参:剣と刀
寝泊まりする部屋は、邸宅の裏手の方だった。そこは若い衆の寝泊まりする宿舎となっていた。その一つをあてがわれると、毎日の暮らしの流れが教えられた。
「寝泊まりは一人一部屋だ。食事は食堂で全員で一緒に取る。仕事は原則として、日中、日の出ている間だ。朝の食事を終えた後、身支度して詰め所に集まり、それぞれの割り振り先に移動して仕事になる。それから、仕事の報酬は必要なときに邸宅の勘定役に貰いに行く。特に使う必要がなければ貯めておくのが普通だ。持ち歩いても、無くしたり取られたりするから、預けたままにしているのが大半だ」
「へい、ちなみに、出かけるときは腰の物を下げてても構いやせんでしょうかい?」
腰の物――左腰に下げる長脇差のことだ。ソーンスの兄貴は軽く思案しつつ答えた。
「そうだな、時と場合によるが、邸宅から外に出るときは下げていたほうがいいだろう。俺達もそうしている。もっとも、力仕事などをするときは邪魔になる。そのときは、仕事先の控え場か、宿舎にに預けることになる」
「承知いたしやした」
すると、ソーンスの兄貴が俺に尋ねてきた。
「それにしても変わった剣だな」
「脇差ですかい?」
脇差――正しくは長脇差と言う。武士身分でない平民が、護身用に帯刀を許された比較的小ぶりの刀だ。確かに、言われるとホルデンズの旦那や若い衆が下げている刀とは明らかに違いがある。
――パチッ――
鯉口を切り長脇差を抜く。ソーンスの兄貴に刃を向けないように峰を向けて横に掲げた。
「片刃の剣か、それに恐ろしく薄いな」
「へい、あっしの生まれた国では、剣や刀といえばこう言うものを指します。兄貴も剣をお持ちで?」
「あぁ、団長――、ホルデンズの旦那が騎士身分だった頃からの付き合いだから俺も剣を使えるんだ」
そう言いながらソーンスの兄貴も剣を抜いた。両刃の直剣で鍔は金属製の十字鍔、そしてある特徴に俺は気づいた。
「こいつは――、斬る剣ではありやせんね」
剣先が細く尖り、なにより肉厚に造られていた。こう言う作りは突き刺すことを意識している事が多い。
「わかるのか?」
「へい、これでも鍛冶屋のせがれでしたんで。刃物の多少の目利きはできます。突き刺す必要があるのは、頑丈な鎧を着ているからでござんしょう?」
「すごいな、そこまでわかるのか。そのとおりだ。俺達の世界の戦いでは鉄の鎧を身につける。だから斬るよりも、貫いて突き刺すことのほうが重要なんだ」
「なるほど、そいつはあっしの脇差じゃ、手こずりそうです」
「そうならないように、お互い気をつけるしかないな」
「おっしゃる通りで」
俺たちは笑みを浮かべつつお互いの刃物を鞘に納めた。
「ちなみに街に出たら〝エマ〟と言う若い女には気をつけろよ」
「エマ? 巾着切りか何かで?」
巾着切り――いわゆる掏摸のことだ。
「いや、刀鍛冶なんだ。親父さんが残した鍛冶工房を引き継いで街の南側の川の支流沿いに住んでる。昔、お前の脇差のような剣を何処かで見たらしく、同じものを作りたいってご執心なんだ。ただ、手がかりが足りないらしく、納得の行くものはできていないようだがな」
「刀鍛冶――、それじゃこいつを見られたら厄介でござんすね」
「そう言い事だ」
刀鍛冶という言葉が俺の胸に響いた。なるほど、ホルデンズの旦那が俺に忠告したのはそのことなのだろう。
「よし、それじゃ荷物をおいたら詰め所に来てくれ、飲み屋に連れてってやる」
「へい」
そう語り合いながら、俺は自分にあてがわれた部屋に入り荷物を置く。ベッドという寝台と布団、文机に椅子、そして着替えや荷物をしまう衣装箱のデカいのが部屋の隅に置かれている。部屋の壁には〝炉〟のようなものがあり、壁の中に煙突が造られている。それが暖房で暖炉と言うのだとは後から聞かされた。俺は三度笠と革マント、それと振り下げ荷物を衣装箱にしまい込み、手ぬぐいと布財布とを懐に持ち、身を守る長脇差を腰に下げた。
俺は部屋の中を眺めた。簡素な作りの部屋だが、寝泊まりするにはなんの不足もない。俺は当座の寝蔵が決まったことに安堵を感じていた。これで当分は、夜空の下ので野宿をする必要はないのだから。
「行くか」
約束相手を待たせるのは失礼だ。俺は部屋を出てソーンスの兄貴のところへと向かったのだった。




