れ歩く奴もいます」
そこで1人が気づいたようだ。
「それあの迫力のある挨拶をするってわけか」
「へい、自分がどこの生まれで、どこで育って何をしてきて、誰の親分の世話になって、今はどういう身の上なのか、何ができるのか、どういう心づもりで挨拶をしに来たのか、それを一気に口上として語りやす。途中でしくじったり、詰まったりしたら――」
「相手にしてもらえないってわけか」
「そうです、場合によっちゃ騙りの偽物として袋叩きに合うこともある。あれをやるときはいつだって真剣勝負です」
そこでソーンスの兄貴が納得のいったような顔をした。
「なるほど道理でホルデンズの親分が一発で気にいるわけだ」
「ああ、そうだな」
「どういうことですかい?」
「ん? いや、ホルデンズの親分は新参者は誰それ構わず受け入れるってわけじゃあねえ。必ずそいつの人柄を見るんだ」
俺は酒を一口の飲み込んで言葉の先を待った。
「お前さんも薄々感づいてると思うが、俺たちは川の向こう側の上手の町の連中と睨み合ってる。当然毎日、面倒なことも起きる。場合によっちゃ、嫌がらせじみたことだって起きる」
俺はその話にピンと来た。
「つまり、子分になりたいと言いながら、身内に潜り込んで悪さをする奴がいるってことですね?」
「そういう事だ。もしそんなやつを身内に入れちまったら後々大変なことになる。
この下手の街の連中を、守ってやらなきゃならねえし、すでに身内になっている他の子分連中の身の安全も考えなきゃならねえ。そういう事だからそうそう簡単には身内にしねえ。やってきた奴の腹積もりや覚悟具合いを見極めるんだ。そうして認められたやつだけが親分に口を聞いてもらって初めて挨拶できる」
別の兄さんも俺に教えてくれた。
「普通は身内衆の何人か話を聞いて、それを親分に取り次ぐんだ。そして親分が気になったやつだけが実際に会うことができる。当然怪しいと思ったやつは追い返される」
「そこに丈之助、お前があの名乗りをやった。おそらく部屋の外で聞き耳を立てていたはずだ。もし親分が気に入らなかったらどうなってたかはわかるな?」
俺は口元に笑みを浮かべて苦笑する。
「袋叩きになって川に浮かんでるでしょうぜ」
兄さん連中も笑みを浮かべる。
「そういうことだ」
「その意味じゃお前も勝負に勝ったというわけだ」
「これからもよろしく頼むぜ」
「へい」
仲間として受け入れてくれる。その心意気が俺には嬉しかった。




